第5話:茹でた隠元豆のある柔らかい構造
少し短めです。
雨が降っていた。
豪雨と呼ぶには勢いがなさ過ぎたし、小雨と呼ぶには粒が大き過ぎた。
大気中へ、それはもうべらぼうに舞い上がった塵と埃と煙と灰と血をたっぷり含んだ、どす黒い雨が辺り一帯を包み込んでいた。
そこは戦場だった。
後に魔人戦争と呼ばれる、世界の約半分を混乱と絶望の渦に叩き込んだ大戦の内、天下の分け目と評されたメラノガスター市街戦。
舞台に立つキャストは、たったの3人。
一人は人間。
不可視の炎により形成された、【鎖燐】という名の無数の糸を街中に張り巡らせ、ゲリラ戦を展開する勇者。
一人は魔人。
自らをブイヤールと名乗る、名状しがたき異形の巨躯。
その身体から噴出する濃霧により、メラノガスター市民たちは次々と正気を失っていき、発狂の果てに自殺していった。
そしてもう一人。
自殺死体たちに紛れ必死に息を殺す、年端もいかない無力な少女。
何の皮肉か、彼女が先天的に有していながらも今までは本人すら自覚することのなかった、驚異的な質を誇る精神耐性と隠密のスキルはこの極限状況下において完全に開花し、その小さな身体を市内に溶け込ませていた……。
*
「――はっ!」
気づけば、アルベールがすっぽ抜かした剣――絶賛【大熾振】発動中――が、シェリーの目の前に迫っていた。
「うわあっ、シャレになんない!?」
すんでの所で横っ飛び。
やや大げさめに剣を躱すと、彼女の背後で一刀両断にされた雑食植物たちから断末魔の悲鳴が上がった。
「あ、危なかったなもう……!一瞬、走馬燈が見えたよ」
土埃で汚れたスカートを両手で払いながら立ち上がり、
「アルベール!全く、気を付けてくれたま……え……」
非難の視線を向けた先には、怒りに震えるゲスが居た。
「はーーーん、そうか、そうか……。俺はそんなクッッッソ下らん理由で勇者の身分を失い、あわや終身刑を食らうハメに陥ったと、そういうワケか。いやコイツは傑作だ、いっそ喜劇ですらある」
一息。
「ぉおんぎゃあぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!」
もとゆうしゃ は キチゲ を かいほう した !
りょうめ と くち から ナゾ の ひかり が ほうしゅつ される !▼
「よくもよくも、よ・く・も!バーコードもといタコ坊主めがぁっ!そんなんもう戦争だろが、オォン!?」
その余りの剣幕に、雑食植物たちはすっかり毒気と殺気と食欲を削がれていた。
おもむろにアルベールやシェリーに対する攻撃の手を休めると、さながらパーティー気分に冷や水を浴びせられたような冷めた様子で、
「何あのやべーやつ。こわ」
「アレだアレ、ちょっと前に話題んなったキレる若者ってヤツですわ」
「おーい、どっかにケシの木いねーか?モルヒネぶち込んでやれモルヒネ」
「あ、キミたち喋れたんだね……」
シェリーのツッコミをよそに、ボルテージを高めていくゲス。
「かくなる上はぁ、タコ坊主の○○○を○○ごと○○○って○○○○○させてくれるかぁ?そんでもって○○た○○を糊の代わりに○○○○て毟った○○○を植毛――」
「ひぇっ……」
凄まじい呪詛に、シェリーの精神耐性は揺らいでいた。
*
どことも知れない闇の中で、ひっそりと蠢く者たちがいた。
「――計画に遅れは?」
「滞りなく」
魔法と機械で二重に変声を施した、気味の悪い声が響く。
その『音』からは、感情も抑揚も話者の性別すらも窺い知ることが出来そうになかった。
「それは重畳」
「もったいないお言葉です。しかし、ここにきて不安材料も……」
「それについては私から」
また別の、しかし同様にフィルターを通した『音』がする。
「つい最近の話なのですが、世界樹内のエネルギー反応に異常が見られました。観測誤差と切って捨てるには、余りにも大きな数値のブレですね」
「……へえ?」
こちらがその資料です、と渡された1枚のペラ紙を、まとめ役らしき者が見つめること数分。
「――実に興味深い。これは盲点だったな」
「では……」
「この考察通りのことが、起きる可能性は否定できない」
直後、闇の中にあった全ての『音』は生き物らしさを孕み、俄かに色めきだった。
「静粛に。どうやら少しだけ、計画に変更を加える必要が出てきたようだ。だれか『クイーン』を呼び戻してくれ、今すぐに」
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