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魔獣への手がかり

 事件が起きてから二週間が経った。

 リベラート様は王都にある騎士団本部に留まり、打撲が完治するまで診療所へ通う生活をしていた。リベラート様の診察予定日に仕事が早く終われば、私も診療所へ足を運んでいる。

 任務へ同行できなくなったことをリベラート様は嘆いていたが、そのかわり私と頻繁に会えることをとても喜んでくれた。


 今日もタイミングよく仕事を終えたので、私は診療所へ向かうことにした。いそいそと準備をしていると、ティオが声をかけてきた。


「フランカお疲れ! なぁ、軽くなにか食べに行かないか?」

「お疲れ様。ごめん。今日はこれから予定があって」

「……またリベラートさんのとこか。お前、そんなにあいつに会いたいのか? 今までは自分から会いになんて行かなかっただろ」


 ティオに指摘されぎくりとする。たしかに今までの私なら、自分から積極的にリベラート様に会いに行くなんてことはなかった。でも、この前庭園で話をしてからは……私も、以前より彼に会いたいと思うようになった。


「べ、べつにいいでしょう。仮にも婚約者なんだから。悪いけど、食事はまた今度……」

「俺も行く」

「へっ?」

「だから、俺も今日は診療所についていく。いいだろ?」

「えーっと、なんのために?」

「そんなの、リベラートさんのお見舞いに決まってるだろ」


 絶対に違う気がするのだけど……。ティオ、最近私があんまり構ってあげられないことに怒ってるのかな? あ、もしかして寂しいとか?

 こんな大きな図体しておいて、中身はまだ子供なんだから。

 たしかにティオはまだこの国に来て一年ちょっとしか経ってなくて、友達もそんなにいない。私にとっても数少ない友人だから、あんまりないがしろにするのもよくないわよね。


「そんなに寂しいならしょうがないなぁ! 一緒に行こっ!」

「うわっ! なにすんだよっ!」


 ティオのことが〝置いて行かないで〟とご主人様に懇願する大型犬のように見えてきて、私は背伸びをしてティオの頭をわしゃわしゃと撫でた。ティオは顔を真っ赤にしている。その姿がかわいくて、おもわず声を出して笑ってしまった。……ティオを連れて行ったらリベラート様は嫌がりそうだけど、どちらも私にとって特別な人だから、ふたりが仲良くなってくれるといちばんいいのだけれど。



「フランカ! ……と、なんだ。今日は君も一緒なんだね」

「あからさまに嫌な顔するのやめてもらえます?」


 ドアを開け私を迎え入れてくれたリベラート様は、私の後ろにいるティオを見てあからさまにトーンダウンした。それに対し、すかさずティオの鋭いツッコミが入った。

 リベラート様の診察が終わると、私たちは決まって空き部屋でおしゃべりをしている。騎士団専用の診療所ということで一日の患者数がそこまで多くないことから、院長が好意で部屋を貸してくれているのだ。


「あれ……なんだろう……」


 今日は空き部屋に入った瞬間、いつもと変わった香りがすることに気づいた。病院特有の消毒液のにおいの中に混ざる、薔薇のような香り……。

 それを嗅いだ瞬間、脳裏にお姉様の姿が浮かぶ。そうだ。この香り、お姉様が普段からよくつけている香水だ。でも、どうしてその香りがこんなところでするのだろうか。


「リベラート様、今日、ほかに誰か来ました?」


 私が聞くと、リベラート様は目を丸くして少しの間があいた後「いいや? 誰も」と笑う。


「なにか気になることがあった?」

「……いえ。ちょっと気になる香りがして」

「そうなの? 俺には判断できないからな……」


 そうだった。リベラート様の前で香りの話をするのは、少し無神経だったかもしれない。ほかの患者が空き部屋を使った可能性もあるし、考えすぎだろう。


「あ、そういえば今日は隊長が来てるよ」

「カイルさん?」

「そう。今は少し席を外してるけど……あ、それよりうれしいお知らせがあるんだ!」


 リベラート様は腰かけていたベッドから立ち上がると、突然上着を脱ぎ始めた。


「きゃあっ! リベラート様、なにを……!」

「おい、お前なにを始めようと――フランカ、見たらだめだぞ!」


 慌ててティオが背後から自分の手で私の目を塞いだ。遮られた視界の向こう側で、ごそごそとリベラート様が動いている音だけが聞こえる。


「見てくれ。俺の左腕と背中の打撲、無事に完治したんだ!」

「……なんだよそういうことか。いきなり脱ぎだすからびっくりした」


 ティオはため息をつくと塞いでいた手をどけた。明るくなった私の視界にまず飛び込んできたのは、リベラート様の上裸姿だった。

 細身でスラッとしているのに、腹筋は割れていてお腹には縦線がくっきりと入っている。意外にも逞しい体を見て、なぜか私が猛烈に恥ずかしくなってしまった。いつかあの体に抱きしめられたりしたら――って、私ったらなにを考えているの!


