転生遺族と少女の覚醒19
「あーらら全滅しちゃった」
作子のタブレット越しに見えていたその場所では、エーレたちが復活したプリンキピアたちに大敗していた。
「何で……さっきは勝てたんじゃ」
「いじったから。魔法で」
「魔法……?」
「そう。こんな風に――記憶魔法 ダウンロード」
作子が指を鳴らすと、縦軸の頭へ一斉に情報が流れ込んできた。
記憶魔法とは作子の前世ノヴァが発明した魔法であり文字通り生物の記憶を扱うことに特化した魔法だが、その実験中に起きた事故によってノヴァとエーレの子供が呪いにかかってしまいあらゆる物事を覚える能力が失われてしまった。ノヴァはこの事故が原因でエーレとの仲が悪化してしまい、加えて本人も自分が原因で我が子が苦しむ結果となったことに責任を感じエーレと離婚するとともに行方を絶ってしまった。呪いの症状は幸いにもしばらくすると見られなくなったがエーレのかけがえのない友にして魔王リカイの夫であるタカシが鑑定したところ、呪いそのものは消えておらずさらに代々遺伝しながらその力を強めていく運命にあることが判明した。加えて外呪の方法はタカシのスキル〈鑑定〉によって存在しないことが証明されてしまい、その事実を受け入れられなかったエーレが死してなお自分が使うこともできない魔法と治療法の研究に没頭するようになった。彼女は自分の子供や孫に対して「自分たちの血を残す義務なんて存在しない。どうしても子供が欲しくなったら養子を取れ」と命じたが、彼女を間近で見てきた彼らは「エーレならきっと運命を変えてくれる」と信じてしまい結果としてエーレの血は受け継がれることとなった。エーレは自分が身近な存在だったから彼らにありもしない希望を抱かせてしまったと考え後の世代とは距離を置くようになったが、これが記憶魔法の呪いやエーレと魔王の関係に関する情報の伝達を中途半端に妨げる結果となってしまい、血を残すなというエーレの命令はいつしか失われてしまった。子孫の中には当然自分たちで子どもを作らず養子を取る者、そもそも子供を欲しがらない者、独身を貫く者もいたが、エーレの血が絶える瞬間は訪れないままリリィが生まれた。リリィは虚愛とは別の人格だが呪いの影響でリリィ自身の記憶が存在しないのと虚愛が自身の記憶を分け与え続けたことで自分のことを虚愛だと思い込んでしまった。一見新たな記憶が蓄積されているように見えていたのは愛がリリィの目や耳などを通して記憶した情報をリリィに見せていたためである。彼女の母が10歳で呪いの症状から解放されたことを考慮するとリリィが何も覚えられない期間は残り1年以内と考えられる。
「ちなみに補足事項。私ってノヴァよりも記憶魔法の素質があったらしくて、あいつじゃできなかった魔法まで使えるんだよね。ほれ、向こう見てみ」
縦軸は何も言わずキナへ視線を向けた。キナは同じく何も言うことなく彼へタブレットを手渡した。
画面の向こうの景色が縦軸の目に映る。
そこではプリンキピアが背から触手を何本も生やし、ロウソクが口を裂く形でクワガタムシのような大顎を伸ばし、クロイ=ヌハルの腹から飛び出た腑が金属のような硬質の何かへと変化していた。
「肉体も物体も、情報という名の記憶によって構成されている。だからそのものの形質に関する情報を操作するという名目で記憶魔法を使用すれば、怪人だって怪獣だって作れちゃうのよ」
エーレが憑依したセシリアは怪人プリンキピアに四肢の骨を折られ、残りは怪人ロウソクの大顎に腹を貫かれるか首を落とされてしまっていた。
「ごめんね縦軸。セシリア以外みーんな殺しちゃった」
「……」
作子は縦軸を背後から抱きしめ、泣いている子どもを落ち着かせるように彼の頭を優しく撫でた。
「あんたの〈転生師〉ならここからでも届くでしょ? 寂しいなら全員生まれ変わらせたらいいよ」
「…………」
縦軸は全く抵抗しない。キナは作子が魔法で縦軸に何かしたのではないかと一瞬警戒したが、どうやら彼は正気を保っているようだった。
