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ありえない話

「ん……」


 目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に飛び込んできた。


「フランカ、気がついた?」


 次に私の目に映ったのは、ベッドサイドの椅子に腰かけ、心配そうに私の様子を窺うルーナの姿だった。


「ルーナ……私」

「夜会中、急に倒れたのよ。それでこの客室で寝かせてもらうことになったの」


 そうだ。私、リベラート様と話してる最中に強大な眩暈に襲われて……。


「王宮に常駐してる医者に診てもらったけど、特に体に異常なしだって。一時的な心因性発熱が起きてたみたい。疲れが溜まってたのかもしれないわね」

「そ……そう。ごめん、心配かけて」


 話を聞いていると、どうやらルーナは私が倒れた現場には居合わせていなかったようだ。……いきなりキスされて倒れたなんて知られたら、恥ずかしくて仕方ない。見られていなくてよかったわ。


「リベラート様に〝ルーナ嬢がついてあげてくれ〟って頼まれたのよ。いちばんフランカのことを心配していたのは、目の前で倒れるところを見たリベラート様よ」


 倒れる原因を作った張本人がなにを言ってるんだ。と思ったが、まさかリベラート様もキスひとつで私が倒れるなんて思ってもいなかっただろう。それと同じくらい、私もまさかこんなところでファーストキスを奪われるとは思っていなかった。


「あ……ルーナ、アリーチェお姉様は……」


 姉は同じ会場に間違いなくいたため、この騒ぎを知っているだろう。

 ……もし、私とリベラート様が抱き合っている現場を見られたりでもしていたら。そう考えるだけで、今度はべつの意味で具合が悪くなる。


「ああ……騒ぎを聞きつけて、さっきこの部屋に来たわよ。リベラート様が対応してくれたから、私はなにを話していたかよく知らないけど」

「……お姉様、リベラート様と話したのね」


 どうしよう。私が公爵家の令息と関係があると知られてしまった。加えて、リベラート様は超と絶がつくイケメン。あのお姉様が見過ごすはずがない。


「……あの、フランカ、さっきリベラート様に聞いたんだけど」


 ベッドから上半身だけを起こした状態の私を見ながら、ルーナが周りを気にしながら話を切り出した。内緒話でもするのだろうか。今のところ部屋には私たち以外誰もいないので、ここでの会話を誰かに聞かれる心配はなさそうだ。


「正式に将来ふたりが結婚することが決まったって本当なの!?」

「え!? い、いや……!」

「どういうことか、詳しく話してもらうわよ!」


 私が気絶している間に、リベラート様ったらなにを言ってくれているんだ。ルーナだけでなく、ほかの人にも言いふらしている可能性がある。ましてやお姉様に伝わったら――だとしたら早く止めにいかないと!

 リベラート様が今どこにいるのか気になったが、とりあえずルーナに現状を伝えることが先だと思い、私は夜会でのリベラート様とのやりとりをルーナに話すことにした。もちろん、キスされたことは省いて。


 すべてを聞き終えたルーナは、神妙な面持ちをして、今度は自分の考えを話し始めた。


「フランカ、ずっと言ってたでしょう? 〝香りがなくなったから、リベラート様はもう私を好きじゃない〟って」

「ええ」

「私もそうだと思ってたわ。でも、今日久しぶりに会ったリベラート様見て思ったことがあったの。今の話を聞いて、私の考えは間違いではないんだって確信した。……リベラート様、一年前とちっとも変わってなかったわ。変わらず愛しそうな瞳で、フランカのこと見ていたもの。……これってどういうことか、フランカがいちばんわかってるんじゃない?」


 頭の中で、ひとつの可能性は浮かんでいる。

 でも、そんなことがありえるのか。

 

「――リベラート様は、香りとか魅了魔法とか関係なく、本当にフランカのことがずっと好きだったのよ。魅了魔法って、元々好意を持っている人に対してはその好きを加速させる効果があるって聞いたわ。いつも愛情表現が大きかったのは、もしかしたらそのせいだったのかも」


 確信が持てない私を後押しするように、ルーナは言った。ルーナが言ったことは、私が思っていたのと同じことだった。


「で、でも……ルーナはそんなことがありえると思う!?」

「魅了魔法が発動していない今もフランカのことを好きだって言ってるのがなによりの証拠じゃない。現に、ほかの人たちはみんな離れていったんでしょ? リベラート様は、そいつらとは違うのよ」


 ルーナの言う通りだ。いくらありえないと思っても、実際にありえてしまっている。

 香りがない私のことを、今でも好きだと言ってくれる。


 リベラート様は、純粋にただ、私を好いてくれている……?


