弓月の刻、騎士団団長と話す
「えっと、ローラちゃ……様のお父さんのー……」
「フィリップだ」
覚えていましたよ?
ただ、驚いてすぐに名前が出なかっただけです。
「フィリップ様ですね、騎士団の指揮を執らせて頂く、弓月の刻リーダーのユアンです。よろしくお願いします」
時すでに遅し、かもしれませんが、形式上は挨拶しなければいけません。
相手は婿養子らしいのですが、トレンティアを治める貴族です。
僕たちよりも圧倒的に身分の高い方ですからね。
本来ならば僕たちが簡単にお話を出来る相手ではありません。ローゼさんの伝手がなければまずありえなかったと思います。
ローゼさんとお話している方がありえないのですけど。
「騎士団長のフィリップだ。今回は世話になる」
「いえ、こちらこそお世話になります!」
フィリップ様が、頭を下げるので僕も慌てて頭を下げます。
街の入り口で見た時は貴族様という感じでしたが、今は甲冑を着こみ、カッコイイ騎士様という感じです。
どこかの副団長とは全然違いますね!
「と、挨拶も済んだ事だ、気軽に接してくれると助かる。隊員にも事情は説明してあるから気にするな」
「はい、失礼ですが、そうさせて頂きますね」
食事に呼ばれた際に、少しだけお話をする機会がありました。
騎士団隊長という事は知りませんでしたが、家族思いの優しいお父さんという事は知っています。
「では、早速だが作戦会議を進めたいのだが大丈夫か?」
「はい。といっても、作戦らしき作戦はありません」
「と、いうと?」
「はい、話は単純ですので」
騎士団の方々に大盤振る舞いの補助魔法をかけ、正面から叩きつぶす予定です。
「そんな簡単にいくのか?いや、決してユアン殿の魔法を疑っている訳はないが……」
僕の魔法の事は、一緒にタンザから此処まで一緒に旅をしたローゼさん、ローラちゃん、フィオナさんとカリーナさんと色んな方から報告があった筈です。
「心配ならば、他にも案を出しますが……その場合は弓月の刻が前面に出る事になりますので、騎士団の方々の面子が心配で」
街の危機を救ったのは、冒険者達だったと広まれば街の税金から給料を貰っている騎士団は何をやっていたのだと思われる可能性があります。
「そうだな。ユアン殿の言う通りだ」
「なので、僕たちは全力でサポートに回りますので、騎士団の指示はフィリップ様にお願いできますか?」
コウさんから騎士団の指示は僕に委ねられていますが、あくまで現場判断が主になります。
なので、僕も現場判断で騎士団の動かし方を一番知っているフィリップ様に指示を出して貰うようにお願いします。
「わかった、引き受けよう」
「ありがとうございます」
僕は正直安堵しました。
騎士団は実戦よりも訓練と鍛錬を積み重ねた戦いをしますので、逆に独学で実戦で色々なものを積み重ねた冒険者の戦い方は合わないと思います。
「では、こちらからも提案なのだが良いか?」
「はい、無理な範囲でなければ」
フィリップ様が無茶なお願いをするとは思えませんが、一応です。
「無理な事は言わないから安心してくれ……もし、可能ならば本陣……嫁たちがいる場所に護衛を置いて貰えないか?」
「護衛ですか?」
「そうだ。本陣にはギルドマスターや低クラスとはいえ冒険者がいるが、危険はゼロとは限らない。あの3人に何かがあっては困るのだ」
「わかりました。弓月の刻からも護衛を出したいと思います」
「助かる」
となると、護衛に適しているのは……。
「シアさん、退屈かもしれませんがお願いできますか?」
「わかった」
消去法で僕は決めました。
僕は指揮を任されていますし、騎士団の方々に魔法を張らなければなりません。
そうなると他の3人からですが。
スノーさんは騎士の戦いを知っていますので、騎士団の方々達と一緒に戦う事ができそうで却下です。
では、シアさんとキアラちゃんのどちらかとなるのですが。
シアさんは割と自由に動くタイプなので騎士団の方々と相性があまりよくなく、トレントは動きが鈍い分、防御力が高いので、倒す方法が普通の魔物よりも難しかったりします。 有効だと言われているのは、燃やす、防御を上回る攻撃で倒す、核を破壊するくらいですね。
そう考えると、遠距離からオーガを倒した時のようにキアラちゃんが弓で狙うのが安全で的確だと思います。
そして何よりも……。
「何か異変がありましたら念話を飛ばしてください」
「うん、ユアンも」
シアさんとは何時でも連絡がとる事が出来るので、離れていても状況確認できるのが大きいからです。
連絡という手段ではキアラちゃんの召喚獣であるラディくんとキティさんでも出来るのですが、シアさんと直接連絡取る方が早いです。
それに、ラディくんは街の様子を、キティさんには冒険者の様子を見るようにお願いしていますしね。
「という訳で、シアさんを本陣の防衛にあてようと思います」
「すまない」
