一年後
それから一年の月日が流れた。
まずは、この一年間の出来事から振り返っていこうと思う。
姉のアリーチェは、ストラへ帰国し、屋敷へと戻ってきた。
姉が戻ってきた屋敷は、たしかに私だけの時より遥かに華やかな雰囲気になった。美人な姉を見ているだけで、周りも自然と笑顔になるからか、屋敷は常に笑顔で溢れていた。
私が昔のように屋敷では〝ただのモブみたいな存在〟に戻ったことで、お姉様の機嫌も最高潮によかった。気持ちよさげな表情を浮かべて私を見る姉は、ここ数年でいちばん輝いて見えるほどだ。
留学を経て卒業した姉はてっきりどこかへ就職するのかと思っていたが、本人はまったくそのつもりはなかったよう。
『働かなくたって今すぐにでも結婚して、贅沢三昧ができる立場にあるもの』
そう言いつつも、相手はなかなか決まっていなかった。お姉様はとにかく理想が高い。見た目、学歴、身分、すべて完璧を求める。どれかひとつを備えているものはいても、すべてを兼ね備えている人はなかなかいないと、いつも嘆いていた。
私は予定通り、卒業後は魔法省で仕事に打ち込んでいる。
今は仕事がいちばん楽しいと感じていて、なんだかんだ充実した日々を送っている。今日も元気に出勤中だ。
「フランカ、作業が終わったら昼飯食いに行こうぜ!」
「ティオ。もう少しで終わるから、先に下のカフェで待っててくれる?」
「おう!」
雑務を終わらせ、私は急いでカフェへと向かった。
カランと軽快な音を鳴らしながら扉を開けば、私を見つけたティオが席から大きく手を振ってくれる。
ティオは魔法省の同期だ。別の魔法学園の卒業生で、ストラの魔法省で初めて会った。
私と同じ子爵家の次男で、短めの茶色い髪型がよく似合う、気さくで元気いっぱいな明るい人だ。
ティオも土魔法の使い手だが、私より魔法の技術が高いし、知識もある。
働き出した初日にティオから私に声をかけてくれたときは驚いた。解呪以降、男性から話しかけられる機会がめっきり減っていたせいかもしれない。
ティオは同じ部署に土魔法の使い手が自分のほかに私しかいなかったので、純粋に仲良くなりたいと思って声をかけてくれたらしい。魅了魔法がない今、話しかけてくれることに対してよけいな考え事をしなくていいっていうのは、本当にラクだった。
今では毎日ランチを共にするくらいの仲で、ティオは私にとって、初めての異性の友人といえる。
「そういえばお前、明日の夜会には行くのか?」
言いながら、ティオは大きなハンバーガーにかぶりつく。
「あー……招待状届いてたの忘れてた」
夜会のことなど、すっかりと頭から抜けていた。
ストラでは王家主催の夜会が不定期で王宮にて行われている。その際、王都や王都の近くに住む貴族には、大体招待状が送られてくるのだ。
結構な夜更けまで夜会は続くので年齢制限が設けられており、十六歳未満は参加できない。あと、学生は基本的に参加が禁止となっている。
「フランカって、いつもああいう場に顔出さないよなぁ」
「うーん。だって、行く必要がないっていうか」
「……実は、なんか嫌な思い出でもあるとか?」
ティオのなにげない一言に、私の耳がぴくりと反応する。
『いいフランカ。あなたは私の引き立て役ね!』
初めて参加するパーティーで綺麗なドレスを着て浮かれていたら、姉にそう言われたことを思い出す。しかも、姉が直前で私が着ているドレスのほうがいいと騒ぎ立て、お気に入りのドレスを奪われてしまった。……まだ私も幼かったから、あの時は泣きたくなったのを覚えている。
「フランカ? いや。冗談だからな? ……本当になにかあるんだとしても、別に言わなくていいし! 俺はただ、お前がいたら楽しいのになと思って――」
食事をする手を止めて俯く私を見て、ティオはフォローするように言う。私は落ち込んでなどいないのに、あまりに焦っているティオがおかしくて、ぷっと噴き出してしまった。
「ふふっ! 別になにもないわ。ただ夜会が苦手なだけよ」
笑いながら、私はとある人のことをふと思い出した。……リベラート様だ。
騎士団に入ったリベラート様とは、予想通り卒業してから会うことはなくなった。
しかし、私はリベラート様とどうしてももう一度会わなくてはならなかった。できれば早めに、婚約を解消するために。
この一年、私は一度だけ夜会に参加したことがある。理由は、リベラート様に会えると思ったからだった。
国に仕えている立場の騎士団が、王家主催の夜会にいないはずがない。だが、私のその考えは打ち砕かれた。
騎士団に入って一年未満の新米団員は、鍛錬を優先すべく、よほどの理由がない限り夜会へは参加できないという決まりがあったのだ。
その決まりのせいで、私は夜会でリベラート様に会うことは叶わなかった。そのため――私は未だにリベラート様の婚約者のままである。
私はこのことをルーナ以外誰にも言わずに隠し続けている。だって、姉ではなく私なんかがヴァレンティ公爵家の長男から求婚されたなど周りに知られたら大騒ぎになるだろうなにより、姉が黙っていないはずだ。
どうせすぐに破棄される婚約なのだから、できるだけ広まらないようにして、静かに終わらせたいと私は考えていた。
リベラート様からは定期的に手紙が届いているが、私は一度も封すら開けず、返事をしたこともない。ちなみに屋敷の人間には、魔法学園時代の友人からの手紙だと嘘をついている。
……さすがに卒業式から一年間、私からなんのアクションも返さなかったことについては、リベラート様におかしいと思われているかもしれないが。
私が次に夜会に参加するとしたら、それはリベラート様がいるとわかった時だろう。
早く会って、リベラート様の目を覚ましてあげないと。私を想う時間など、彼にとっては無駄なだけなのだから。
それに私も――〝リベラート様の婚約者〟という身の丈に合わない肩書から、一刻も早く解放されたい。
「……フランカ? どうした?」
「……あ、ご、ごめん。考え事しちゃってて。そういえば、私は多分行かないけど、私のお姉様は夜会に行くと思うわ。お姉様、ああいう賑やかな場が好きだから」
「ああ、いつも大広間の男どもの視線をひとりじめにしてるお前のお姉様か。たしかに、めちゃくちゃ美人だよなぁ。……つーか、フランカは結局来ないのかよ。俺にとってはそっちのが重要なんだけど」
「お姉様より私のことを気にするなんて、ティオって変わってるわね」
「あのなぁ……お前、自虐的すぎだろ」
思ったことをそのまま口にしたら、ティオに呆れた顔をされてしまった。