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影狼と勇者

 「ライン、ハルトさん」

 「なんだい?」

 「すぅ……」

 「寝言か」


 ベッドに一緒に入ってから一時間くらい経った頃、日頃の疲れが溜まっていたのか、ユアン殿は静かに寝息をたてはじめた。

 

 「嬉しいな。こんな無防備な姿を見せてくれて」


 ぴたりと身体を寄せ、私に包まれて眠る姿はとても冒険者として活躍するようには見えない。

 

 「信頼してくれてるって事だよね」


 月明りに照らされた艶のある黒髪を撫でるも、ユアン殿が起きる気配は全くなかった。

 まるで全てを私に委ねてくれているようだと思うと、自然と頬が緩んでしまいそうになる。

 いや、実際に緩んでいると思う。

 今だけではなく、今日一日ずっと。

 

 「これもシア殿のお陰だな」


 シア殿の協力がなければ、こんな一日は訪れる事はなかっただろう。

 今この時間があるのはシア殿がユアン殿を後押ししてくれたお陰だからね。

 

 「だけど、あんなこと言われたら素直に喜べない自分も居るんだよね」


 シア殿がこうして私に協力してくれるのには理由があった。

 眠れない私は、その時のことを思い出していた。

 それは昨晩の事だった。






 「ラインハルト、話がある」

 「珍しいね、リンシア殿が私に用だなんて」

 

 一日の終わりを迎え、後は寝るだけとなりベッドに横になろうとしていると、私の部屋にリンシア殿が訪れた。


 「たまにはそういう時もある。中、入っても平気?」

 「構わないけど、私は寝間着だけど構わないかい?」

 「気にしない。失礼する」

 「どうぞ」


 リンシア殿と私の接点は正直薄い。

 世間話程度は普段からしたりするけど、こうして二人きりで腰を据えて話すのは初めてかもしれない。

 しかし、別にだからといって緊張はしない。

 それはリンシア殿も同じのようで、部屋に招き入れると自然と丸机を挟み、向かい合うように椅子へと腰を降ろした。


 「それで、どうしたんだい?」

 「凄く大事な話がある」

 「大事な話か……それは、ユアン殿の話しかな?」

 「うん。ユアンの事」


 正解だったようだ。

 リンシア殿がわざわざ話にくるような事といえば、ユアン殿の事か模擬戦の事くらいしか思い浮かばないから簡単に予想はついた。

 しかし、ユアン殿の事か……これがやっぱり、いい加減釘を刺しに来たのかな?

 それも仕方ないか。

 ユアン殿とリンシア殿は夫婦。

 しかも誰から見ても仲良しな夫婦。

 そこにちょっかいをかけようとする私はは邪魔でしかないだろうからね。

 なので、リンシア殿に何を言われても素直に受け入れようと心構えをしたのだけど、リンシア殿の口からは予想外の言葉が飛び出した。


 「えっ、いいの?」

 「構わない。ユアンと約束したと聞いたけど、違ったの?」

 「確かにしたけど、駄目だと思ってたよ」


 なんと、リンシア殿の話は前に私がリアビラへと向かう事に対する報酬の件だった。

 

 「でも、本当にいいのかい? 私の要求は一晩ユアン殿独り占めだよ?」

 「構わない。ユアンが決めた事。私が口出しする事ではない」

 「そうは言うけど、夫婦なんだし嫌なんじゃない?」


 もし、私がリンシア殿の立場だったら凄く複雑な心境になる事が容易に想像できる。


 「確かに嫌。だけど、それ以上にラインハルトの気持ちはよくわかるから」

 「私の気持ちがかい?」

 「うん。もし、私がラインハルトの立場だったらと考えると辛い」

 「もしかして、同情でもしているのかい? だから、私に協力してくれるのかな?」


 だとしたらそれは受け入れるのは無理かな。

 折角の機会だとはいえ、正妻であるリンシア殿の憐みでユアン殿の隣を譲って貰うなんてことはできない。

 しかし、リンシア殿は違うと首を横に振った。

 

