「中間テスト」【ショートショート】
春は出会いと別れの季節と言うが、私には出会いは訪れず、ただ私のもとから旅立つ君の白く細い背中を見守ることしかできなかった。
慣れ親しんだ君の体温と髪の香り。
艶やかに色づいた桜色の口唇。
白く統一された病床の上で、屈託のない笑顔を見せてくれた君のことを、私は決して忘れることはないのだろう。
君が旅立つ少し前に、私はある質問をした。
「君はなぜ死んでしまうの?」
そしたら君は、邪気の全くない笑顔を浮かべながら、
「それはね、これは君と僕の愛の距離を確かめるための小さなテストだからなんだよ。」
窓辺で煌めく春の陽光と、恐ろしいほど真っ直ぐな君の愛が、私の心を深く、深く貫いた。
ただ、それだけのことなのに。
これは、私の人生の中の中間点でしかないはずなのに。
私は、生産性がなく、救いようのない白昼夢を見ている気分になった。
(終)
※ここから先はエピローグです。
おまけーエピローグー
私は君がいなくなってから、何度も何度も死のうとした。
睡眠導入剤を大量に摂取したら死ぬかな。
消毒液を注射針に入れて打てば死ぬかな。
ビルの屋上から飛び降りたら死ぬかな。
でも、私は死ぬことができなかった。
死ぬ勇気が無かったのかな。
忘れたい。忘れたかったの。でも忘れられなかった。
だってこれは悲劇じゃないもの。喜劇であってほしいもの。
だってこれは、私と君の距離を測る小さな小さなテストだからね。
なめらかな君の唇も艶やかな君との物語ももう戻ってこないけれど。
私はこの現実味のない白昼夢を背負って、ゆっくり歩いて行きたい。
瞳孔に写った春は、まだ桜も梅も満開に咲き誇っていた。