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第十七話 「もうすぐ夜が明ける」

 鉢植えをどかし、室外機に足をかける。柵から顔を出すと、下から舞い上がる風が顔全体に降った。

 ここは四階。下手なことをしなければちゃんと死ねるだろう。


 「もうさよならかい」

 家主はいつものような穏やかな声色で、こちらに歩いてきた。

 「そうだね」

 確信があった。この人は止めないだろうと。

 「天国ってどんな所だろうね」

 空は藍色から鮮やかな青色一色に染められる。

 じきに夜が明ける。


 「さあね。私がこれから行くのは地獄だろうから」 

 「そうなの?」

 「自殺したら天国には行けないんだよ」

 『ふーん』と受け流し、家主は柵に手を掛ける。


 「ならそれを止めなかった僕も地獄行きかな」

 どこか遠くを見つめながらため息を漏らす。

 「止めないんだね」

 止めてほしいとは思っていないけど。

 「うん。だって君が決めたことだし、僕には関係ない」

 家主がこちらを向いた。


 「ああでも、世加の作ったアップルパイが食べられなくなるのは残念だな」


 空虚な心が一周して転がった。

 それは私があの家に帰った後もそうじゃないのか。

 「なら、地獄でアップルパイを焼くよ。どうせ小田巻も地獄に来るんでしょ」

 赤い目が大きく開かれる。そしてゆっくりと細められる。

 「うん。じゃあ待ってて」

 屈託のない笑みを見せられ、私もつられてしまった。

 「待ってる」


 ゆっくりと上半身を傾け、重力に従う。

 流れる背景はまるで写真テープのように映った。


 ああ。

 地獄にはちゃんとしたキッチンがあるといいな。


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