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変わっていない

 振り返って最初に視界に飛び込んできたのは、サラサラの空色の髪。


「あはは。驚いた?」


 一年ぶりに見た彼は、変わらずのんきに笑いながらそう言った。


「……リベラート様」


 ――やっと、会えた。

 このセリフだけ見ると、まるで恋い焦がれていたようにも見える。実際は、婚約を解消したいだけなのだが。


「フランカ……」


 リベラート様は私の名前を呼び、じっと私を見つめた。

 さっそく気づいただろうか。私から香りが消えていることに。私を見ても、なにも心が動かなくなったことに。

 リベラート様はしばらく無言で私を見続けると、はっとしたように目を見開いてこう言った。


「なんということだ……っ!」


 この反応……目が覚めたに違いない。よし! 清々しく私を振ってください! リベラート様! 

公衆の面前で恥をかく覚悟はできています。これは、これまであなたの気持ちを弄んだ贖罪です。


「ドレス姿のフランカが綺麗すぎて、女神かなにかかと思ったよ!」

「はい。婚約破棄ですね。かしこまりまし――って、今なんて!?」

「婚約破棄!? フランカ、今なんて言ったんだ!?」

「私が先に質問しているんです!」


 必死な形相で詰め寄ると、リベラート様は「フランカを女神と見間違えたんだよ」と言った。どうしよう。意味がわからない。

 どうなっているの? 私はもう、男を虜にする香りを発していないというのに。普通の令嬢に戻ったのに。

 リベラート様にかかっていた魅了魔法は、再会によって解けたはずだ。そうでないとおかしい。


「それより、さっき聞こえた不穏な言葉はなんだ? フランカ、婚約破棄って……」

「い、いや、そんなの言いました? 聞き間違えでは?」

「……そうか。久しぶりのフランカに興奮して、幻聴が聞こえていたのかもしれないな」


 私の苦しい言い訳に、リベラート様はあっさりと納得した。そして、ため息をつきながら騎士団に入ってからの日々を話し始めた。


「騎士団に入って一年目は、本当に生活が厳しくてさ。全然自由もなくて、夜会はおろか、俺からフランカのところに会いに行くことなんて到底できなかった。唯一繋がりを持てる手紙は、いくら出しても君から返事がこないし……辛い一年だったよ。でも今こうしてまたフランカに会った途端、辛かったことが一気に吹っ飛んだ。やっぱり、フランカはすごいな」


 そう言って、リベラート様は私に微笑みかける。

 手紙のことを言われると、気まずさと申し訳ない気持ちが込み上げてきた。読んでいないなんて事実、絶対に言えない。というか、リベラート様はいつまで私の魅了魔法にかかっているの? それとも、新手のごっこ遊びかなにか?

 

「それに……元気そうでよかった」


 安心したような笑みを浮かべ、リベラート様は私の頭を優しく撫でた。

 一年ぶりに見るリベラート様は、少し体が逞しくなっていた。でも、この笑顔と手のぬくもりは、あの頃となにも変わっていない。


 ――って違う! 思い出に浸っている場合じゃないわ!


「はい。この通り私は元気です。毎日楽しくやっています。手紙の件は……ごめんなさい。文章を書くのが苦手で、返事ができませんでした。……で、リベラート様にひとつ聞きたいことがあるのですが」

「ああ。ひとつといわず、いくらでも聞いてくれて構わないよ」

「一年前と今の私、明らかに変わったと思うことはありませんか? 例えば――香りとか」


 意を決して、わかりやすく、ピンポイントで聞いてみる。

 リベラート様は私に近づくと、至近距離でじぃっと顔を見つめてきた……近い近い近い! 

 しかし、これだけ近寄れば私から独特な香りが消えていることに確実に気付いただろう。


「香りがどうかした? 俺にはフランカの言ってることがよくわからないけど、ひとつ確信したことがある」


 リベラート様はそう言って、にこりと笑うと私の頬に手を伸ばした。


「フランカは、やっぱり世界でいちばんかわいいな」

「――っ!?」


 か、かわ、かわいい!?

 想定外の連続で、私の頭はパニックになる。おまけに不意打ちに褒められて、顔が猛烈に熱くなってきた。

 予想では、卒業式でほかの男子生徒たちに婚約の申し出を破棄されたように、リベラート様にもそうされると思っていた。

 それなのに今、リベラート様は何て言った? 世界一かわいい? 私が? 百年の佳人といわれる姉をさしおいて?


 リベラート様が私を好きだったのは、私が魔女の手によって魔性の女にされていたから。私と婚約を交わしたのも、リベラート様にとって本望ではない――はずだ。


「フランカ、俺も君に会えたら、ずっと言いたいことがあったんだ」

「……なんでしょう」

「フランカが言った〝条件〟のこと。覚えてる?」


 もちろん覚えている。

 私はリベラート様に結婚を申し込まれた時にこう言った。


『次に会った時にまだ、リベラート様が私のことを好きだったら――その時は望み通り将来結婚でもなんでもします。でもそうじゃなければ、その時点で婚約は解消ということで』


――言ったことを思い出しながら、私はなんだか嫌な予感がした。


「俺は変わらず君が好きだ。大好きだ。だから約束通り、俺と結婚してくれる?」


 リベラート様が今も私を好き?

 そんなのはおかしい。解呪は成功している。現に、以前私に好意があった人は誰ひとり、もう私を好きではない。

 それなのに、どうしてリベラート様だけ!? 絶句して、返す言葉が見つからない。

 しかし私に向けられる真っ直ぐな瞳は、とても嘘をついてるようには思えない。


「あ、あの、えっと」

「まだ立派な騎士とは名乗れないから、正式に籍を入れるにはもう少し待たせてしまうけど、いい子で待っててくれるよね?」

「……ちょ、ちょっと待って」

「ふっ。顔が真っ赤だよ。フランカ、久しぶりの俺に緊張してる?……本当にかわいいな、俺の婚約者は」


 動揺する私なんかお構いなしで、リベラート様の細長い指が、するりと私の右頬を滑っていく。


「……フランカ、君に会いたくて死にそうだったよ」


 耳元でそう囁かれたかと思うと、リベラート様に腕を引き寄せられ、気づけば彼の腕の中にすっぽりと収められていた。

 熱い眼差しを向けられ、気づいた時には、唇に柔らかい感触が――。


「……っ!?」

 

 その瞬間、頭の中がキャパオーバーになったのか、はたまた初めてのキスの刺激が強すぎたのか――私はそのまま卒倒し、意識を手放した。


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