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先を行かれてしまった

 私の魔法がちゃんと解けていたことは、その後屋敷に戻るとすぐにわかった。私を見るとデレデレしていた男の使用人たちが、目が覚めたように全員正常に戻ったからである。


「お嬢様からいつもの香りが消えた」


 みんな口を揃えてそう言いながら、私を甘やかすことを辞め、挙げ句「アリーチェお嬢様がいない屋敷には華が足りないから、早く帰って来てほしい」などと言い出す始末だ。お姉様は帰ってきたらさぞかし喜ぶことだろう。


 その様子を目の当たりにしたメイドたちは、口をぽかんと開けている。

 部屋の隅で、「フランカ様はこっそり魅了魔法をマスターしていて、それを使っていたのでは?」と内緒話をしているのが聞こえた。あながち間違っていないその話に、私はひとりで笑いそうになった。

 あからさまな手のひら返しをされて、気分がいいとはいえないが悪くもない。元はと言えば彼らも被害者であり、私は自業自得だ。

 それにこの数年は過保護に扱われすぎていた。求めていた自由の時間が増えて、気は楽だ。

 どうせもうすぐ姉も屋敷に戻って来る。そうなれば、完全に昔に戻るだけだ。


 そんなこんなで、卒業式の朝を迎えた。

 私が香りを纏っていない状態で学園に行くのは、今日が最初で最後になるだろう。


 馬車で学園へ向かうと、既に門の前で男子生徒たちが私を待ち伏せしていた。

 どうやら全員、昨日私にした婚約の申し出に対する返事を聞きたいみたいだ。


「フランカ様が来たぞ!」


 馬車から降りて門へ向かえば、男子生徒のひとりがそう叫んだ。


「みんな、ごきげんよう」


 香りがない私に、みんなはどういう反応をするのだろう。もはや反応が楽しみだ。

 そんな思いを抱えながら、いつものように愛想笑いを浮かべ挨拶をすると、男子生徒たちの動きが見事にピタリと一斉に止まった。


「……あれ。俺、どうしてフランカにこんなに熱を上げてたんだっけ」


 ひとりがぽつりと呟けば、ざわめきがどんどんと広がっていく。


「僕も。フランカ様のどこに惹かれていたのか急に思い出せなくなったな。……顔はかわいいけど」

「俺も同じ状況だ」

「私も」


本人を目の前に失礼な人たちね。


「なにより……フランカからいつもの香りがしなくなってる」

「本当だ! あの素晴らしく甘美な香りがまるでしない」

「俺たちは、フランカ様のあの香りが好きだったのに」


 昨日男の使用人たちに散々言われたことを、どうやら今日も聞かなくてはならないらしい。

解呪により、私は魔性の女ではなくなり、ただその辺によくいる子爵令嬢に成り下がった。魔法の腕も並。身分も並。ついでに言うと、見た目も姉に比べたら足元にも及ばない。

 結局みんな、私が自動的に発していた魅了魔法にかかっていただけだった。


 我に返った男子生徒たちは、口を揃えて私にこう言う。


「婚約を破棄させてくれ!」


 返事も聞かず、一方的にそれだけ告げられる。私の前から去って行く、魔法が解けた男たちの背中に向かって心の中で叫んだ。


 ――そもそもあなたたちと婚約交わしていませんけど!?


 なぜかフラれたことになった私は、なんともいえない気持ちになった。間違いなく言えるのは、一日にこんなに婚約破棄をされたのは私くらいなものだろう。これもいつか笑い話になるはずだ。


 ……はぁ。わかってはいたけど、やっぱり今までのことは夢物語にすぎなかったのよね。

 私は姉のように絶世の美女でもないし、秀才でもない。自分の力だけで男性を虜にする能力なんて、もちろん持ち合わせていない。自分の魅力のなさを改めて思い知らされた気分だ。


 ――あとはリベラート様に婚約破棄してもらうだけね。


 自ら婚約破棄されに行く、なんておかしな話だが、このまま婚約者でい続けるわけにもいかない。

 二年間、誰よりも私に猛アタックをしてきたリベラート様が夢から覚める瞬間は、どんな顔をするのだろう。若い時期の大事な二年間を弄んでしまったことにどうしようもなく罪悪感が湧いてきた。これは、リベラート様だけにいえることではないけれど。


 もう私から香りは消えている。だがリベラート様が捜しやすいようにサシェを制服のポケットにいれておこうと思い、私は鞄から香りの強いサシェを取り出す。

 そして数十分、卒業式開始前に学園で待機していたが、リベラート様は一向に姿を現さない。


 ……いつもはどこにいても見つけてくるのに、どうなっているの。


 そしてそのままリベラート様に会えないまま、卒業式が始まった。さすがに式の後に会えるだろうと思っていたが、姿が見えない。

 何事かと思っていると、衝撃の事実を知ることとなった。


 なんと、リベラート様は卒業式に参加していなかったのだ。


 それは卒業式後、メイドにリベラート様の執事が預けた手紙によって発覚した。

手紙の内容はこうだ。


〝愛するフランカへ〟


 フランカ、卒業おめでとう。君と過ごした二年間は、とても楽しく、幸せな日々だった。

 そんなふたりの思い出の学園で過ごす最終日に、一緒にいられなかったことをどうか許してほしい。


 実は、手違いで俺の騎士団への入団が本日からになっていたんだ。

 そのせいで、俺は卒業式に参加することができなくなってしまったが、これは俺が一日でも早く立派な騎士になるために神様が仕掛けたいたずらと思うことにするよ。

 これで、フランカとの結婚が一日早くなったね。

 

 しばらく会えない日が続くけど、俺はいつでもフランカを想っている。

 この気持ちに嘘はない。次会った時、今一度俺の気持ちをフランカに伝えよう。その時まで、どうか元気で。

 君の婚約者、リベラート・ヴァレンティより


 P.S 絶対に俺以外の男に興味を持たないように。


「……嘘でしょ」


 読み終わった私の手は、微かに震えていた。

 

 ――せめて今日だけでも私に会ってくれたらよかったのに! そうしたら、即婚約破棄できたのに! 


 リベラート様にだけ、もう発動しない魅了魔法がかかったままになるなんて。

こうして私はもうしばらくのあいだ、リベラート様の婚約者として過ごすこととなってしまった。



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