 「逆、私はラインハルトを応援してる」

 「私を応援? 本気で言ってるのかい?」

 「もちろん本気。私もユアンへの思いで悩んでいた時があるからわかる。一方的な思いは辛い。だから、この機会にもっとユアンとの仲を深めるべきだと思ってる。諦めずに」

 「最初から諦めるつもりはないよ」

 「それは嘘。そうじゃなければ、ラインハルトがユアンにこんな報酬を求めたりしない」


 どうやらリンシア殿は全てお見通しのようだ。


 「当然。これでもラインハルトがユアンに相応しいかどうかはずっとチェックしてた。だからわかる。ラインハルトが正常なら、ユアンが本気で困りそうな事を要求したりなんかしない。ラインハルトはユアンの気持ちを優先する。そういう人」


 これは何も言えないな。

 リンシア殿の言う通り、私の中で今回の報酬は最初で最後のわがままでいた。

 この思い出を最後に、ユアン殿への思いに区切りをつけるつもりでいたんだ。


  「本当によく見てたんだね」

 「私のユアンを奪おうとしてたから当然」

 「なのに、今はいいのかい?」

 「うん。ユアンの気持ちが動いてるのなら必要な事だから」

 「ユアン殿の気持ち?」

 「わからない? ユアン、ラインハルトの事が好き…………になりかけてるかも?」

 「その間はずるいよ」


 好きと聞いて飛び跳ねて喜びそうになったけど、好きになってくれている訳ではないんだね。


 「でも、事実。ユアンはラインハルトの事が気になってる」

 「それは、どういう意味でだい?」

 「友達以上、仲間未満?」

 「スノー殿やキアラ殿以下じゃないか!」


 期待して損したよ。

 つまりは弓月の刻メンバーよりも思われてないって事だもん。

 そりゃ、彼女らに比べたら一緒に居た時間は少ないから仕方ないのかもしれないけどさ、あんな言い方されたら期待しちゃうよ。

 

 「それは当たり前。スノーもキアラもサンドラも家族だと思ってる。それは私も同じ」

 「だとしたら、私の居場所はないんじゃないかな? 私は弓月の刻ではないんだし」

 「パーティメンバーという意味では居場所はない。だけど、恋仲になる条件は弓月の刻メンバーじゃないといけないという決まりはない」

 「つまりは私にもチャンスはあると?」

 「そう言ってる。むしろ、一番可能性があるのがラインハルト」


 喜んでいいのかな?

  

 「うん。ここでリコやジーアが名乗り出たらわからないけど、有力はラインハルト」

 「やっぱり素直に喜べないや」

 「大丈夫。今の所、ユアンに本当の意味で好意を寄せてるのはラインハルトくらいだから」

 「そうなんだ。あんなに魅力的なのに、意外だね」

 「当然。私達が目を光らせてるから」

 「「「ヂュッ!」」」

 「「「グルル!」」」


 天井から魔鼠の声が聞こえ、リンシア殿の足元、影かな? そこからはコボルトの唸り声が響いた。

 なるほど。

 魔鼠やコボルト達が変な連中を寄り付かせないようにしていたんだ。

 それでも、見る人が見ればユアン殿の事は放って置かないと思うけどね。

 

 「だから、頑張れ」

 「リンシア殿に後押しして貰えるのなら、もう少し頑張ってみようとは思うよ。だけどさ……」


 リンシア殿が私の事を応援してくれている事はわかった。

 だけど、その理由が私の気持ちがわかるからと言っていたけど、どうしてもそれだけだとは思えないな。

 だから、思い切って理由を聞いてみる事にした。


 「ユアンに言わない?」

 「言わないよ。人の秘密はね」

 「その言葉信じる」

 

 最初から聞かれる事を想定していたかのようにリンシア殿は話し始めた。

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