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23/30

なにも知らない

 それから半年の月日が流れていた。長期任務はまだ続いているようで、この半年間、リベラート様は王都へ一度も戻ってきていないとルーナから聞いた。


 私はというと、失恋の傷を癒すように魔法研究に打ち込んだ。するとそれが功を奏して、私の土魔法についての論文が魔法省内で高く評価された。お陰でもっと責任のある仕事を任されるようになり、私はさらに仕事にのめり込んだ。


「フランカおつかれ。おい、あんま頑張りすぎんなよ」

「ティオ、お疲れ様」


 今日も自ら居残りをして研究を続けていた私に、ティオがそっとミルクたっぷりの紅茶を持ってきてくれた。


「なぁフランカ。仕事ばっかしてないでさ、たまにはどっか遊び行かないか? 町に新しいカフェがオープンしたって。お前、そういうの好きだろ?」

「……」

「……フランカ? 聞いてんのか?」

「えっ? ごめん。なんだっけ」


 ティオは「またか」というように深くため息をつく。

 仕事をしていると、ついつい熱中しすぎてほかのことに意識を向けるのがおろそかになる。……いや、ほかのことをなにも考えたくないから、自らそうしているのかもしれない。


「あのさフランカ」

「うん?」


 いつになく真面目な顔で名前を呼ばれ、私は仕事をする手をとめる。


「……仕事頑張って結果も出せて、今も一生懸命なお前にあんまり言いたくなかったけど……この半年、ずっと無理してるように見えるぞ」

「えっ? そんなことないよ。それに無理でもしないと、もっと上の役職にはつけないし」

「そうじゃなくて。……まだ好きなんじゃねぇの? あいつのこと」


 あいつ――ティオが誰のことを言っているかはすぐにわかった。むしろ、その人以外ありえない。私がこの人生で好きになった人は、未だにただひとりだけだから。


「ううん。吹っ切れてる。そもそも最初から、ありえないことだったんだから」


 私にとってリベラート様との思い出は、まさに淡くて、切なくて、苦い初恋。しかし彼にとっては、ただただ時間の無駄になっただけ。ああ、自分で言って虚しくなってくる。


「今は仕事がいちばん楽しいの。やっぱり私には恋愛なんて向いてないのよ」

「……向いてないんじゃなくて、するのが怖いだけだろ。逃げてたらなにも始まらないぞ」


 ティオの言葉にドキッとする。

 そんなことは自分でも痛いほどわかっていたからだ。


「……そうよね。でも恋愛って、どうやってするんだっけ」


 肩を落としてぽつりと呟く私は、きっとすごく辛気臭く映っているだろう。リベラート様を好きだと気づいたのも、ほとんど最後の最後だった。

 またあんな風に、誰かを想ってがむしゃらに行動したり、誰かの一言一句で一喜一憂したりできるのか。そんな自分が想像つかない。

 そしてなにより――幸せと感じた〝恋〟というものを、また失うことがあると思うと、あまりにも怖い。もう二度と、恋などしないほうがいいのではないか。そう思ってしまう。


「俺が思い出させてやろうか?」

「……え?」


 横から私のデスクに手をついて、ティオが言う。


「だから、吹っ切れてるなら俺なんてどう? って言ってるんだけど」

「……どうって、なにが?」

「ああ! なんでここまで言ってわからねーんだよ! お前が好きだって言ってんだよ」

「誰が?」

「俺が!」


 そう言って、ティオは顔を赤くして私を見つめた。

 ――ティオが私を好き?


