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転生遺族の循環論法  作者: はたたがみ
第1章 民間伝承研究部編
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転生遺族と少女の覚醒8

 絶え間ない激痛も、骨がやられていることも、内臓の損傷もどうでもいい。肉体なんて後でどうとでもなる。今この状況を、全員無事で帰れさえすれば全て必要経費だ。


 そう自分に言い聞かせながら、少女は立ち塞がる。

 本来なら死んだフリの類でもしておいた方が効率的だとか、そんなことを考えられる余裕は無い。「生きろ」と「戦え」、相反する2つの命令を自分に課してしまったに過ぎなかった。


 全身の痛み、情報が無さすぎる敵への混乱、友を傷つけられた怒り。いくつもの気色の悪い液体が脳内をかき回す。


「まだ……いけるき!」


 全身を糸で縛って動かした。あたかも操り人形(マリオネット)のように。気のひとつでも狂いそうな情報処理を、普段は当たり前にやっている〈念動〉の操作を歯を食いしばってやり遂げていた。


「僕たちさぁ、これから行くとこあるんだよね。こんな大雨の日に外にいたら風邪をひくかもだし」


 死に際の醜さで生き延びるイデシメに、エルフの少年は気怠げに吐き捨てる。


「邪魔なんだよ」


 瞬間、イデシメの目は幸運にも捉えた。少年が自分に何を放ったのか。その答えを()()()()()()()()。それが彼女の目に向かって飛んできたからだ。そして、当然回避できなかった。


「があっ⁉︎ アアアアアあアアッ!」


 今思い出せる限り、目玉を潰されたのは初めてだった。昨日今日食べた物が収まっている筈の場所にも風穴が開けられている。出血が止まらない。目のあった場所を押さえた手には、不自然なくらいに生温かい血がかかっていた。


「うん。その調子だと死ぬね。じゃああっちも念入りにやっとくか」


 未だ動けないでいたセシリアに、少年はイデシメに与えたのと同じ攻撃を何発か撃ち込んだ。心臓に空いた穴から血が絶え間無く流れ出す。


「この状況で回復魔法使わないってことは使えないってことだよね? じゃあこれで終わりだ」

「……まだ」

「おや?」


 魔術師にとって杖は生命線。魔力の流れを安定させて魔法を放つための武器。ごく僅かな種類の魔法に絞ってセシリアに鍛えられたリリィでさえ、大規模な魔法のときはヒノキの棒(つえ)を使う。

 繊細な魔法の操作のための道具を失った魔術師はかなり弱体化したといえる。

 だがしかし、その魔術師はその程度のハンデでは終わらない。


「まだだァ!」


 塞がり出す心臓の穴。全身の傷が瞬く間に治療されていく。


「あれ? 回復魔法使えたんだ。じゃあもうもっかい――」

「待てゴラァ!」

「……!」


 少年は咄嗟に身を捻った。その判断が正しかったことは、眼前を通り過ぎていった大剣が証明していた。少年を斬る筈だった剣がニコラの胴を貫く。


「あぁ〜、これぇ〜痛い〜」

「ごめんごめん。ついびっくりしちゃって。あの傷でそのバカでかい剣を投げてくるとは」


 まずはあの男を殺しておこう。そう決めた少年がゴードンに視線を移す。セシリアにはその一瞬でよかった。


「炎魔法 皆燃えちゃえ(ツァトゥグァ)


 純粋な威力重視の力技。ダイナマイトだけでできた家で1本のマッチに火をつけたかのような炎の大海が、豪雨など物ともせず森の某所を飲み込んだ。




「うわー、怖すぎるでしょ。あとちょっと反応遅れてたら防御できなかったよあれ」


 今流れている汗が恐怖からなのか熱のせいなのか、少年には今ひとつ見当はつかなかった。辺りを見渡すと木々のない空間が何倍かに広がっている……などということは全く無かった。


「あの威力を森の生き物が傷つかないように操ったってのか。杖無しで。すごいなあ。おまけに……」


 思わず笑みが溢れる。


「同時に空間魔法でも発動したのかなぁ? まんまと逃げ果せるなんて。これだから人間ってやつは計り知れない」


 少年の周りには、静かに佇む木々とだらしなく大の字で寝転がるニコラしかいなかった。


「あれ〜暑かった〜。水ぅ〜」

「口開けてればいくらでも上から降ってくるだろ。頭使え頭」


 少し休もう。そんな余裕を持てるほど、少年の機嫌はよくなっていた。




「先生、誰ですかこの人たち」


 王都に向かって来ていたスライムの群れは突然動きを止めた。数が多くても所詮は最弱の魔物に過ぎないスライムは単なる的と化し、魔術師たちによって瞬く間に掃討されていった。

 当初の想定より遥かに短い時間で氾濫(スタンピード)が集結したためカールはリムノと共に早めの帰宅となったが、いざ家に帰ってみると彼の知らない人物たちが何食わぬ顔でくつろいでいた。しかもそのうちの1人を見るや否やリムノは我を忘れたように彼女に飛びついて離れなくなってしまった。


「ていりです」

「音です」

「こちら娘の微でーす!」

「いや名前以外にも知りたいことがあるんだが……え、娘?」


 リムノは夢中で微を抱きしめて撫で続けている。カールは『先生と教え子』の体で説明を求めている。エーレは観念して苦手な仕事を引き受けた。


「はぁ……。この子は弟子のカール。カール、この人たち見てどう思う?」


 カールはエーレが意味の無い質問をするとは思わなかった。故に彼女の問いかけに付き合いながら疑問を解消していくことにした。


「どうって……言っちゃ悪いですけど、変ですね」

「何処が?」

「まずこの人たちに魔力が無いところです。そこの1番背が低い人はそれなりにあるけど、他の2人は0だ。これはおかしい。どんなに魔法と縁の無い生活をしててもこうはならない。病気か何かです」

「そうだね」


 魔力はこの世界に満ち溢れている力であり、量の差はあれどこの世のあらゆる物に宿っている。仮に生涯1度も魔法やスキルを使わなかったとしても魔力を持たない人物など生まれる筈が無いのだ。


「どこから連れて来たんです? もしかして治療でもするんですか?」

「しない。この人たちはこれが正常」


 いくらエーレの発言といえども流石にカールは疑問符を浮かべた。


「正常な訳無いでしょう。生物は魔力を持つ。この世の法則です」

「じゃあその法則が成り立たない別の世界があればいい」

「………………なるほど」

「飲み込めたの⁉︎ 何このガキんちょ」


 話を拗らせてしまうかもと黙って成り行きを見守っていた音だったが、流石に声が出てしまった。


「改めまして皆さん、カールです。先生の知り合いということなら俺ももちろん歓迎します。好きなだけくつろいでってください」

「ええ、よろしく」

「よ、よろしく?」

「よろしくねー!」

「でもリムノさんの娘ってのはよく分からなかったので具体的に説明を――」


 その時、部屋の中に突如として魔法陣が出現した。日頃からリリィやエーレの魔法を見ていたカールはそれが空間魔法によるものだと分かった。


「眩しっ! 何よこれ」

転移(テレポート)です。離れた場所に自在に……」


 カールは目を見開いた。いや、カールだけでなく能面を貫いていたていりを含めその場にいた全員が動揺を露わにした。


「……! イデシメ!」


 床に広がっていく血は各々のが混ざり合っており、誰のものかは分からなくなっていた。

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