「いえ、ですが僕から一つ質問があるのですが、よろしいですか?」
「あぁ、答えられる事ならな」
そう言われてしまいましたが、僕は聞くことにします。
「トレントを操れると言っていましたが、それは使わないのですか?」
トレンティアは鉄壁の街と呼ばれているのはトレントが大きく関わっています。
ですが、そのトレントが街の危機にも拘わらず、仕事をしていない事に疑問を持ちました。
「契約のせい……らしいな」
「契約ですか」
「あぁ、俺は婿養子としてこの地に来たから詳しくはわからない。だが、ロールと結ばれこの地に訪れた時、俺はそう説明を受けた」
本当は知っているのかもしれませんが、知っていても知らなくても話せるのはここまでのようで、それ以上は詳しくはわかりませんでした。
「つまりはトレントの加勢は当てにならないという事ですね」
「そうだ。あくまで、魔物の対処は人間の手で片付けなければならない」
「わかりました。頭にいれておきます」
あわよくばトレントの援護があれば戦いを確実に優位に進められると思いましたが、その作戦はダメなようですね。
僕の質問はそこまでとし、最後に騎士の動きについて説明を受けました。
「では、なければその方針でいくが問題ないか?」
「はい、問題ありません」
説明された陣形は至ってシンプル。
前衛を盾を持った騎士で固め、その後方から弓や魔術師が足の止まった魔物を仕留めるという事です。
そして前衛と後衛の間に、遊撃部隊と補充要員を配置するようです。
「では、作戦会議はそこまでとし、来るべき時まで休んでくれ」
「はい、直ぐに動けるように待機しながら休ませて頂きます」
僕たちは騎士団の近くにあつまりました。
そして、一人本陣待機をお願いしたシアさんに抱えられ芝の上に座ります。
「私も一緒に行きたかった」
「今ならまだ別の方法を考えますので、撤回できますよ?」
方法なら幾らでもあります。
僕たちからではなく、騎士団の方から護衛を出して貰う方法や冒険者の方から腕の立つ人を護衛に置いて貰う交渉をする事もできます。
「大丈夫。一度受けた以上、全うする」
「はい、助かります」
「だから、これはご褒美」
時間がくるまでシアさんは僕を離さないつもりのようですね。
「ずるい……けど、仕方ないか」
「ずるいです……ですが、仕方ないですね」
羨ましそうにシアさんを見ています。
わかります、シアさんを独り占めできるのは嬉しいですよね。甘える時はとことん甘えたいシアさんは可愛いですからね。
スノーさんもキアラちゃんもまだ見た事はないと思いますけど。
「お楽しみの所すみません」
「私達も少しお邪魔します」
そんなやりとりをしていると、フィオナさんとカリーナさんがやってきて僕たちのすぐ近くに座りました。
「邪魔なんかではありませんよ。むしろ、緊張感がなくてすみません」
僕はシアさんに抱えられていますし、スノーさんは、僕たちの耳を触れないので代わりにキアラちゃんの耳を弄っていますし、とても戦いの前とは思えない緊張感の無さです。
「だからこそ、ですよ」
「向こうはかなりピリピリしていますからね」
「そのようですね」
緊張が肌に伝わると言いますが、まさにそれです。
殺気ではありませんが、騎士たちの間に私語はみられません。
集中し目を閉じる者、武器を手入れする者、調子を確かめるように武器を振っている者など、それぞれの戦いに挑む状態を作っている人ばかりです。
「そんなに緊張する事はないのですが、つい癖なのでしょうね」
「わかる。私もつい最近まであんな感じだったからね」
「ユアンさん達の実力は聞いていますが、見ていませんからね。仕方ないとは思います。私も知らなかったらあっち側だったでしょうし」
「私も、改めていい旅だったと思います」
そう言って、二人は笑っているので緊張はしていないようです。
「ですが、その件で僕たちに不満が出たりはしなかったのですか?フィリップ様の上に冒険者がたつような事になって……」
コウさんは大丈夫だと言っていましたが、こればかりは本人に聞いてみないとわからないですからね。
「ありましたよ」
「やっぱり……」
やはり不満はあったようです。
「ですが、私達が黙らせました」
「えぇ!?」
「当然です。私達は弓月の刻に育てられましたから。もちろん、ローゼ様達にも隊長のフィリップ様にも感謝していますが、それとこれは話は別です」
話を聞くところ、二人はトレンティアに戻ってからも模擬戦を続けていたようです。
もちろん、フィオナさんとカリーナさんだけではなく、他の騎士の方とも、時にはフィリップ様とも模擬戦を行ったようです。
「なので言ってやりましたよ。不満があるなら、私達に勝ってから言いなさい」
「弓月の刻の実力は私達よりも遥か上、街を守るのに安いプライドは捨てなさいってね」
「よく言った」
シアさんが満足そうに頷き、二人は笑っていますが、笑い事ではありませんよ!