「えっ。えぇ。嘘だぁ」

「嘘じゃない。つーか気づけよ。だいぶわかりやすかっただろ。……まぁ、もっとわかりやすいやつのせいで俺が霞んだのかもしれないけど」

「そ、それもあるけど、私たちって友達だったじゃない」


 恋人っぽい甘い雰囲気とかそんなもの、私たちの中で一度も起きたことがないし、ましてや想像もつかない。


「友達と思ってたのはお前だけだよ。……フランカさえよければ、俺と結婚してほしい」

「け、結婚!? 急ぎすぎじゃない?」

「貴族の世界じゃあ初対面で結婚も普通だぞ。言っとくけど俺、本気だから」


 真剣に考えてほしい。


 ティオはそう言って、先に仕事を終えて帰って行った。

 ……急にそんなことを言われたら、まったく仕事が手に着かないんですけど。大体私、ティオをそういう目で見たことなんてない。


 でも、魅了魔法とか抜きで私を好きだと言ってくれたのは……ティオが初めてだ。一緒にいるとリラックスできて居心地もいい。これを恋と呼ぶかと言うと違うだろう。

それでも……あまりに好きすぎる人と一緒にいるよりは、ずっと気が楽なのも事実。そういう人と一緒になるほうが、この先の未来を考えると幸せなのだろうか。


「……どうしたらいいんだろう」


***


 結局今日は、残業をせずに屋敷へ帰ることにした。最近毎日のように残業していたから、日が沈む前に帰るのは久しぶりだ。

 馬車から降りて玄関へ向かうと、ちょうど誰かの人影が見えた。


「今日もありがとう」

「いえ。アリーチェ様の頼みですから」


 ……あれはお姉様と、騎士団の使者? 

私は彼を知っている。なぜなら、いつもリベラート様からの手紙を私に届けにきてくれていた人だからだ。

そんな人が、なぜお姉様と?

ふたりは私に気づいていないようで、そのまま裏庭のほうへと移動する。

どうもふたりの関係が気になって、私はこっそりふたりの後を着いて行った。


 お姉様といえば、私がリベラート様との婚約破棄が決まってからというものの、私につっかかってこなくなった。婚約破棄で落ち込む両親とは真逆に、とても嬉しそうに笑っていたのをよく覚えている。

 相変わらずいろんな社交場には積極的に顔を出しているみたいだけど、だいぶ大人しくなった印象だ。

……もしかしてお姉様、あの使者と付き合い始めたのだろうか。だから、最近機嫌もよく落ち着いている?

どこでふたりが繋がったかは謎だけれど。これまで何度も手紙を届けに屋敷に来ていたし、そこで仲を深めたって感じかしら?


「これ、いつものやつです」


 使者はそう言って、ジャケットの内ポケットから何通かの手紙を取り出した。


「助かるわ。……こんなにたくさん。飽きないわねぇ。彼も」

「アリーチェ様。その、言うことを聞けば僕のことを真剣に考えてくれるんですよね?」

「当たり前じゃない。これからもよろしくね」


 お姉様は男性の首に腕を回すと、頬に軽くキスをして甘えるようににこりと微笑んだ。

 その時、私はあることに気づく。お姉様が男性から受け取った封筒だ。それは、私がリベラート様から送られてきた封筒とまったく同じものだった。

 どうしてお姉様がその封筒を持っているのか。

 その場で使者を見送ったお姉様が玄関へ戻ろうとこちらにやって来たタイミングで、私はお姉様に声をかける。


「……あの、アリーチェお姉様」


 私を見ると、お姉様は露骨に眉をひそめた。


「あらなあに? もしかして、今の見ていたの?」

「ごめんなさい。偶然通りかかって、気になってしまって。今の人、騎士団の使者の方ですよね? どうしてお姉様が……」

「そんなの決まってるじゃない。リベラート様からの手紙を受け取るためよ」


 隠すつもりもないようで、お姉様はリベラート様の名前が書かれた封筒を、私に見せつけるように顔の横に掲げた。


「なぜお姉様がリベラート様と……」


 吹っ切れたつもりだったが、無意識に声が震えてしまう。


「わからない? 私たち付き合ってるの。あなたが傷つくだろうから黙っていたんだけど」

「!」


 お姉様がリベラート様と? ……そんなのおかしい。リベラート様は目覚めてすぐに騎士団の昇格試験で王都から出て行った。お姉様と関わる暇なんてなかった。


「じゃ、じゃあさっきの人は? 真剣に考えると言っていましたが」

「あんなの、しつこいから適当なことを言ってあしらっているだけよ。フランカはわからないと思うけど、私みたいに男を惑わす女はたいへんなのよ。相手を怒らせないように好意を雑に扱うこともできない。下手なこと言って、手紙を隠されたりしたら困るでしょう?」

