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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
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積元傾子のリスタート1

 幸せって言い切りたいけど、それには少し大変すぎる人生だった。


 若い頃、まあ最期まで世間一般では若いに分類される年齢だったけど、は平凡に幸せだった。偏差値が高くもなく低くもない公立の学校に通い、それなりに友達もでき、それなりの苦労をして国立の大学に合格した。

 夫とは高校で出会い、同じ部活に入ったことがきっかけで仲良くなった。晴れて2人そろって同じ大学に合格した後、彼から想いを告げられた。ちょっとびっくりしたけど、その場でOKした。


 大学生になってからは彼と同棲し(お互いの両親にも認めてもらえた)、社会人になる頃に私の方から結婚を申し込んだ。今度は彼のびっくりした顔を拝んでやって満足したものだ。


 それから数年後、私のお腹に赤ちゃんが来てくれた。正直悪阻はひどいしお腹の子のことが気が気じゃなくて安心できる時間なんて無かったと思うけど、彼が一生懸命支えてくれて、すくすくと大きくなっていくお腹の子のことが愛おしくて、いろんな意味で忘れられない時間だった。


 生まれてきた娘には「(かすか)」と名付けた。それはもうお転婆で、家中どころかご近所中を走り回ってその度に振り切られてしまった。あれだけ迷子になって一度も怪我をしなかったのは奇跡だと思う。


 保育園に通い始めると、その日のうちに友達を作ってきた。それも3人も。元気が有り余っててちょっと変わったうちの子を受け入れてくれて、性格はバラバラだけど素敵な子たちだった。向こうの親御さんとも仲良くなり、自分はきっと「幸せ」ってやつを勝ち取ったんだと、そう確信できた。


 けれども、不幸は何も告げずに土足で上がり込んでくる。

 私は重い病を患った。健康診断に行け行けと促す保険のCMの存在意義がそのときやっと分かった。


 既に病状は深刻になりすぎており、完治できる見込みはないと言われた。それでも私は入院を余儀なくされ、微や夫と出会える時間はほとんど無くなってしまった。手術をしても薬を打っても体は元通りにはならなかった。治ったと思えば再発を繰り返し、私はやがて穏やかに諦めた。

 闘病生活の中では、病による苦痛よりも、微に会えないことが、微を悲しませてしまったことの方が何倍も辛かった。


 微に異変があったのはその頃だった。雨の降るある日、病室に駆け込んで来るや否や


「お母さんお母さん、変なもの見える!」


と言ってきたのである。微曰く、「あおいブヨブヨ」とか「みどりのグゥ〜ってしたブタさん」とか「まっしろいかみのきれいなおひめさま」が見えるらしい。

 それらがいるのは昔から私が読み聞かせた昔話の絵本にに出て来るようなところで、王様やお姫様もいるらしい。最初は子供の無邪気な妄想の類いだと思ったけど、何年経ってもその言動は無くならなかった。


 私は信じた。だってありもしないことを言ってるようには何故か思えなかったんだから。と言いたいところだが、もしかするとそうじゃないかもしれない。


 ここに来て娘まで狂ってしまうなんて御免だという現実逃避だったのかもしれない。そうだ。そうに違いない。完全なエゴだ。娘の言うことだから信じてやるなんて美しいものじゃない。私は微ではなく、私を守るために信じたのだ。そう判断した方が、余計な苦労を背負い込まなくて済むような気がした。

 微の友達の3人も戸惑っていたようで、私のいる前では喧嘩したりしなかったがきっとあの子にあの妄想をやめさせようとしているのだろうと察した。


 その後、私の病状とみんなの年齢以外は何進むことなく微たちは中学3年生になった。強いて言うなら、微の友達の1人である女の子、対ちゃんが微の近況(主にあの子の成績を上げることに苦しんでいるという苦労話)をよく報告しに来てくれていた。大変と言いながら楽しそうな対ちゃんを見て、久しぶりに本心で笑ったものだ。


 けれど高校生になってから、微と対ちゃんたちは少し疎遠になっているようだった。まあ特に何かあるわけではなかったが、言い方をごくわずかに変えると、残念ながら何もなかったとも言える。微も対ちゃんたちも変わらずお見舞いに来てくれていたが、本当じゃない笑顔を見せることが多くなったような気がした。


 この頃、私の思考は既に悲観的な方向へ進みきっていたように思う。どうせ私の病は治らない。どうせ微の妄想は消えない。どうせ……助けを乞いても報われない。




 そんな時だ。彼と出会ったのは……いや待ってほしい。断じて不倫相手などではない。私はかなり一途な方なのだ。


「失礼します」

「あら、こんにちは。えっと......どちら様かしら?もしかして、微の知り合い?」


 彼は微の1つ下の後輩くんで、名前は縦軸というらしい。印象が薄くて少し人見知りそうだったけど、どこか優しさが感じられた。

 この出会いが後に私の運命を変えることに……いやだから決して不倫ではない。そもそも私は病気で死の淵に立たされているし夫の目を盗んで娘の後輩の男の子に手を出すほど欲してなどいない。


 縦軸君が私に衝撃を与えた理由、それは微の妄想を肯定したからだ。


「まあ後輩くんだったの。微、学校だとどんな感じ?あの子いっつも異世界の話ばっかりだから」

「あはは、学校でもそんな感じですよ。僕以外にもう1人1年で入部した人がいるんですけど、彼女の話を熱心に聞いてますよ」

「それって、微の話を信じてくれてるの?」

「もちろんです。僕も信じてますよ」


 私も馬鹿じゃない。良い人か悪い人かは何となくわかる。この子は正直者だ。そう思った。

 そして私は思い出した。

 ああ、そうだ、信じて良いんだ。どんなに突拍子が無くても、どんなに気が狂ったようにしか聞こえなくても、私は微の言うことを信じて良いんだと。


「......あの子があんなことを言い出して以来、信じてくれる人は誰もいなかったわ。でも私には分かったの、あの子は本当のことを言ってるって。そう、親子揃って狂ってた訳じゃなかったのね」


 ダメだ。これは油断すると泣いてしまう。ずっと抱えていたものをおろしすことを許されて、楽になったからだ。縦軸君は何も言わずに微笑んでいる。


 何もできずに終わるはずだった私の人生は、やり直しに向けて動き始めた。

縦軸サイドまでしばしお待ち下さい。

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