スウガクノート【4】
三者面談は3人で行われる面談だ。
心音は今面談をしている。その面談は3人で行われている。よってこれも三者面談だ。ただしこの場にいるのは生徒、教師、生徒の保護者ではなく生徒、教師、教師の夫だが。
「何というか……久しぶりね。こっち側なんて」
「梶尾さん、俺たちに話って?」
空き教室にて、1人と2人は机を挟んで向かい合っていた。
「私、兼部しようか悩んでまして」
生徒が大人に対して部活のことを相談している。どこにでもある光景だ。
「スウガク部のこと、2人はとっくに知ってるんすよね」
千歳も経太も困ったような顔はしているが、目を見開いたりといった驚くそぶりは見せていない。おそらくこの場に呼ばれた時点で薄々勘付いていたのだろう。
心音はもっと踏み込むことにした。
「少し質問変えます。怪獣のこと、私より知ってるんすよね」
「……ええ、そうね」
「君の言う通りだ。俺たちは怪獣について知ってる。おそらく君よりも多少はな」
「じゃあ教えてください。私、あの人たちのことを知りたいんです」
2人はどこか困ったような顔をした。
「知ってるとは言ったけど、梶尾さんが知りたいようなことは知ってないかもしれないわよ」
「構いません」
「じゃあ、話すね」
昼休みはまだ半分も過ぎていない。次の授業は体育でも移動教室でもない。つまり時間は充分だ。
心音は机の下でスカートを強く握った。
「ふぅ……まずね、私たちは前世の記憶を持ってるの」
「前世の……そういや原前先生が前そんなこと言ってたっすね。生まれ変わりってやつっすか」
「その通りよ。信じてもらえるかは分かんないけど」
千歳の心配は当たっていた。実際、心音の脳内では千歳の言っていることを信頼できると認めるのにかなりの苦戦を強いられていた。ただし無条件で信じないとはなっていない。千歳と経太にとってはそれだけでも御の字だろう。
「前世の私たちは、こことは違う場所で暮らしてた時期があるの」
「出張ってやつっすか?」
「うーん…………まあそれでいいわ」
「いいのかよ」
「いいのよ」
経太のツッコミは一蹴された。
「それでね、その時住んでた場所で、私たちは化け物と戦ってたの」
「化け物? 怪獣のことっすか?」
「怪獣……って言うと語弊があるかな」
千歳は困ったような、それでいて怒っている訳ではないような、何とも言えない顔を見せた。
「向こうでは怪獣と呼ばれてなかった。そもそも怪獣と同じ存在かも分からない」
「色々あるんすね」
「分かりやすいかなって思って使ったけど、本当は化け物って呼び方はしたくないのよね。優しいのもいたから」
「じゃあ何て呼んでたんすか」
「魔物」
「あんまり変わんないっすね」
怪獣とは違うかもしれないが、化け物であることには変わりない存在・魔物。前世の2人はそれと戦っていた。
心音の頭が大急ぎで、与えられた情報を散らかってしまわないよう整理していく。
「話を戻すわね。怪獣はその魔物たちと違うかもしれないけど、同じ存在な可能性もあった。そして魔物たちはこの町にいる筈が無い」
「そうなんすね」
「だからもしも怪獣が私たちの知ってる魔物と同じ存在だったら、この町に現れたのには何か特別な理由があるに違いない。そう思って調べ始めたの」
「なるほど。魔物退治に慣れてるお二人なら怪獣もいけるって寸法っすね」
「あの頃に比べりゃすっかり鈍っちまったがな」
「ほえー」
経太はわざとらしく肩をもう片方の腕で押さえてゆっくり回してみせた。
心音の見る限り、彼は充分鍛え上げられた肉体の持ち主だ。警察官として市民を守るために厳しい訓練を怠らず積み重ねているのだろうと、スーツの上からでも察せられた。そんな彼が鈍ったと主張している。
魔物退治の現場はそれだけ地獄だったのだろう。2人の言葉を脳内でそう補完した時、これまでの話を整理整頓していた心音の脳がとある疑問にふと辿り着いた。
「全然別の話していいっすか?」
「いいわよ。何かしら?」
「今聞いた話、前に原前先生も同じようなこと言ってたっす」
数日前、心音がスウガク部の部室を初めて訪れた時の話だ。あの時の作子と経太の会話は心音には何のことだか分からなかったが、作子が言い放った「生まれ変わり」という単語のことを心音は確かに覚えていた。
「でも、それだけじゃないっすよね」
心音は予感した。あの時の2人の会話には、互いに分かった上で省いた行間があるのではないかと。
それを言葉にして問う。
「何で怪獣の噂が本物って分かったんすか?」
