私『将軍』なんかじゃありません!
目の前に描かれた魔方陣から、眩いばかりの光が溢れ、私は目を伏せた。そして、再びキラキラと光の溢れる魔方陣の方へ目を向けた時、魔方陣の上には、一人の女性が立っていた。
「将軍様、お待ちしておりました」
召喚に関わった魔術師達を代表して言葉を紡ぐ宮廷魔術師長。彼が膝をつき頭を下げるのに合わせ、私を含めた周囲の者達も膝をつき頭を下げる。
この日、我々は、異世界の『将軍』を召喚することに成功した。
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「すみません…私『将軍』などではないのですが…」
「「「!!!!!」」」
「先程まで、友人達と晩御飯を食べていたので、とにかく急いで帰してもらえます?」
驚き顔をあげる私たちを気にするでもなく、女性は何事もなかったかのように要求を伝えてくる。しかも、我々が召喚した女性は『将軍』ではないと言う。
だが、建国より伝わる召喚の儀を経て、この女性は現れた。
──この国の平和が乱されんとする時、
召喚の儀を行い、異世界より『将軍』を招くべし
曾祖父が行った前回の召喚でも『将軍』が現れ、力を貸してくれたという。しかし、今回現れた女性は、私に仕える下働きの女性達よりも腕が細く、少しの魔力も感じられない。本当に助けて貰えるのだろうか?
「はぁ…とりあえず、私に分かるように状況を説明してもらえますか?」
自分は『将軍』ではないと言う女性だが、話を聞いてくれるつもりらしい。
「は、はいっ!まず、今回の召喚の儀は、第一王子のリトファン様から『将軍召喚の儀』を行うよう依頼され、儀式に必要な供物の提供を受けて行いました。此方にいらっしゃるのが第一王子のリトファン様です」
「はぁ、王子様ね…」
「私が、この国の第一王子リトファンです。この度は、我が国の将軍召喚に応えてくださり、ありがとうございます」
「いや、応えて来た訳じゃないんで」
「まずは、将軍様。此方をお納めください」
サッ…
曾祖父が召喚に成功した時の供物と同じ内容の供物を女性の前へ差し出した途端、顔色が変わった。
「……成る程。たしかに、これなら…」
「貴女が『将軍様』で間違いありませんか?」
「そうですね。これで私を召喚したのならば、きっと貴方達の言う『将軍』なんでしょう…。ただ、私に何を望むんですか?」
今回用意した供物を見て、困ったように眉を下げた将軍様が尋ねる。
私の望みは───
「私の妃となり、未来の国母となる女性の選定です」
「………貴方の嫁探しは、自分でやってください。以上っ!早く元の世界へ帰してください。急いでるんです!」
「し、しかし、将軍様っ!本当に、切実に、お願いしたいのです!!私は、女性が怖いのです!あの、なんと言うか!ガツガツした感じというか、獲物を狙う目というか。だから、しばらくは滞在していただきたい…」
「あぁ………」
徐々に小声になっていく私の説明に、将軍様は呆れたような、可哀想な者を見るかのような目で私を見た。
私は、(自分で言うのもどうかと思うが)地位だけでなく容姿にも恵まれており、座学も剣術も魔術も何をしても、少し努力すれば人並み以上どころか、当初用意された教師を凌ぐ程度に力をつけた。私は常に、皆から羨望の眼差しを向けられていた。
このような視線は、生まれて初めて向けられる。
「リトファン様はモテそうですもんね。でも、私は力になれないと思います。そういう方面なら…アイツ…いや、でも、そもそも部下を呼び出すみたいなことは出来るの?」
将軍様が何やら呟いて、此方を見ている。
「この供物の内容を変えて、もう一度召喚、とかできますか?私の友人、部下?みたいなのを呼んで欲しいんですけど」
「は、はい。可能です」
この場で一番召喚に詳しい魔術師長が応える。
「では、お願いします。ところで、元の世界へ帰るのは、どうすればいいんですか?まさか、呼び出しっぱなしってことはないですよね?」
「それは勿論!過去の召喚では、供物の消費後に呪文を唱えると帰還していたそうです。ただ……供物を壊したり、消費することなく、この世界で数日過ごしてしまうと……」
「えっ!帰れなくなるの!?」
「いえ、新たな供物を用意すれば問題なく帰還できるようなのですが、物によっては取り寄せるのに時間が掛かる物もあるため、何度か帰還が遅れたことがあったようです」
「成る程。まぁ…帰れるなら大丈夫です」
召喚と帰還について納得したらしい将軍様が、部下を呼び出すために必要な供物の内容を伝え、魔術師長から関係各所へ指示が出る。
将軍召喚に失敗した時のため、供物は多めに用意されていた。
だから、すぐに必要な供物が揃った。
「では……」
「将軍様の部下、と言うことで。『奉行』を召喚します」
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結果から言って、友人の召喚は成功した。
リトファン様の妃候補は、私達の召喚に使った供物を正しく使える女性から選別した。
だって、私たちは──
『鍋将軍』と『鍋奉行』だから。
召喚に必要な供物は、鍋の材料だった。
しかも、内容が其々の得意とする鍋の具材だった。
もうね、鍋をするしかないでしょう?
私たちに出来ることは『鍋を仕切ること』なのだから。
友人(57歳、先月初孫を迎えた)が言うには、最終的に伴侶に求めるものは、いつまでも一緒に楽しくご飯を食べ続けられるかどうか、とのこと。これは、人それぞれだろう。
まあ、平和的に解決できたので、めでたし、めでたし、と言うことで。
冬定番の鍋を使った召喚もありだなぁ…と、形にしてみました。
異世界で無理強いされることなく、協力して、解決したら(帰りたいときに)帰還出来る、というのが好きです。