「ふ、服を着てください! 早く!」

「フランカ? 俺はただ包帯が取れたことを報告したかったんだけど……」

「……あ」


 今までは上半身に包帯が巻かれていたから、ここまで肌が露出していなかったことに気づく。


「完治したんですね。よかった」

「包帯がなくなって窮屈さが消えたよ。……それよりフランカ、顔が真っ赤」

「だ、だって私、男性の身体を見ることに耐性が……」


 幼い頃父親の上裸を見たことがあるが、それ以外に見たことはない。


「……照れてるんだ? 可愛い。完治祝いに抱きしめてくれる?」

「そ、それは、服を着てからでお願いします……」

「……やばい。めちゃくちゃ可愛い」


 自然と上目遣いになってリベラート様を見上げると、今度はリベラート様が頬を染める。

 そしてリベラート様は上着を着直すと、ティオの前だというのに思い切り私を抱きしめた。抱きしめてって言ったくせに、結局自分からなのね……。

 なかなか終わらない抱擁に私は体を押し返そうと試みるが、リベラート様に力では敵うはずもなく無駄な抵抗に終わる。


「いつまでやるんだよ。リベラートさん、なんなら俺ともハグしませんか? ほら、完治祝いで」

「……うーん。普段は断るところだけど、今日は機嫌がいいからなぁ。そうだね、ティオくんともしておこう」

「げっ! マ、マジかよ。今のは冗談のつもりで――ぎゃああ!」


 ティオの言葉によって、私はリベラート様からやっと解放される。すると、今度はティオが彼の抱擁の餌食となっていた。

 

「マジでしやがったぞこいつ……! おいフランカ、どうにかしろ!」


 ティオが暴れながらリベラート様を引きはがそうとしていると、ガチャリとドアが開く音がした。


「……お前たち、なにをしているんだ」


 病室に、カイルさんの低音ボイスが響く。

 大きな男ふたりがひとりの女の前で抱き合っているという異様な光景を前に、カイルさんはドアノブに手をかけたまま立ちつくした。


「こ、これは、リベラートさんの完治祝いのハグってやつでして……やましいことはなにも!」

「まさかティオくんから俺にハグをねだるとは思わなかった」

「よけいなことを言うのやめてもらえます!?」


 ティオの顔はよく見ると汗だくになっていた。あまりの慌てように笑いが込み上げてきて、私は俯いて静かに肩を震わせた。


「隊長もどうですか? 俺の打撲が完治したお祝いに」

「遠慮する」


 清々しいほどの切れ味でバッサリと言い捨てると、カイルさんは私に向かって手招きをした。


「はい? カイルさん、私になにか用でしょうか」

「ああ。ふたりで話がしたい。リベラート、お前の婚約者を少しだけ借りてもいいか?」

「……心からいいとは言えませんけど、隊長のことは信用してるんで承諾します。でも絶対に口説かないでください」

「いらん心配をするな。悪いな。すぐに戻る。……それまでお前たちはふたりで思う存分抱きしめ合ってもらって構わないぞ」


 なぜか今だ身を寄せ合っているふたりを見て、カイルさんは鼻で笑いながらそう言うと、私が部屋の外に出たのを確認してバタンとドアを閉めた。



 前回同様、私とカイルさんはふたりで別室に入った。


「カイルさん、話っていうのは? ……まさか、リベラート様の容態が悪化しているなんてことは――」

「大丈夫だ。本人が言っていた通り、きちんと完治している」


 よかった。ふたりでなんて言うから、ちょっと身構えてしまった。


「君に話したいのは、リベラートの今後のことだ」

「今後? 無事完治したなら、任務再会になるんじゃないのですか?」

「そうなんだが――次の任務は、リベラートの昇格試験を伴う長期任務でな」


 長期任務の話は以前、診療所でリベラート様からちらっと聞いたことがある。

 昇格できる可能性があるから、それまでに絶対完治させたいと言っていた。また長い間会えなくなるけれど、必ず昇格して戻ってくるから待っていてほしいとも……。ちゃんと昇格できたらその時は、け、け、結婚したい、なんて話もされちゃったり。