 今まで偽りと思っていた好意が全部、本物だったかもしれない――そう思うと、急に顔がカッと熱くなった。


「よかったじゃないフランカ! そういうことならなにも気にせず、リベラート様の好意を受け入れられるでしょう。私としても嬉しいわ。学園時代ずっと見守ってきたふたりが結婚するなんて――」

「ちょっと待ってルーナ! 私、リベラート様と婚約破棄するつもりでここに来たのよ!? 急にこんなことになって、まだ全然頭が追いついていないの!」

「どうしてよ。婚約破棄する必要なんてなくなったじゃない。……それともフランカは嫌なの? リベラート様との結婚」

「……い、嫌というか、そもそも考えたことなかったもの」

「リベラート様はフランカとの結婚のために一年間頑張ったって、鼻高々に言っていたわよ」

「……」


 いや、たしかに卒業式の前日、条件を満たせば結婚するって言ったのは私のほうだ。しかしあれは、絶対に満たせないと思ったから出した条件だった。


「ほかに好きな人がいるわけでもないのでしょう? だったら私はいいと思うけどなぁ。リベラート様とフランカ、実際お似合いと思っていたし。全然好みでもない男性と政略結婚するくらいなら、リベラート様と結婚したほうがずっと幸せだと思うわ。イケメンで優しくて玉の輿。最高じゃない。どうしてもフランカが受け入れられないなら仕方ないけど……」


 条件で考えても、子爵令嬢の私がリベラート様と結婚するなんて夢のまた夢みたいなシンデレラストーリーだ。この状況で断る女性など、この国――いや、世界中を探してもそうそういないだろう。


「どうしても嫌とか、そうじゃなくて。ただ、急展開すぎて混乱しっぱなしというか。リベラート様が私を本当に好きっていうのが信じられなくて。もしも本心でなかったらって、どうしても考えてしまうの」

「本心でないなら、尚更リベラート様がフランカと結婚したがる意味がわからないわ! リベラート様ならもっと爵位の高い令嬢といらでも結婚できるもの。それでもフランカがいいっていうのは、本心以外のなにがあるの?」

「そ、そうなんだけど! もし、もしもよ? リベラート様にだけなんらかの理由で魅了魔法がかかったままだったら? 私を選ぶ理由がないからこそ、その可能性も無視したらダメだと思う」

「……ま、まぁ、言われてみればそうかもしれないけど。まだリベラート様に魅了魔法がかかったままかどうか、確認する術ってないのかしら」


それが確認できればいちばんいいのだが、そんなことをできる魔法使いは世界に一握りしかいない。

 ため息をついて頭を抱える私に、ルーナは言う。


「とりあえず、リベラート様ともう一度話したほうがいいわ! リベラート様、フランカの具合がよくなるまでバルコニーで待ってるって言ってたから、行ってみたらどう?」

「……そうね。もう一回、話してくる。心配かけたことも謝らないといけないし」


 ついでに、勝手にキスしてきたことへの説教も。

 ベッドから出て、私は立ち上がった。


「バルコニーはこの部屋を出て右に真っすぐ行けばあるわ。私は大広間に戻って、イケメン探しでもしようっと。――あ、そうだ。フランカ」


 部屋から出ようとする私を見送るルーナが、なにか思い出したように言う。


「あなたの同期の、ティオだっけ? その人も、倒れたフランカを随分心配してたわよ。すぐに駆け寄ってきて、この部屋まで様子も見に来ていたわ」

「ティオが?」

「今はとこに行ったかわからないけど、仕事場で会ったら、お礼言っときなさいね」

「わかったわ。ルーナもありがとう」


 目の前で手を振るルーナと、心の中ではティオに感謝を伝え、私はリベラート様の待つバルコニーへと向かった。


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