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15/30

珍百景です

 遂にリベラート様が、シレア家の屋敷へとやって来る日が訪れた。

 朝から両親はそわそわして落ち着かない様子だ。それは私も同じだった。

 婚約者としてリベラート様を迎え入れるなんて、どういう態度をとればいいのか。いつものようにリベラート様を雑に扱いでもしたら、両親にこっぴどくどやされるのが目に見えている。


「楽しみねぇ!」


 そしてお姉様はというと、なぜか私以上に朝から入念な準備をしていた。ばっちりな化粧に新しいワンピースをおろし、ヘアアレンジもして気合十分といった様子だ。実際に、いつもより美しさに磨きがかかっている。

 ……これは完全に、リベラート様を落としにかかっているわね。

 リベラート様はどういう反応をするんだろう。普通だったら、なんの迷いもなく私から乗り換えそうだが、なにしろ彼の動きは読めない。

 だけどもし、リベラート様がお姉様のほうがいいって言うのなら私の出る幕はない。周囲から見たって、ふたりのほうがお似合いだと思うはずだ。


 約束の時間である十四時。馬車が走って来る音が聞こえ、私たちは家族一同で門まで出迎えに行った。


「フランカ!」


 馬車から降りて来たリベラート様は、開口一番に私の名前を呼び、満面の笑みで手を振ってきた。私が控えめに手を振り返す横で、両親がごくりと息を呑む音が聞こえる。どうやら本人を前に、緊張がピークに達しているようだ。


「リベラート様、お待ちしておりました――」


 私より先に、お姉様がリベラート様の方に駆け寄る。しかし彼はお姉様をすり抜けて私の方にぶつかってきた。

気づけばいつのまにか、私はリベラート様の腕の中にがっしりと閉じ込められていた。


「ああ、フランカ! 会いたかった!」

「リ、リベラート様っ……!?」

「元気だった? 今日はすごくいい天気だね。空まで俺たちの再会を楽しみにしていたようだ」


 リベラート様の言う通り、今日はここ最近でいちばんの晴天。彼は天気まで味方につけるようだ。


「リベラート様! まずはご主人様と奥様にご挨拶が先でしょう」


 駆けつけて来たリベラート様の執事が慌てて言う。


「いえ。お気になさらないでください。仲睦まじいのはいいことですしな」

「ええ。見ていて微笑ましいですわ。ふふふ」


 一目散に私めがけて飛びついてきたリベラート様を目の当たりにして、私が婚約者として大切にされていると悟ったのか、両親はニタニタしながらこちらを見てそう言った。お姉様はなにも言わないが、表情を見るだけで不満そうなのがわかる。


「おっと。これは大変失礼いたしました。改めてご挨拶させてください。この度フランカの婚約者となりました、リベラート・ヴァレンティと申します」


 リベラート様は、優雅に私の家族の前で一礼してみせる。

 まるで王子様のような笑顔と立ち振る舞いは、一撃でシレア家の人々の心を仕留めたようだ。


 その後、広間でリベラート様を含む五人で談笑していると、両親がいらない気遣いをしてきた。

「フランカの部屋で、ふたりでゆっくりしてきたらどう?」なんて言い出したのだ。 

 もちろんリベラート様は断るはずもなく、むしろ食い気味でその案に賛成していた。


「ええ。せっかくだから、私ももっとリベラート様とお話したいわ。いいでしょう? フランカ」


 私たちをふたりきりにさせまいという強い執念が、お姉様の笑顔から伝わってくる。

 断る理由もないし、断ればリベラート様が帰った後にまたぎゃあぎゃあと騒ぎだしそうなため、私は仕方なく頷いた。

 

 メイドにお茶を淹れてもらい、私とリベラート様が横に並び、リベラート様の向かいの椅子にはお姉様が腰かけている。

 

