2.あの時の死は偶然じゃなかったのかもしれない
「我々にはなにが悪いのかがさっぱり分かりません、健康体そのものです」
医者たちが口を揃えてそういうとようやく質問攻めや俺の身体についての説明をしなくて平気になった。
「身体にはなにも異常がなかったのに一体どうして記憶がないのかしら」
女の子も俺なんか置いてけぼりで首を傾げている。
一体どうしたものだろうか、とりあえず俺の名前は名乗らなくてはならないし女の子の名前も聞かなくてはならない。
「あの、俺を介抱してくれたあなたの名前を聞いてもいいですか」
「そうね、忘れてしまっているならきちんと昔のことも思い出してもらわないといけないもんね」
そう言ったあと一呼吸を置いてから女の子は自己紹介を始めた。
「私はミリアよ、この国のいわゆる王女様っていうのをやらされているの」
ちょっと待て、一国の王女様ってどういうことだ。もしかしてこの見慣れない部屋もお城みたいなのの一室なのか?
色々なことを処理して困っている俺にミリアが助け舟を出すかのように俺に声をかけてきた。
「旅人様のお名前はなんて言うのかしら」
魔王ほどのものを倒した人間なら名前が知れ渡っててもおかしくないとは思ったが、そんな疑問もすぐにミリアが打ち消してくれた。
話によるとどうやら魔王を倒すいうのはあまりこの国では肯定的ではなかったという。
そんなときに俺が「討伐に行きます」と自ら立候補したそうだ。
王女様であるミリヤは俺に名前を問うたが名前を知られてしまったら皆に同情されと止められてしまうということを理由に全く素性を明かさなかったらしい。
こんな怪しげな行動をしていた俺だったがミリアはその姿勢に惚れこんでしまって結婚の約束を取り付けた。
俺のことを旅人様と呼び続けてるのはそれが理由らしい。
「俺の名前は和也です、ファーストネームは素性が割れる恐れがあるので控えさせてもらいたい」
「分かってるわ、和也様はそういうお方だものね」
話に聞いていた通り真似をしてみたがどうやらミリアは結構騙されやすい体質なのかもしれない。
それとも俺の言葉だから信じてるのかと思うのは自意識過剰というものだろうか。
どうでもいいことを考えてるとこの部屋の扉が開き、兵士らしき人間が大急ぎで話し始めた。
「ミリア王女様、魔王の娘を自称する人間がこの城に侵入しています!」
「なんですって!?」
魔王の娘ってそれって俺が討伐した魔王の娘ってことか、それってもしかしてとんでもない状況じゃないか?
俺が魔王を倒す、この国に戻ってしばらく経っている、魔王の娘がやってくる、敵討ち。
嫌な予感で全身に鳥肌を立ててしまった俺はミリアに判断を促した。
「とにかく私のクローゼットに隠れて!」
ミリアがそう叫んだ時には手遅れだった。扉の前にいた兵士が吹き飛ばされて可愛らしく小さな女の子が部屋に侵入していた。
「和也ぁ……」
え~と、俺はこの世界でもこんなすぐに死んでしまうかもしれない。
そんな嫌な予感は彼女の行動で大きく裏切られることになる。
「和也様ぁ、やっと目が覚めたんですねっ!」
そういうと目をキラキラと輝かせて俺に向かって抱きついてきた。
ちょっと待ってよ、これってどういうこと。俺って魔王の娘に敵討ちされるんじゃなかったのか。
嫌な予感が外れたことにほっといていると魔王の娘を名乗る彼女はミリアにこう言い放った。
「ウチは和也様と結婚しなさいってパパに言われてからここに来たんだよ」
それだけ言うとまた俺に頬ずりし始める。
「パパを倒したからどんな厳つい人かと思ったらこんなにイケメンな人だとは思ってなかった~」
いつまでも抱きつかれていると俺も少し恥ずかしいしミリアからの視線がめちゃくちゃ痛い。
どう考えても俺のせいじゃなくて魔王のせいじゃん。そんな恨めしそうな目でそんな俺のことを見ないでよ。
「結婚約束は私を弄ぶ嘘だったんですね・・・・・・」
「ミリアがそんなことを言うと兵士さんたちも勘違いするのでやめてもらえませんかね!?」
ただでさえ誰が味方で誰が敵なのか全く分からない状況なのだから、下手に敵を増やしたらこれからどうなっていくか不安になってくる。
王女様と結婚約束をしたという時点で国民全員を敵に回してるような状態なんだ。破棄をしたとなれば後ろからナイフで刺されるかもしれない。
「なぁ魔王の娘ってやつよ」
「どうしたの和也様、それとウチのことは名前でできれば呼んでほしいな」
そうして自称魔王の娘の自己紹介が始まった。
「ウチの名前はサリーで呼び方は好きにしていいよ、好きなものは和也様で嫌いなものは弱い奴かな」
「サリーか、なんだかドタバタな感じだけどよろしくな」
敵か味方かは分からないが友好的なうちは仲良くしておくべきだろう。
「ねぇ魔王の娘、和也は私と結婚約束をしたんです」
横入りする泥棒猫は許しませんよという目でミリアがサリーを睨みつける。
そんなことお構いなしにサリーは俺と会話を続けた。
「ねぇねぇ、パパが和也様のことをすごい強い人って言っていたけど本当なの?」
「それが……」
ここでも正直に記憶がなくなっていていままでなにをしていたのかすら思い出せないことを改めて二人に打ち明けた。
「和也は本当になにも覚えていないんですか」
「パパってば使い慣れないのに記憶消去魔法なんて使うからこんなことになっちゃうんだよ」
いやいや、とりあえず納得してもらえることができてよかった。
というかちょっと待てよ、いまサリーはとんでもないことを口走っていなかったか?
「サリーは俺の記憶がない理由を知ってるのか!?」
「もちろん知ってるよ、和也様だけには教えてあげる」
そういって耳元に可愛らしい唇を近づけてこう囁いた。
「和也様を呼んだのはウチなんだよ、だってこの世界にあなたを呼んで最強の人間と結婚したかったんだもん」
俺の背筋はその一言で凍り付いてしまった。