第4話:西へ
クース王国の西には豊かな緑が広がっている。
白の森と呼ばれる森林地帯だ。
多種多様な動植物が生息しており、この森の恵みは王国経済の一翼を担っていた。
そう、担って『いた』のである。
何故過去形なのかと問われれば、そこにはやはりと言うべきかクソゲス勇者の影があった。
当然と言えば当然の話であり、アルベールが公国の自然遺産たる光の樹海を焼き払った際、周辺の生態系は木っ端みじんに爆発四散した。
立地的には割と離れていたのだが、光の樹海によく似たマナが満ちる白の森はその煽りを受ける形となり、火災から這う這うの体で逃げ出してきた動植物や魔物が、奮って押し寄せた結果。
「グルアアアァァァァァッ!」
「げきょきょきょーーーっ!」
――なんということでしょう。美しい木々や花々は枯れ果て、哀れ白の森はどう猛な雑食植物が幅を利かせる、路なき死の森に!
いわゆる『動物』や『魔物』にカテゴリされる生き物たちは、今や一匹残らず彼らの腹の中。
森が食物連鎖の頂点を賭けて日夜殺し合いを繰り広げる様には、自然や運命という名の匠の技が光る。
しかしそこには。
手練れの冒険者でも二の足を踏むような、魔境と化した白の森をハイキング感覚で突き進む、命知らずが約二名。
「邪魔だ、どきやがれぇっ!【大熾振】!威力最小!」
視界を埋め尽くす緑に一筋の青白い熱線が走る。
かつて光の樹海を焼き払った灼熱の剣技は、雑食植物が持つ玉鋼の如き表皮をバターのように切り裂き、融かし、蹂躙の限りを尽くしていた。
「うわー……相変わらず無茶苦茶だね、アルベール。魔人戦争の時にキミの闘いっぷりは生で見たことがあったけど、ますますキレてるんじゃないかい?うん、鑑定スキルを使うまでもない」
「魔人戦争?うーむ……あの時、俺の持ち場に俺以外の誰かがいたことなんてあったっけかな?」
まあいいや、と再び剣を振りかぶる。
「とりあえずこの場は、最短ルートを突っ切るだけだぜ」
そう、クース王国の地下牢獄に未曽有のバイオテロを引き起こし、首尾よく王都からとんずらこいたのが2日前の話。
アルベールはその足で、妖精王ウィル2世が統治するアルバス公国へと直進している。
「例え勇者じゃなくなっても、摘める悪の芽は摘んどかなきゃな!」
公国へ向かっているのには、もちろん理由がある。
それは脱獄直後、彼の所有者であるシェリーの一言がきっかけであった。
(――アルバス公国で内乱の気配がある、調査戦力として同行を頼みたい……か。かび臭いバーコード野郎め、何のために俺が樹海を焼いてまで不穏分子を皆殺しにしたと思ってやがる。これで本当に反乱が起こりでもしたら、あの自然遺産は焼かれ損ではないか。)
俺は内心で唸っていた。
以前に樹海ごと葬り去った指名手配犯は、世界樹教とかいうヤバいカルトの教祖。
世界宗教であるマナ教を源流としており、その教義は【エルフこそが神々が創りたもうた、唯一にして至高の作品。真に世界樹の恩恵を享受すべき存在であり、その恩恵を搾取する他種族は悪魔の使いである】というものだ。
平たく言うと先鋭化されたエルフ至上主義者の集団である。
教祖が音頭を取っていた全盛期では主にエルフの貧困層が感化され、『聖戦』の名のもと各地でゲリラ的にテロを起こしていた。
(だがもういなくなった……ハズなのだ。ゲリラ共は俺が教祖の死体を利用して、一人残らずぶっ潰したのだからな。)
まず俺はメアリーの力を借りて――あの陰険眼鏡は、最後の最後まで倫理に反するとかで協力を渋っていたが――ヤツが考案した死霊術でもって、教祖を蘇生させた。
次にあの死霊術により蘇った者は生前の記憶を有すること、また術者には絶対服従すること、という2点に着目し、教祖に教団支部の位置と構成を洗いざらい吐かせた。
ここまでくれば後は易しい。
教祖を再び始末した後、俺がでっち上げた手紙を各支部に教祖からの密書という体で送り付け、互いの支部が存在する座標への自爆特攻を唆したのだ。
機密保持のため支部長にすら各支部の位置を知らせていなかったのが仇になったな、とほくそ笑んだのが懐かしい。
「バーコード!それにつけても、あのバーコード頭だ!内政干渉紛いの陰謀を企ててまで、恩を仇で返しやがって!確かに貴重な自然遺産とはいえ、所詮は何の変哲もない樹海だろうが。一体何がアイツの逆鱗に触れたと――」
「おや、当のアルベールは知らなかったワケか。ウィル2世が激怒した理由を、さ」
「シェリー、お前は理由を知っているかのような口ぶりだな?」
まあね、との呟きに続けて飛び出たその理由に――
「実は光の樹海の木々って、妖精王の分身みたいな存在だったらしいんだ。具体的には髪の毛の。キミはさっきからウィル2世のことをバーコード呼ばわりしてるけど、彼は今ツルツルだよ?元々薄毛で悩んでいて、国民からもイジリ倒されてるところにトドメを刺されたらねぇ」
俺は思わず剣をすっぽ抜かしていた。
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