24時間限定の婚約者
「フランカ様はどこに行った!?」
「あっちでフランカの香りがしたような……」
「急げ! 絶対捜し出すぞ!」
なんだかんだであれから3日経ち、卒業式の前日。
ルーナの言う通り、私は男子生徒に追われまくり大変な目に遭っていた。みんな口を揃えて私に婚約を迫ってくる。
対応するのに疲れ切った私は、以前ルーナがくれた香りがかなり強めのサシェを持ち歩き、校舎の隅に身を潜めていた。
ルーナは今、私の鞄と下駄箱にある靴を取りに行ってくれている。ルーナが戻ってきたら、誰にも見つからないようダッシュで屋敷に戻ろう。……ああ、こんなことになるなら、あの時考えるなんて言わなかったらよかったわ。でも、魔女の圧に負けてああ言っちゃったのよね……。
「見つけた」
頭上からする声。嫌な予感がして見上げれば、笑顔のリベラート様が立っていた。
「……リベラート様の鼻って、まるで犬並みですね」
「それって褒めてる?」
「ええ。とっても。ここまできたら尊敬します」
やっぱりリベラート様に、サシェは効かなかったか。
相変わらずの私を見つけ出す能力の高さ。くそっ。結局この二年間で一度もリベラート様から逃げきれなかった!
「フランカ、険しい顔してどうしたの? ここに皺寄ってる」
リベラート様は言いながら、人差し指を私の眉間にぐりぐりと押し付けた。
「ちょっ……やめてください! 誰のせいでこの皺ができてると思ってるんですか!」
「え? 誰のせいなんだ? 教えてくれたら俺も一緒に反撃しにいくよ!」
「もういいです」
あなたのせいですけど!? って叫びたくなったが、相手にするのも面倒なのでやめておいた。……ていうか、眉間の皺の反撃ってなんだ。よく考えたらわけがわからなくて、おもわず笑ってしまう。
「……あ、フランカが笑ってる。いつもそうやって笑ったら、すごく素敵なのに」
「余計なお世話です。……それって、私がいつも不機嫌って言いたいんですか?」
「いいや? でも、そうやって自然に笑ってるの久しぶりに見たから純粋に素敵だなって。……なんかドキッとした」
「~~っ!」
リベラート様のこういう天然タラシなところが苦手だ。
私が笑っただけで、そんなに嬉しそうに照れ笑いをされて――ドキッとするのはこっちだと言ってやりたくなる。
「そ、それより、今日はなんの用ですか」
不覚にも熱くなった顔を隠すように、リベラート様から顔を背けた。
「今日はフランカに言いたいことがあって。ほら、明日にはもう俺たち卒業だし。こうやって気軽に会えなくなるだろう?」
「……それは、そうですね」
「フランカは魔法省に入るんだよな」
「はい。私はこれから土魔法を極めるんです」
私は卒業後、魔法省の下っ端職員として働くことが決まっている。最初は雑務ばかりらしいが、いずれ魔法研究課に入り、新たな土魔法を世に編み出すのが私の夢だ。
「フランカはバリバリ働きたい派なんだね。女性だとめずらしいんじゃないか? 早いうちに結婚したがる令嬢のほうが世の中には多いだろう?」
「そうかもしれませんが、私は今のところ恋愛に興味ありませんので。それに、私は魔法を極めることくらいしか、自分だけの力で出来ないし」
「どうして? 君にできることは、ほかにももっとたくさんあるじゃないか」
私の言葉が引っかかったのか、リベラート様は食い気味で私にそう言った。
「できることって……例えば?」
「例えば、君といるだけで、俺は笑顔になるし幸せになる。他人をそんな気持ちにできるって、結構すごいことだと思うけど」
「それは……」
リベラート様が私といると笑顔になるのも、幸せになるのも、全部――。
「私の力じゃありませんから」
きっぱりとそう告げると、リベラート様は一瞬目を見開いて、「おかしなことを言うなぁ」と困ったように笑った。
「リベラート様は騎士団に入るんでしたよね」
「ああ。明後日には入団する。両親に許された入団期間は二年しかない。だから一刻も早く一人前になりたいんだ」
「リベラート様ならなれますよ。きっと」
「ありがとう。フランカにそう言われたら、自信が湧いてきた」
子供のように無邪気に声を弾ませるリベラート様は、少年みたいでどこかかわいらしい。彼が派な騎士になっている姿が安易に想像できてしまうのが、なんだか悔しくもある。
「……あのさ、フランカ」
「はい?」
かしこまったように、リベラート様が体ごと私のほうに向きなおす。つられて私も彼のほうを向き、私たちはふたり真正面から向かい合う形になった。
「もし俺が、どんな時、なにがあっても君を守れる立派な騎士になったら――俺と結婚してくれないか?」
「えっ……えぇ!?」
今日、何度も似たような言葉を言われてきた。だけど、この流れでリベラート様にまで言われるとは思っていなかった。
まっすぐに私を見つめるその瞳から、本気だということを感じる。そこには、いつものようなお調子者のリベラート様はいなかった。
「私、さっき言いましたよね? 恋愛に興味無いって……」
「恋愛に興味はなくとも、俺に興味はあるだろう?」
「ないですけど!? どこからくるんですか! その自信!」
「俺の婚約者になってくれ」
「話聞いてますか!?」
私がなにを言おうが、リベラート様は「結婚しよう」の一点張りだ。
拒否してもまったく聞く耳を持っていないいつのまにかじりじりと壁際に追い詰められているし、オーケーするまで、この場から逃がしてもらえない気がしてきた。
ああ……どうすれば……!
この場を切り抜ける方法に悩んだ結果、私はひとつの決断を下すことにした。それは、リベラート様への返事だけでなく、これからの私の人生に対する決断でもあった。
「……わかりました」
「本当!?」
「でも、ひとつ条件があります」
「……条件?」
ぱあっと明るい笑顔を見せたあと、リベラート様は私の発言に首を傾げた。
「次に会った時に、まだリベラート様が私のことを好きだったら――その時は望み通り、将来結婚でもなんでもします。でもそうじゃなければ、その時点で婚約は解消ということで」
しっかりとした口調でそう言って、私はリベラート様を見つめ返す。
リベラート様は目をぱちくりと何度か瞬きしたあとに、「ははっ」と軽く笑い声を上げ、片手で自分の髪の毛をくしゃりとかき上げた。
「そんな条件、既にクリアしたも同然じゃないか」
今のリベラート様はそう思って当然だろう。でも、私がしているのは未来の話だ。
なにも知らないリベラート様は私の腕を引くと、そのまま私を優しく抱きしめた。突然の抱擁に私は固まって動けなくなり、されるがままの状態。
抵抗しない私に気をよくしたのか、リベラート様は抱きしめる腕に力を込めた。
「フランカ、君を世界一幸せにするよ」
極めつけに、耳元でそう囁かれる。
――果たして明日、同じことが言えるのかしら。
もうすぐ終わりを告げるであろう、私たちの関係。どうせ終わるなら、今だけは好きにさせてあげよう。
そう思い、私はリベラート様に身を任せたまま静かに目を閉じた。