「その任務になにか問題でもあるんですか?」

「言いづらいんだが……今のままでは、あいつの昇格は百パーセント無理だ。ついでに長期任務に連れて行くことさえ、俺は若干躊躇してしまっている」

「え!? ど、どうして……!」


 リベラート様はまだ新米だが、実力はたしかだと聞いた。カイルさんだって、騎士団ではそんなリベラート様のいちばんの理解者だったはずなのに。


「嗅覚障害があることを隠したまま試験を受けさせることに俺は賛同できない。昇格試験には魔物討伐も大きく関わってくる。魔物の独特な血の臭い、獣の臭い、それらは戦闘で重要になってくる。今のあいつだと危険だ。嗅覚のことを話せば試験を受けさせてもらえないだろう。結局この前起きた事件が……リベラートの昇格の足を引っ張ることになってしまった。過去にそういった失敗を起こした見習いを昇格させるほど、この世界は甘くないんだ。国を守るという大きな責任があるからな」

「それは……そうかもしれませんが、リベラート様は嫌がらせを受けてしまっただけで――」

「同じようなことが、また起きたとしたら? 長期任務先には、あまり関わったことのないほかの部隊も来る。そこでまたリベラートのことを妬むやつが出ないとは言い切れない。実力がすべての世界では、どんな手を使ってでも上のやつを蹴落としたいと思う野心家はうじゃうじゃいる。俺は今までそういった奴をたくさん見てきた。……すべて〝もしも〟の話だが、万が一を考えると怖いんだ。今度こそあいつが、戻ってこなくなるんじゃないかと」


 いろんな経験をしてきたカイルさんだからこそ、話に説得力があり、急に私も怖くなってくる。

 万が一が起きてしまえば取返しがつかない。考えれば考えるほど、後ろ向きなことばかり頭に浮かび上がるのだろう。


「あいつは魔法の才にも秀でている。次期公爵になることも約束されている。騎士になれずとも、あいつを必要とする組織はどこにだってある。現に入団は期間限定だ。今後騎士団にずっといないやつに試験を受けさせるのは無駄だと、周囲から声を上がっているのも事実なんだ」

「……でも、リベラート様は昇格に向けて頑張ろうとしています。学生の頃から彼の夢はずっと、立派な騎士になることだから。その夢を、どうしても諦めてほしくありません」


 しかし、だからといってリベラート様に夢を諦めろというのはまた別の話だ。


「彼が将来を約束されているのになお、両親を説得し、期間限定でも騎士団へ入ったのは、それくらい騎士への想いが強いからではないのですか?」

「それは……」


 私の言葉を聞いたカイルさんは神妙な面持ちをしている。カイルさんの中では、リベラート様の長期任務はほぼ不可能という結論が出ていたのかもしれない。

 

しばらく沈黙が続いたが、観念したようにカイルさんが口を開いた。


「ひとつだけ考えがある。それは――長期任務までに、あいつが嗅覚を取り戻すことだ」

「……つまり、魔獣探しですか」

「ああ。長期任務までの時間はあと十日。それまでに魔獣を探し出し、奪ったリベラートの嗅覚を返してもらう。そうすればなんの問題もなくあいつを任務に同行させ、試験を受けさせられる。それにリベラートだって、取り戻せるなら取り戻したいと思っているはずだ」

「たしかにそれなら……だけど、どうすれば魔獣に会えるのでしょうか?」


 口で言うのは簡単だが、期限内に魔獣を探し出すなんてことが果たして可能なのか。〝王都の森の洞窟にいる〟という情報以外、なにも知らないような相手だ。


「俺なりに勝手に、ストラの洞窟にいるといわれる魔獣について調べさせてもらった。そして知り合いのツテを辿り、その魔獣に会ったことがあるという老人と話をする機会を設けてもらったんだ。その時、こんな話を聞いたんだ。〝魔獣はとある魔女に心酔しており、その魔女が現れれば霧を晴らし、洞窟への入り口が開ける〟と」


 魔女に心酔――じゃあ、魔獣探しにはその魔女がキーになるということ?


「その魔女の名は――ベランジェール」

「!」


 名前を聞き、私は固まった。だって私は知っている。


『ベランジェールよ。……フランカね。覚えておくわ』


 そう言って私にウインクをした、ベランジェールという名の魔女のことを。


「魔獣を探す前に、まず魔女を探さなければならない。かなりいばらの道だが動いてみる価値は――」

「待ってください! ……私、その魔女を知っています」

「……なんだと?」

「会ったことがあるんです。魔女、ベランジェールに」


 忘れようとも忘れられない名前。

 なぜならその魔女こそが――私を〝魔性の令嬢〟にした張本人なのだから。


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