その瞬間、空き教室の空気が凍りつく――といったことは無かった。千歳と経太は別に動揺も何もしていない。心音も同じだ。黒板の上の時計がカチカチと鳴り続けるだけの部屋で、大きな変化も無く3人会話は次の話題に進んだ。
「お二人が戦ってた魔物っていうのは、十彩町にはいないんすよね」
「ええ」
「少なくとも君が行ける範囲の地域にはいないだろうな」
「十彩町に気軽に来たりは?」
「無いわね」
「無茶苦茶準備しないと無理だ。不可能って訳じゃないが、現実的にはあり得ない」
「でもお二人の行動って、その魔物か、もしくは似た何かが本当にいる前提っすよね」
学校の怪談というものはどこの地域にもあるものだ。特定のトイレのドアをノックしたり、複数人で1つのコインに指を置いたり。レパートリーはいくらでもある。
「魔物がこの町にいない上に気軽に来ることも無いなら、怪獣の噂もよくある都市伝説の1つって考えませんか? いる筈の無い魔物が何故か十彩町に突然現れたってよりかはそっちの方が自然っすよね」
オカルト話などその手の雑誌をめくればいくらでも知ることができる。何故その中からピンポイントで、本当の話を引き当てたのか。心音の言いたいことはつまりそういうことだった。
「それについては俺から話した方がいいだろうな」
経太が説明の主導権を引き継いだ。
「元々俺は、この町で起きてる行方不明事件を追ってたんだ」
「行方不明事件……? また随分と物騒っすね」
「いや君たちも知ってるだろ!」
「へ?」
心音が首を傾げると、千歳がため息をついた。
「前に警察の人たちが学園に来たことあったでしょ。それに集団下校だってしたじゃない」
「え、あれって怪獣が原因じゃないんすか?」
「違うわよ……」
心做しか、遅刻した時より怒っているように心音には見えた。
軽く深呼吸を挟み、千歳が続ける。
「行方不明事件が頻発してたからなの。怪獣の噂のせいで、生徒たちの間では怪獣騒ぎが理由って話が広まったのでしょうね」
「なんかすんませんっす」
「話を戻すぞ」
話を戻された。やや強引である。
「この町では最近、行方不明者が立て続けに発生している」
「ふむふむ」
「その人たちが最後に目撃された場所と、怪獣の目撃された場所。この2つは何故か一致していることが多かったんだ」
「なるほど! だから」
「ああ、怪獣は単なる都市伝説や見間違いじゃない。そう疑ったんだ」
ある珍しい現象が起こったとして、1回だけなら単なる偶然と考えるだろう。しかし2回、3回と同じことが続いたら、そこには何かの理由があると考える方が自然だ。
「だから怪獣のことを調べ始めた。もちろん上司には行方不明事件の捜査って言ってるがな」
「まあ信じてもらえないでしょうしね」
「そして梶尾さんから整数さんのことを聞いて、後はあなたが知ってる通りよ」
「なるほど……ありがとうございました」
新しい情報の供給が一旦止まり、心音の脳内も慌ただしさから解放されていく。
心音は時計をちらりと確認し、自分の教室に戻ることに決めた。
椅子から立ち上がり、軽く頭を下げる。
「今日はこの辺で失礼します。また訊きたいことがあったら連絡します」
「そうだ。梶尾さん」
経太の声に心音は足を止めた。
「さっき話した行方不明事件のことなんだが、行方不明者には共通点があるんだ」
経太の表情は深刻そのものである。思わず後ずさりしてしまいそうな程だ。
「行方不明者たちの住所はバラバラで、十彩町に住んでいる人もいれば都内の会社に勤めている人もいた。でも行方不明になる直前、何故か全員十彩町に来ていたんだ」
ある珍しい現象が起こったとして、2回、3回と同じことが続いたなら、そこには何かの理由があると考える方が自然だ。
「それが共通点っすか」
「いや、それだけじゃない」
心音は先日の作子の会話をそれなりに覚えている。作子が怪獣を作っていることはもちろん、その理由もだ。
「行方不明になったのは全員この学園の、それも同じ年の卒業生だったんだ」
やっぱり――心音はこれ程嬉しくない正解を経験したことが無かった。
「行方不明者は全員、原前作子の同級生だ」
戯言に過ぎなかった作子の発言は、警察によって証拠を示されてしまった。
「あいつには気をつけてくれ。君や君の友達にも危害を加えるかもしれない」
警察官として、そして人として心配の言葉をかける経太。心音はそんな彼に笑顔で返した。
「分かりました。ありがとうございます」
今度こそ教室を後にした。
翌日、心音はスウガク部の部室を訪れた。
「すいませーん。入部しに来ました」




