異世界へようこそ!(5)
がんばれ、主人公の回。
「ソフィーは……彼女は別の世界で伴侶を見つけたのだな………」
フランツが悲壮感を滲ませた声で呟いた。
そうだ、この人はこの世界で母の夫だった人だ。
私が母の娘であると言うことは……つまり、そういうことになる。
私が母の身の上話を聞かされたのは去年のことだった。
もう高校生になる私も知っておいたほうがいいと両親から打ち明けられたのだ。
最初はなんの冗談かと思ったが、両親があまりに真剣な様子で話すので、どう考えても嘘のような話だが嘘ではないのだと思えた。
母の話だと16歳を迎え、愛する幼馴染の男性フランツと結婚した。それから半年後、急に自宅の庭園の床が抜け、この世界に落ちてきたのだという。
そこで初めて出会ったのが、私の父、神木昌也だ。
父は自宅の裏庭を掃除をしていた所、なんの前触れもなく急に空から人が降ってきて、大層驚いたそうだ。
父、昌也はこれまたなかなかの美男であり、子供のわたしが言うのもなんだが、大抵の女性は父の微笑みに一瞬で落ちる。それくらい破壊力のある甘い、そして端正な顔立ちをしている。
(美男美女の出会いがとてつもないファンタジーな世界で…もしかしたら本にしたら売れるんじゃない?なんて思いながら当時のわたしは話を聞いていた)
母は見知らぬ土地に舞い降りたショックと愛する人との急な別れにしばし床に伏せた。
ただそこはわが母である。精神的に落ち込んだ期間はあるものの、しっかり持ち直し、次第に新しい世界に興味を持った。
所謂、記憶喪失のようなものと診断され、戸籍すらわからない、明らかな外国人顔の母は当たり前だが身よりもなく、どうしようもない所を父の強い希望もあって神木家に引き取られた。
不思議だったのは明らかな外国人顔で日本に全く馴染みがないのに、言葉には全く不自由がなかったことだった。
持ち前の明るさと行動力から、新しい世界に馴染むことができ、次第に本来の姿を取り戻していった。しかし彼女は前の世界に残してきた夫の事だけは忘れる事ができなかった。
そして父の気持ちを断り続けた。
なんと10年もの間。
10年間彼女は元の世界に戻ることを諦めなかった。
しかしある日、もう戻ることはできないのだと気がついてしまった。
そして父の献身的な愛に向き合い、結婚する事となったのだ。
私は名実ともに2人の愛の結晶だった。
そして私は母と瓜二つと称される容姿で生まれ、父から恐ろしく溺愛されることとなる。
ちなみに髪と目の色、タレ目だけは父譲りだ。
二人の長所(いや、長所しかない2人なのだが)を受け継いだ容姿は私のお気に入りだった。
そんな自分の体を思わずぎゅっと抱きしめた。
「わたし…戻ることはできないのね……」
気がつけば涙がハラハラと流れ落ちていた。
神様が苦い顔をして私を見る。
それだけで答えが YESだとわかってしまう。
私はもう父にも母にも会うことができない。
黒い闇に心が覆われた。
そんな時ふと母が繰り返し言っていた言葉が遠くから聞こえた気がした。
『人生なんてね、本当に何があるかわからないのよ!だから後悔しないように毎日を一生懸命生きなさい!!
そしてどうしようもない壁にぶつかった時は思いっきり感情を出して、出し切って、スッキリしたらまた前を向いて歩くの!
大丈夫!だってあなたはママの子でしょう?絶対にできるわ、有紗』
わたしは感情を吐きくつすように。
わんわんと声をあげて泣いた。
そして泣きながら心の中で繰り返した。
わたしはママの子。
大丈夫。
きっと明日には前を向いて歩いて行ける……と。
がんばれ主人公。
未来は常に明るいのです。