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さよなら魅了魔法

「フランカ! 大丈夫だった――って、あれ。私、お邪魔な感じ?」

「! ぜ、全然!」

「うっ」


 リベラート様の抱擁を黙って受け入れていると、ルーナが姿を現した。焦った私はすぐにリベラート様を押しのける。急に強い力でお腹を押されたリベラート様は、痛かったのか小さな呻き声を上げていた。


「ルーナ! 邪魔なんてとんでもないわ。むしろナイス。あと荷物もありがとう」

「えぇー……? 本当に邪魔じゃなかった?」


 ルーナは私達の距離感を見てなにかを察したのか、含み笑いをしながらもう一度私に問う。


「はは。大丈夫だよルーナ嬢。大事な話はし終えたあとだったから。――それじゃあフランカ。また明日、ね」

「はい。また明日」


 リベラート様は私とルーナにひらひらと手を振って、その場を去って行った。明日には、私の香りが消えているとも知らずに……。


* * *


 帰り道、馬車でルーナを屋敷まで送っている最中のこと。


「ねぇ! 大事な話ってなんだったの!?」


 ルーナが興味津々に前のめりで言う。こっちが話すまで待とうとか、遠慮するという考えはないのだろうか。ルーナを見ると、もう待ちきれないといった様子だ。


「もしかして求婚でもされた!?」

「……」

「図星なのね! きゃーっ! ついにフランカがリベラート様とっ! 子爵家の令嬢が公爵令息と結婚だなんて夢があるわーっ!」

「ちょ、ちょっとルーナ、大きな声で騒がないで!」


 馬車内には私たちしかいないと言っても、あまり大きな声で騒がれたら困る。私は決して広くない馬車内で両手足をジタバタとさせるルーナの両肩を掴み、一旦落ち着かせた。


「で、返事はもちろんオーケーにしたの?」

「……そのことなんだけど」


 私はルーナに、自分がリベラート様にどう返事をしたかを話した。

 そして、これから私がしようとしていることも全部。


「本当に解呪するの!?」

「ええ。もう決めたわ」

「だけど、そうしたらリベラート様との婚約は……」

「なくなるでしょうね」


 けろりと言う私に、ルーナは驚愕の表情を浮かべ立ち上がる。

 

「い、いいの!? リベラート様みたいな人、この先なかなか現れないわよ!?」

「だとしても、それは嘘の気持ちだもの。もしなにかの拍子で私の香りが消えることがあれば、私が騙していたこともバレるでしょう? それに、やっぱりもうこんな生活はこりごり。私には〝絶世の美女アリーチェの妹〟くらいのポジションがちょうどいいの」

「そ、そうかもしれないけど……フランカは、後悔しないの?」


 ルーナは心配そうに、魔女と同じことを私に聞いてきた。


「リベラート様のこと、本当に鬱陶しいと思ってたわけじゃないでしょう? ほかの人より態度は冷たかったけど、ほかの人の前みたいに、取り繕った笑顔を見せてはいなかったじゃない。私には、フランカはリベラート様にだけは素を見せているようにも見えたの。ふたりは香りとか関係なくお似合いだと思うわ」


 私が、リベラート様にだけは素を? 自分では思ったことがなかった。無意識にそうなっていたのだろうか。


「……もしそうだったとしても、私はもうこの香りから解放されたいの。それにやっぱり――誰かを騙してまで、自分が幸せになろうとは思えない」

「……そっか。うん。フランカが決めたことなら、私はもうなにも言わないわ。なんかごめんね。私、フランカには幸せになってほしいから」

「わかってる。ありがとう。ルーナ」


 今までずっと、私のことを助けてくれた優しいルーナ。心配して言ってくれたことは、私が一番よくわかっている。

 それからは、卒業後のことについて話した。ルーナは魔法学園の先生になるのが夢で、卒業後は更に上の学園へ進学することが決まっている。ルーナとも頻繁に顔を合わせられなくなるが、私達の友情関係はきっと変わらないと信じている。


「フランカの香りがなくなったら、今まであまり遊びに行けなかったところにも行けるようになるわね!」

「そうね。私、街にある有名なレストランで大きなステーキを食べたいわ!」

「ああ、あそこ、男性客ばっかりだったものね。休日、予定を合わせて行きましょう。ほかにもいろいろ、ね」


 これからは、楽しいことがたくさん待っている。

 今まで我慢していたこともできる。もしかしたら香りなんて関係なしに、私のことを好きになってくれる人にだってこれから出会えるかもしれない。


 時間は過ぎていき、私は魔女の待つ森へと向かった。  

 そこには既に魔女の姿があった。先に私を待っていたようだ。まるで、来ることを確信していたように思える。


「やっぱり来たわね」

 

 私を見るなり、魔女は笑いながらそう言った。


「はい。解呪をお願いします」


 とっくに覚悟は決まっていた。強い気持ちを込めて言うと、魔女は私に近づいて手を伸ばした。懐かしい、温かな光に全身を包まれる。


「終わったわよ」


 あっという間に解呪は終わった。かけられたときと同様、また自分の体のにおいをすんすんと鼻を鳴らしてかいでみる。……うん。やっぱりなにが変わったかまったくわからないわ。


「これであなたは魔性の女じゃなくなった。今の気分はどう?」

「……まだ解呪された実感がないですけど、これから嫌ってくらい実感するんでしょうね」


 もう私は異性に対して魅了魔法を発動できない。土魔法しか使えない私は、この先一生魅了魔法なんてものとは無縁だろう。


「美人な魔女さん。ありがとうございます。二度も私の勝手なわがままを聞いてくれて。無縁だった魔性の女に一度でもなれて、いい経験になったし勉強になりました」


 清々しい、晴れやかな気持ちを伝えると、魔女は僅かに歩みを進め、私の隣に並んだ。

 私よりも背の高い魔女を見上げると、吹いてきた風が魔女の黒髪を大きく揺らした。


「あなたはそのままでもじゅうぶん、魔性の女の素質があるわよ」

「……このままの私でも?」

「もっと自信持ちなさい。アタシ、滅多に自分以外の人間を褒めたりしないけど、あなたのことは結構気に入ってるの。なんでかわからないけど」


 魔女はそう言いながら小さく笑う。


「じゃあ。アタシは行くわ。そろそろこの国にも飽きてきたし」

「あ、ま、待って!」


 くるりと背を向ける魔女に、私はおもわず声をかける。


「私、フランカっていいます! あの、名前は――!?」


 最後に聞きたかったことを叫ぶ。すると、魔女は顔だけこちらを振り返った。


「ベランジェールよ。……フランカね。覚えておくわ」


 そう言うと、魔女は私にウインクをしながら投げキスをして、風のように姿を消した。



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