「改めまして、フランカの姉のアリーチェと申します。リベラート様とは、夜会以来ですわね」

「ああ。先日はどうも。あの時はあまり挨拶ができず申し訳ございません」

「いえいえ。こうしてまたお会いできてとっても嬉しいです。前回会った時からずっと、素敵な人だなぁと思っていましたの!」


 両手を合わせ、少し頬を染め微笑むアリーチェお姉様。

 斜め前から見ても驚きの可愛さである。演技とわかりつつも、こんな天使のような微笑みを真正面で受けて、平然としていられる男がこの世にいるわけが――。


「そう言っていただけて安心しました。俺も今日がすごく楽しみで。フランカに会えると思うと、夜も眠れなかったんです」

「……そ、そうなのですね。……リベラート様は、フランカを相当気に入っているみたいですが、なぜうちの妹をそんなに……?」

「気に入ってるとか、俺の気持ちはそんな言葉で済まされるものじゃあないです。俺はフランカに出逢って、初めて恋を知りました。そして学園時代からずっとアプローチをしてきて、やっと彼女を手に入れたんです。気に入ってるんじゃなく、愛してると言ったほうが正しいですね」


 ない、と言いたかったのに。

 リベラート様はそれからもずっと、お姉様の前で勝手にのろけまくっている。私は口をあんぐり開けて、ふたりのやりとりをただ無言で見ていることしかできずにいた。


「なんだか私、お邪魔かしら……?」


 引きつった顔でお姉様が言う。


「そうですね。ちょっと邪魔かもしれないです」


 私がフォローするよりも先に、リベラート様がさらりとそう言ってのけた。

 なに言ってるんだこの男! お姉様に〝邪魔〟ですって!?


 姉は驚いた顔をすると、俯いて肩を震わせた。

 今まで自分の存在を否定されたことなどない姉は、邪魔だなんて言われことはない。まして異性に。


「……ひどいわ。私、妹のことが大切で。変な相手とは絶対結婚なんてしてほしくなくて、心配でついてきただけなのに」


 今度は泣き落としが始まった。よくもまぁ、思ってもないことがこんなにペラペラと出てくるものだ。こんな状況なのに感心してしまう。


「悲しませてすみません。ですが、そんな心配は無用です。俺は誰よりもフランカのことを幸せにできる男ですから、安心してください」

「で、でも、信用できないわ。フランカは恋愛経験もないし、騙されているだけかもしれない。リベラート様は大層おモテになられるでしょう? それなのに、なぜフランカを……!」

「俺にはフランカしかいないからです。それ以上の理由がいりますか?」


 取り乱す姉と違って、リベラート様は冷静に言い返す。


「……もういいわ! あとは勝手にやってちょうだい!」


 そして、私が止める間もなく、お姉様は顔を真っ赤にさせて私の部屋からそそくさと退散した。……すごい。お姉様を言い負かすなんて。


 ふたりきりになった空間に、時計の針の音だけが響く。

 私はひとくちだけ紅茶を飲むと、リベラート様に言った。


「……綺麗だと思いませんか?」


 私の姉は。私なんかよりもずっと。


「え? ……ああ。すごく綺麗だね」


 リベラート様はそう言うと、私の顔をじっと見つめた。姉の顔と比べてでもいるのだろうか。


「本当に美しいよ。フランカ」

「いや私じゃなくて!」

「え。違うの?」


 わざとなのか、天然なのかわからない。

 というか、私がこのタイミングでいきなり自分のことを「綺麗でしょう?」なんて聞くわけないじゃない!

 

「ずっとアリーチェさんと話してたから、アリーチェさんのほうばかり見てたけど……数分ぶりにフランカを見たら、可愛すぎてびっくりした」


 言いながらリベラート様が照れ笑いをする姿を見て、私は絶句した。


 ――こ、この男、まるでお姉様のことを眼中にないわ!


 正直、姉に鼻の下を伸ばさなかった男など初めてだ。

 目の前にいるリベラート様が、珍獣かなにかに見える。


「フランカ、抱きしめていい?」

「え!? だ、だめです!」

「……そこまで全力で拒否されると、さすがの俺も傷つくんだけど」


 生憎私は、珍獣に抱き着かれる趣味はない。


 その後も時間が許す限り、リベラート様は屋敷に居座り続けた。

 一日通してわかったことといえば――やっぱりリベラート様は読めないということだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白い! いろいろあってこじらせたフランカが、今後リベラート様とどうなっていくのか? 続きが楽しみです!
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