僕たちのせいで二人は少し性格をも変えてしまったのかもしれませんから!
「いや、それでいい」
「「フィリップ様!!」」
僕たちに近づいてきたフィリップ様を見て二人は立ち上がろうとしましたが、それを手で制し、フィリップ様が胡坐をかいて座りました。
「お前たちに実力がある事はわかっていた。しかし、いま一つそれを発揮させてやれなかった」
「そんなことは……」
「ある」
フィリップ様の言葉をフィオナさんが否定をしようとするも、被せるようにフィリップ様が続けます。
「今回、ローゼ様の護衛にお前らをつけたのは成長を望んでいたからだ。ローゼ様を守る使命の中、色んな事を見聞き体験し、殻を破って貰いたかった」
「ですが、ローラ様が……」
「あぁ、だけどその結果、お前たちは成長し、弓月の刻をこの場に導いた。失態はあったかもしれないが、俺はお前たちに感謝をしている。そして、この戦いで更なる成長をし、トレンティアを代表する騎士になる事を期待しているぞ」
フィリップ様の言葉に二人の目には薄っすらと涙が溜まっているのがわかります。
自分の上にたつ人に評価され、こんな言葉をかけられたら嬉しくもなると思います。
「私……少し、気合を入れなおしてきます!」
「私も少し体を動かしてきます!」
二人はパッと立ち上がりました。
それを見てフィリップ様は頷きます。
「わかった。しかし、戦いの時は近い。あまり無理はするなよ?」
「「はっ!」」
フィオナさんとカリーナさんは騎士らしき敬礼をし、小走りで離れていきました。
「上手いですね」
キアラちゃんの耳を触りながらスノーさんが笑います。
「少し、気が抜けすぎていたからな。緩み過ぎては士気にも関わる」
「そうですね。アメとムチは私もよくやられました」
「どこの騎士も同じようなものか」
もしかして、それが狙いだったのですか!?
騎士って怖い。アメを与えた後のムチを考えるともっと怖いです。
騎士ではなく冒険者で良かったと思います。
「ユアンにはいっぱいアメあげる」
「なら、僕はシアさんにムチを上げた方がいいですか?」
「…………アメがいい」
シアさんは僕を甘やかしすぎですからね。もう少し厳しい所があった方がいいと思います。
そりゃ……一緒に寝たり、撫でて貰ったりぎゅーってして貰えると嬉しいですけど……。
金銭感覚が狂い始めてる気がするので、その辺りは厳しくていいと思います。
「それにしても動きませんね」
「これが狙いならやられたかな?」
僕たちが集まってから随分と時間が経ちました。
しかし、魔物たちは一向に攻めてくる様子はありません。
「キティさんからの連絡はありましたか?」
「はい、森の入り口に待機しているとの事です」
「あれが陽動って事はない?」
「ないと思います。キティの配下が森を探っていますが別の魔物の姿はみられないようです」
僕の探知魔法と同じ結果ですね。
範囲外にいればわかりませんが、少なくと迂回して背後をとろうとしている魔物は感知していません。
「となると、こっちが痺れをきたすのを待っているか、攻め時を窺っているかかな」
集中力が途切れた時に攻められると本来の力は発揮できませんからね。
幸いにも騎士団の方は未だに集中力を切らしてはいません。
ですが、冒険者達は寝ている人、イライラしている人など影響は出ていそうですね。
「食事が届いた。各自、食事をとり、その時に備えてくれ!」
ついには日は落ち掛け、夕食の時間にまでなってしまいました。
僕たちは動かない魔物たちを警戒しつつ、食事をとることにしました。
そして、順番に睡眠をとる事になった頃、事態は動き始めたのです。
戦闘開始のつもりでしたが、思った以上に話が膨れてたどり着けませんでした!
楽しみにしていた方は申し訳ございません。
ですが、騎士団との絡みなくいきなり戦闘も変なので必要な処置だと思ってください。
次回こそ、戦闘開始です。ご安心ください。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。