第1話:そして投獄へ
地球ではないどこかの世界。
そこら中に人間と人間以外の知的生命体が暮らしていて、いい感じにご都合主義を押し通せるような魔法が実在する。
そんな惑星のとある国――クース王国――のギルドにて、物語の幕はするりするりと上がっていく。
*
「は?勇者ライセンスを剥奪、だと?」
我ながらすっとんきょうな声を出していたように思う。
「ああ、国王からの勅命だ。お前さんは最早、元勇者さ」
呆然と立ち尽くす俺を尻目に、ハゲ散らかしたギルドマスターのおっさんが淡々と告げていく。
「そのなんだ、やり過ぎたんだよお前。確かにお前の活躍には目を見張るモノがあった。むしろお前以上に勇者らしい活躍をしたヤツなんて、後にも先にも出てこない……いや、出てきてたまるかよ」
「だったら」
「それと同時にな、お前以上に勇者らしくない勇者もいねぇんだよ!世界を救ってれば何でも許されると思うなよ!?」
「なんだそんなことか、許されるに決まってるだろうがアホめ。平和を守るための尊い犠牲だ」
このアホなハゲは安定や調和より倫理や道徳の方が大事だ、とでも言いたいのだろうか。
「指名手配犯を炙り出すため、自然遺産である光の樹海を焼き払ったのは」
「副次被害だ」
「危険種の集落を潰すため、流通網の運河に毒を投げ込んだのは?」
「副次被害だ」
「悪魔召喚阻止のため、触媒となる姫様の純潔を奪ったのは!?」
「役得だ」
(アレは実に気持ちよかったな。フレデリカが初めてでも痛くないタイプだったのもあって、あの時はお互い盛りに盛ったっけか。)
「お前そういうとこだぞホント!しかも1回でご丁寧に孕ませやがって!おかげで王室が揺れに揺れてんだよ、姫様も『この子を堕胎すなんてとんでもない!』の一点張りだ!!」
「ふふん、フレデリカのヤツ可愛いこと言うじゃないか。触媒を完全に【こそぎ落とす】ため、あの後何度も夜這いをかけた甲斐が――」
「おーっとアルベール?ストップ、ストップだ。これ以上の爆弾発言は俺の毛根をいたずらに傷付けるだけだぞ??」
「爆風どころかそよ風で吹き飛ぶ毛根しか残ってないだろうが」
一息。
「まあいい、勅命は確かに把握した。あのチョビヒゲに『娘をシングルマザーにして行う公務は楽しいか?』と伝えとけ」
超法規的な身分である勇者のライセンスが失効するということは、俺はただの平民に戻るということを意味する。
何よりも身分が重視される現代社会で、それはイコールでフレデリカとのデキ婚が無理筋となったということだ。
(ヤり捨ては趣味じゃないんだがなぁ……。)
「おっまえ……いつか本当に殺されるぞ」
「心配無用だ。強いからな」
俺はおもむろに踵を返すと、ヒラヒラと手を振りながら、ギルドを後にするのだった。
*
「さーて、これからどうするか」
とりあえず、金には困っていない。
堅実な俺は勇者時代にせっせこと褒賞金の貯蓄や脱税をしていたので、下手な貴族連中より裕福だ。
(世のため人のため、金にモノを言わせて慈善事業でも始めてくれるかな?)
「失礼、ミスター。ああそうだ、ツンツン頭の君さ」
真昼間の城下町で鼻歌交じりに思案に耽っていると、背後から不意に声をかけられた。
どこか芝居がかった口調の、女の声だ。
「誰だ、いや何もんだお前」
振り返らずに応答する。
正直ぞっとしない。
勇者と言えば聞こえはいいが、その実態は斬首戦術に重きを置くゴリゴリの「暗殺者」である。
俺という存在は要するに、暴力と気配遮断・察知にかけては他の追随を許さない、生物兵器以外の何物でもないのだが――
この状況、そんな男の不意を突けるクソ度胸を併せ持った隠密お化けが今、俺の後ろにいるということになる。
「おっと、重ね重ね申し訳ない。確かに名乗りもしないってのは不躾だったね、うん」
女が話している間にも、俺の脳はフル回転していた。
(あんのチョビヒゲ、早速刺客でも寄越したか?いや、天下の往来で白昼堂々『事』に及ぶほど、奴も脳は溶けていまい。俺が本気で抵抗したならこの程度の町の一つや二つ、秒で更地となるのは日頃から命令を下していた本人が一番よぉく分かっているはずだ。となれば、他国のスパイが妥当な所か?情報伝達が早すぎる気もするが、帝国辺りが俺を抱き込みに来たとか……。)
「僕はシェリー・フォード。しがない探偵さ」
(シェリー・フォード!?)
意外過ぎる自己紹介に、俺は思わず首を背後に半回転。
そこには小柄な黒づくめの少女が、慇懃無礼なお辞儀をしている姿があった。
曰く、「世界最高の名探偵」。
曰く、「宵闇の追跡者」。
曰く、「謎喰らい」。
「下手な謙遜はやめろ、癪に障る。それで、俺の記憶違いでなければシェリー・フォードという探偵は今、魔族領で潜入調査を行っているハズだが?」
「ああ、ソレ僕が直々に流布したカバーストーリーその4だよ。とはいえ、その4は超ディープなアングラ向けに流したヤツだけどね。いやはや、流石は元勇者と言うべきかな?」
わざとらしく人差し指を添えた口が続ける。
「僕の本当の目的は君の身柄さ、アルベール。全く、宮廷工作は骨が折れた。君から勇者ライセンスを剥奪するために、理屈の分からない貴族相手に根回しして、袖の下を用意して、時には恫喝して……。ああ、もうこりごりだ」
「フン、災難だったな。まあ、とりあえずお前への恨み言はさておき、俺を何の容疑でしょっ引こうというのだ?冤罪を吹っ掛けるようだったら全力で逃げるなり何なりするが――」
と、ここでシェリーは主張の乏しい胸元から一枚の紙っぺらを取り出し、食い気味かつ淡々と宣言した。
「元勇者アルベール、光の樹海を焼き払った疑いで貴方を逮捕します」
心当たりしかない事案であった。
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