File.00207
11/08 ―――いつか読む君のために、この書を記す。
またあれが現れたみたいだ。今日は隣のばばあが消えていた。連日小さいことで喚いていたのを聞いていたから、せいせいするような、寂しくなるような気持ちだ。残された家族も、もう悲しむ余裕こそなくなっていたが、どこか重たい空気を感じる。
今回も物的証拠はなしだ。足跡、物音、指紋なんてものは当たり前に存在しない。それどころか、被害者が殺されたのかも、そもそも存在していたのかもわからないくらいにきれいさっぱり失われる。気がつけばどこかで誰かが消えていく。人口推移なんてもんは考えるだけ無駄になっちまった。いつまでたっても減る一方だ。この町もそろそろ限界かもな。
だいたい、こうしているうちにも自分の番が近づいていると考えると、血の気が引いてくる。いつかはきっと、いや、必ず、俺も狙われる。
消えた後はどうなっちまうんだろうな。どっかの国で聞いた、天の国にでも連れて行ってくれるかな。
……いや、故郷を棄てたこんな親不孝者には、地獄の方がお似合いか。
おっと、そんなことはどうでもいい。とにかく今は、わかっている情報を残さなくっちゃな。それが俺の仕事だ。
わかっていることは……なにもない。
わかってる、連日同じことばっか言ってるもんだからいい加減飽きてきちまうのはわかってる。
だがな、何もわからねえんだ。これっぽっちもな。
いつ、どこで、何が、何をしているのか。そんなの何もわからない。何も見えてこない。あるのは毎日誰かが消えていくという事実だけなんだよ。
姿の見えない何かと対峙する俺の気持ちがわかるか?こんな辺境の地に飛ばされたかと思えば、毎日人が消えていくんだぞ?俺のように正気でいられる方が珍しいってんだ。少しはお国も俺のことを見習えってんだ。
消えていく人々の数を減らすため、国は最も多く被害が起こっているこの町を閉鎖することに決めた。馬を走らせなきゃ到底たどり着かない中心都市はおろか、近接する町にも行けなくなっちまった。関所は錠がはめられ、町と町の境には、いつのまにか背の高い壁が建設されていた。ぽつんと残されたのは、人口1000にも満たない小さな町さ。俺がここに来た二日後の出来事だった。
本当に厄介な政策だよ。それまで数々の都市に被害が加わっていたとしても、この国の領土からすればちっぽけな被害だったろうに。
政策が始まったのはあの夜、南側の家が三軒連続で襲われたときの最後の夜だ。今が好機と踏み込んだ政府は、一斉にこの町を封じ込めた。
結果は成功、町は完全に閉鎖、ほかの都市部で同様の被害は聞かなくなった。
そしてそれは、毎晩不可解に人が消えていく夜の始まりでもあった。
そのタイミングで、俺に経過観察記帳の仕事が回ってきたってわけさ。本当にヤな人たちだよ、お国のお偉いさんは。(おっと、この文は消しておかないと先に俺が国に消されてしまう)
もしこれを読んでいるのが、この町にやってくる新参者だとしたら、悪いことは言わねえ、やめときな。
きっとお前さんなら、引き返せるはずだ。お前さんが誰なのかも見えねえけどよ。
国に逆らってもいい。命令を無視してもいい。そうしたら隠れればいい。
こんな毎日死ぬのを待つような生活、お勧めしないぜ。
――― (ボンゴ著)