だが何か違和感が残る。作子は縦軸の苦虫を噛み潰したような顔に恍惚とするあまり気づいていないようだが、彼の雰囲気がさっきまでとどこか違っていた。まるで作子がノヴァに入れ替わった時のような、体だけ引き継いだ別人のような雰囲気だ。あくまでも勘でしかないが、キナはその勘が単なる当てずっぽうではないような気がしてならなかった。
その違和感の答え合わせが、虚縦軸の喉を通して表れる。
「嘘言わないでよ作子先生。誰も死んでないから兄さん混乱しちゃったじゃん」
縦軸の口から、縦軸の声で発せられた言葉だ。しかし彼の顔を見入るのに夢中になっていた作子ですら、発言の主が別人であることは容易に分かった。そして思わず縦軸から手を離して後ずさった。
「〈転生師〉は死にかけてる人や死んだ人がいたら何となく感知できる。先生の言った通りここからでも皆が戦ってる場所で誰かが死んだらすぐに分かるよ。だからこそ、まだ誰も死んでないってのも分かるんだよね」
「あんたディファレか」
「どうもー。あ、あなたがキナさんですね。初めまして、リムノの娘のディファレです」
ディファレは縦軸の体を借りてリムノにお辞儀をした。一連の所作がとても様になっている。
「あら、ご丁寧にどうも。礼儀正しい子ね。是非私の娘にも会ってみて欲しいわ」
「ええ。またいずれ。それはさておき作子せーんせ」
作子の方へ振り向いた途端、今度は悪戯好きな少女が姿を現した。
「この際だから種明かししちゃおっか。先生がこっちに来れた理由」
ディファレは全てを言葉にし始めた。口に出すという行動を以て、今この瞬間の記憶が縦軸にも残るように。
「微の〈天文台〉とは別にワタシが前世から持ってる〈連星〉ってスキルがあるんだ。その能力は単純明快。異なるものを同期させる。例えば誰かと誰かの記憶、スキル、あるいは命や心をね」
ただし――そう言って補足する。
「記憶を同期させても〈連星〉を解除したら相手の記憶は綺麗さっぱり忘れてしまうっていう性質がある。というか元々自分自身は持ってない記憶だからね。解除して元の状態に戻したら覚えてないのが自然だよ」
今の縦軸は記憶と人格がディファレと繋がっているため、ディファレとして作子と話せている上に彼女の記憶を保持している。しかし彼女が〈連星〉を解けば、全てを忘れてしまう。今この瞬間は覚えているディファレが経験した全てのことも覚えていない状態に戻り、また彼女の兄である事実を受け入れ家族として彼女に接してしまう。
それは縦軸にとって到底許されることではなかった。前世の自分がディファレを殺したという事実を自分だけが忘れ去り、平気な顔をして兄として振る舞おうとするなど、想像しただけでも吐き気がしてしまいそうだった。
「必死に命乞いをするディファレの首を僕は掻き切った」
「おい急にどうした?」
「僕がディファレを……あーもう兄さん! 今忙しいの!」
ディファレに主導権を奪い返されてしまった。
同時にディファレの感情が流れ込んでくる。
「ワタシはもう兄さんを許してる。というかこの1年間兄さんを見てきたんだから、もう1回ぐらいチャンスをあげてやり直したいって思ってるよ。それに、あの時のことには絶対裏がある。あの女に操られてたとか」
虚縦軸の肉体で発言したことで、ディファレの想いは縦軸の記憶に確かに残った。
そのおかげか縦軸は大人しくなった。
「話を戻そうか。ワタシは〈連星〉で他人のスキルを自分のものみたいに扱うことができる。これを利用して兄さんたちと一緒にタイミングで先生も転移させたってわけ。ちゃんと人目に付かない場所にいたよね?」
「おうよ。縦軸と別れた後急いで空き教室の掃除用具入れに身を隠したぜ」
「微も昔やってたなそれ」
一瞬だけディファレが思い出した彼女自身の記憶が縦軸にも見えた。かくれんぼをしていた。
