第3話:わが逃走
クース王国が有する、地下牢獄の歴史は古い。
建造されたのは現在から1000飛んで15年前。
長命種であるエルフ族でさえ、そろそろ天寿を全うするか否かという年月である。
故にこの地下牢獄、悪く言ってしまうとぼろっちぃのだ。
石壁はそこら中で崩れかかってるし、下水は偶に詰まるし、通気性もよくない。
定期的にクースの宮廷錬金術師がこぞって抗劣化の霊薬を獄中に塗布しているのだが、それでもこの有様だ。
恐らく建物としての寿命はとっくに尽きており、迎えている限界を王国が無理矢理に延命させてるだけなのだろうと思われる。
さてさて。
このように牢獄が限界化している中、その一室――面会室――でも限界化している男がいた。
「それで、長さは!長さはどれくらいなのだ!」
全裸に剥かれ、両の手に生命涸らしの拘束を受ける変態……失敬、元勇者アルベールだ。
対面するは天下御免の美少女探偵シェリー・フォード、そう僕さ。
聡明な僕は主語も目的語も足りない彼の言葉を忖度し、即座に切り返した。
「――短小」
「うるさい黙れ、生命涸らしの影響か普段より……いや、チ○コの話などしとらんわ!俺に課せられた刑期はどれくらいかと訊いている!」
「――終身刑」
「Oh……」
演技スキルも形無しなアルベールの百面相ぶりに、僕は思わず喉の奥で笑ってしまう。
「おかしな人だね、キミは。脱獄を企てている人間が刑期を気にしてどうするんだい?」
「フン、悪法も法と言うだろう。寛大な俺はお前らの気持ちを汲んで、有期懲役なら甘んじて受け入れるつもりだったのだが……感謝するぞ、シェリー」
一息。
「これで何の気兼ねもなく脱獄できるわ」
アルベールは歯を剥いて、凶悪な笑みを浮かべていた。
「そうだ、ちなみに僕は逃走幇助もしなければ妨害もしないよ。僕のことは置物とでも思って、存分にやってくれたまえ」
自分でも、この性格が嫌いじゃない。
シェリー・フォードとは、こういう性分なのだ。
快楽主義者の癖に、後先は考えて予防線を張るような食えない女。
「言われるまでもない――お前の依頼は、俺を拘束した時点で達成されているんだからな?」
刹那、牢獄全体に耳をつんざくような爆音がとどろいた。
重なるのは牢屋番の叫び声と微かな異臭……これは。
「う○このかおりだーーー!」
*
面会室を隔てた通路の先、地下牢獄は地獄絵図と化していた。
面会室の向かい側、つまりT字路の左にはトイレがあったのだが、あろうことかアルベールはそこに爆弾を仕掛けていたのである。
その正体は蹴り壊して詰まらせたトイレに、隙を見て牢屋番からかっぱらった酒とたばこをブチ込んだ即席時限爆弾。
要するにアルベールは刑期がどうこう以前に、はなっから脱獄する気満々だったのだ。
そんなクソのような悪意が背後で蠢いていたとは露知らず、牢屋番たちはリアルなクソに塗れて喘いでいた。
「チクショウ、こっちの水道からもクソが逆流してやがる!」
「おい火が消えねえぞ!?」
「つーかよ……爆発の衝撃で天井が崩れて、出口への通路が――」
再びの爆音。
「ぐわーっ!?」
「く、クソの地雷だ……!下手に歩くと、衝撃で誘爆しやがる……!」
「くっせ――おえぇ……」
消火しようにも全ての水道から汚物が噴出し、ソレが次の燃料となる悪夢。
「おぉ、神よ……」
憲兵(仮)の精神はもうボロボロ。
彼はトイレットペーパーを天に掲げ、虚ろな目でひたすら十字を切るのだった。
*
一方、面会室。
鉄格子の向こう側で、シェリーは笑い転げていた。
「くっ、ククッ……!確かに、この地下牢獄はっ、ボロくて下水の整備がなってなくて空気も淀んでいて!けど、けどさwwwアハハハハハッwwwww」
「おいシェリー、いい加減に戻ってこい。お前には役目があるのだ」
「ぇえwwwえ……っふー。何さ、逃亡幇助はしないって言っただろ?」
「ああ、確かに言ったな。だが、これならどうだ?」
俺は凶悪な笑みを更に歪める。
「探偵シェリー・フォードに依頼する。クース王国地下牢獄にて、原因不明の火災が発生した。至急、現場を調査されたし」
涙をレースのハンケチ(これも黒だった。徹底してやがる。)で拭ったシェリーはゲラから一転、感心した表情になる。
(こいつ、こんな顔できたのか……。)
「なるほど、そうくるわけか。うーむ……『現場』っていうのがミソだね?これで依頼を承諾すると、僕は【格子戸の鍵をこじ開けて、そちら側のドアを開かないわけにはいかなくなる】」
「そして、報 酬 は 俺 だ 。具体的には、俺の力と財産を全部くれてやる」
「【キミをここから連れ出さないわけにはいかなくなる】」
「そういうわけだ。後は頼んだぞ」
「依頼を承諾した♪」
黒づくめの表情がまた変わる。
それは何とも下卑た、恍惚の笑みだった。
ブクマや感想などなど、ドシドシお願いします。