「……好きでもない人に抱き着いて、キスをするってこと?」


 私からすると考えられない行為に驚いていると、お姉様はそんな私を見て大声で笑い始めた。


「ふふっ。あはははっ! フランカ、あなたっていつまで子供なのよ!」


 お腹を抱えて、目尻に涙を浮かべて笑っている。


「相手も喜んでるんだからいいじゃない。せっかくの好意なんだから、無駄にするのも悪いでしょう? あれは私なりの優しさで、サービスの一環なの」

「そんなの、相手の気持ちを弄んでいるだけじゃあ……」

「……フランカには言われたくないわ。 魔女の手を借りて〝魔性の女〟にしてもらった、あなたにだけはね」


 そう言われた時、喉がヒュッとする感覚がして、うまく息が吸えなくなる。

 私は一度もお姉様に――家族にだって、そのことを話したことはない。それなのに。


「私がなにも知らないとでも思ってるの? 馬鹿な子。ずっとおかしいと思ってたのよ。あなたが私より注目されるなんて、普通だったらありえないもの」


 お姉様は嘲笑しながら、私に近づいて顔を覗き込んでくる。


「解呪したのはいい判断だったわね。だとしても、ずっと騙されていたリベラート様がかわいそうだわ。……魅了魔法がなくなったあなたに、忘れられないような香りがあるわけないものね?」


 耳元で囁くと、お姉様はにっこりと微笑んだ。


「リベラート様はやっとあなたから解放されたの。事実を知って、もう顔も見たくないけれど、私の妹だから我慢するって。……あとね、フランカには言ってなかったけど、私、あなたとリベラート様が婚約破棄する前から……彼と関係があったのよ」

「……ずっと前?」

「ええ。あなたは知らないだろうけど、診療所にお見舞いも行ったわ。あの時は魅了魔法のせいで私に振り向いてくれなかったけど、解けて正気に戻ったのね。彼から手紙がきたのよ」


 お姉様は言いたいことをすべて言い終えると、ただひとこと「私たちの邪魔をしないで」と言って、私を置いてひとりで屋敷へ戻って行った。


 ――お姉様は美しい。この国で、お姉様より綺麗な人を見たことがない。

 そこにいるだけで誰もが振り返り、関わった人はみんな虜になる。まさに……彼女こそ男を狂わせる魔性の女。魔女の手を借りなくとも、生まれながらにして持つ魔性。

 

 リベラート様だってひとりの男だ。お姉様を好きになるのは無理もない。

 診療所だって、お姉様の香水の香りがした日があったのも事実。……だとしても。あの時リベラート様が私にかけてれた言葉がすべて嘘だとは思わないし、思いたくはない。


 それともうひとつ。

 さっきのお姉様との会話で――気づいたことがある。


***


「フランカ、なんだよ。話って」


 次の日。私は休憩時間、ティオをカフェに呼び出した。

 今日は休憩をとるのが遅くなりお昼時を過ぎたせいか、人はまばらだ。だけど大事な話をするにはこちらのほうが有難い。


「……もしかして、昨日の告白の答えか?」


 人差し指で頬をかきながら、ティオは落ち着かない様子で視線を泳がせる。

 私はできるだけ心を落ち着かせて、ゆっくり深呼吸をしてから口を開いた。


「ティオに聞きたいことがあるの」

「……なんだよ。改まって」

「ティオ――アリーチェお姉様と、どういう関係?」


 目の前で笑っていたティオの顔が一瞬にして曇る。

 そして私は思い知らされる。こんなにも一緒にいたのに、私はティオのことをなにも知らなかったんだということに。


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