「とにかく先生をこっちに飛ばしたのはワタシだけど、きっかけは微が1年の頃だった。民間伝承研究部の部室にこっちの世界の言葉で書かれた手紙が置かれていて、それによってワタシだけが先生の正体を知ることができた。微は訳の分からない紙切れについて先生に訊いたけど、適当に誤魔化されたせいで先生の正体を知ることは無かった」
微が作子の正体を知ったのは母と再会した時だった。彼女からリリィに巣食う呪いとそれに関する経緯を教えられ、ノヴァという名前に心当たりのあったディファレが作子のことを微とリムノに明かしたことで全てが繋がったのだ。
作子のことはリムノを通してその日のうちに魔王に伝えられ、こうしてキナが寄越されることとなった。
「手紙にはワタシに力を貸して欲しいって書いてあったけど、正直信用できなかったんだよね」
「うそーん」
「だってあの女の手先だって書いてあったし。ワタシが微に生まれ変わることもお見通しでノヴァに生まれ変わったらワタシを迎えに行って欲しいって頼んでたんでしょ」
廃墟が一瞬無音に満たされる。縦軸の意識はキナがいつの間にかいなくなっていることに気がついた。そんな彼に対しディファレは何を今更とどこか呆れた様子だ。
「怖いよ。あの女もノヴァも先生も」
「そりゃ怖いでしょうよ。自分で言うのも何だが人を平気で殺す連中だもの」
「だからやっつける。味方が期待できて、派手に戦うのに何かと都合がいいこの世界で、最低でも骨を折りまくってやる。死んでもご免だけど最悪の場合は微の手を汚さないように上手いことぶっ殺す」
「やめんか馬鹿」
作子は少し深く息を吸って吐いた。まるで進路の話でも始めるかのように、頼むから真面目に聞いてくれと生徒に訴えかけるように、普段は緩い雰囲気の先生に冗談を言ってはいけなくなる瞬間と似た空間をたった今生み出した。
「あのねぇ、あんたが会った人――自数然さんの部下になるってのはかなりアリな選択だと私思うのよ」
「謹んでやだ」
「そっか……はぁ。分かったよ」
作子が右手をそっと前に差し出した。魔法を使うためだ。縦軸と近くにいるであろうディファレをまとめてプリンキピアたちの元へ送ろうとしている。
ディファレの声が縦軸の頭に響く。
(お兄ちゃん!)
(了解)
縦軸は気を失うかのように、迷い無く真後ろへ倒れた。
縦軸の顔が地面と平行になる角度まで近づいた時、彼の背後の壁が砕け散り、視覚では捉えられない速さの存在が彼の頭上を通り過ぎた。よく知った人の香りが残り漂う。
「そっちかよ……」
「今言ったでしょ? 味方を期待できるって」
作子はこの上無いくらい気まずそうな引き攣った笑みを浮かべた。自分の中にいるノヴァが何とも言えない呻き声を上げている。
「初めましてかな。よろしくねリリィちゃん」
「……」
「私は原前作子。あんたの前世の親友だよ」
水色の髪を肩まで伸ばし、度の入っていない眼鏡をかけ、両手に決して破壊することのできないヒノキの棒を持った少女がそこに立っていた。
「あなたはノヴァの家族だ。できることなら傷つけたくない。大人しくお家に帰って――」
「久しぶりですね。作子」
その瞬間、作子はまるで呼吸が止まったかのように感じた。手足が震え、目は見開かれ、何の必要があるのか分からない発汗が止まらなくなっていた。
「色々と迷惑をかけてしまったと思います。本当にごめんなさい。それと縦軸の側にいてくれて、本当にありがとう」
「謝罪も感謝もいらないよ。1番辛かったのはあんたなんだし、私が頼りなかったのが悪いんだし、縦軸の面倒は勝手に見てただけだから」
演技でも悪ふざけでもなく、本当に動揺している時の声だ。
一方、虚愛の方は既に親友と相対する覚悟を決めていた。
「始めましょう作子。ここなら誰もいません」
「ちょっと待ってよ愛。私今それどころじゃ……ん? 誰もいない?」
作子は辺りを見回した。
縦軸がいなくなっていた。
2024年8月11日追記
〈連星〉の能力に関する説明に過去の描写と矛盾する箇所があったため、一部修正しました。
「2つのものを同期させる」→「異なるものを同期させる」




