第十五話 「偽善者」
「ああせっちゃん、会いたかったわ」
夕焼けに照らされた巻き毛が風になびく。視界には見慣れたどす黒い口元が目に付いた。
「っ・・・」
体が固まる。
甘ったるい声が体中に響いて表皮に触れる。
「何度もお家に行ったのにいないんだもん」
カーキ色のトレンチコートがこちらへ歩いてくる。
「ねぇ今までどこにいたの。せっちゃんのお母さんも心配したのよ」
そっと、下唇を嚙み締める。
後ろへ逃げようとつま先の感覚をたどる。しかし体が石のように硬直する。
女の方はお構いなしの様子でまっすぐこちらに歩いてくる。酷く満面の笑みで。
空しかった。
私はどれだけ逃げようとも、この女から離れることはできないのだ。
○ 〇 〇
「小田巻」
ベットで突っ伏している家主を揺さぶる。しばらくすると、もぞもぞと顔が上がった。
「まぶしい」
こちらに背を向けたまま、座る体制になった。
「ねぇ、おだまき」
家主のTシャツを引っ張り、背に頭を付ける。意識せず目元から涙が溢れる。
「かえりたくないよぉ」
カーテンからオレンジ色の光が瞬く。
「ずっとここにいたい」
「それは無理だよ」
いつもどうりのはっきりとした声が、風を切るように冷酷なことを言う。
「絵が完成したら帰ってもらう。君だって学校あるでしょ。ご両親も心配していると思うよ。それに君は未成年だし」
「どんなことでもするからさ。小田巻だって掃除できないし、ご飯作れないじゃん。
こっちに目を向ける。
「これまで何とかなってたし、君が居なくなっても大丈夫」
「君の事情なんて僕には関係ない」
ふと、黒猫が死んでしまったときの事を思い出す。その時と何も変わらない態度に眩暈がした。
この男は、あの夜陰険な空間から、セックスしか頭にない女から、助け出してくれたわけではなかったのだ。
恐らく、いや確実に。
この男は自分以外はどうでもいいのだろう。




