弓月の刻、警戒する
「あの人は大丈夫ですかね?」
「たぶん」
「あっちはどうかな?」
「大丈夫そうだぞー」
村を出てから三日目、街に近づいたのかすれ違う人が増え始めてきました。
「見てください。あの人はきっとあっち側の人ですよ!」
「そうだね。見た目からしても間違いなさそうだね」
僕たちは今、竜車の窓からすれ違う人をこっそりと観察しています。
「サンドラちゃん! 隠れてください!」
「なー! 危なかったぞー……」
「サンドラ。気をつける」
「わかったぞー!」
ちょっと見すぎたのかもしれませんね。
サンドラちゃんの視線を感じ取ったのか、すれ違う人が僕たちの方を向いた気がします。
「あの、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ?」
「うん。むしろ、逆に怪しく見える
「そうですかね? でも、気をつけておかないといつ襲われるかわかりませんからね!」
「そんな事は滅多にないと思いますけど……」
「うん。人気の少ない所ならともかく、こんな人が行き来する場所で騒ぎを起こす馬鹿はそうそう居ない」
「それでも用心するに越したことはありませんよ!」
という訳では、僕たちは引き続きすれ違う人達の観察を始めました。
「もう……キアラさんからも何か言ってあげてください」
「ふふっ、こうなったら止めるのは無駄だから好きにさせておいた方がいいと思うの」
「そうなのですか?」
「そうだよ。それに、見てると楽しいでしょ?」
「確かに愉快かもしれない」
そんな事を言われていますが、僕たちは至って真面目です。
というか、そもそも僕たちがこんな事をする事になったのはフタハちゃん達が原因なんですけどね。
「ユアンさん、そろそろ街に入りますので、身分証の準備をお願いします」
「わかりました」
そんな人間観察をしていると、いつの間にか街の入口に差し掛かったみたいで、キアラちゃんに予め身分証を用意しておくように言われました。
「確認とれました。どうぞ」
「ありがとうございます」
そして、街には無事に入る事が出来ちゃいました。
「何事もありませんでしたね……」
「だから言ったではありませんか。街道でちょっかいをかけてくるような人はこの辺りでは居ませんよって」
「そうですけど……」
「ユン姉は心配症すぎる」
「そんな事ないですよ。むしろフタハちゃん達が宗教の怖さを知らなさすぎるだけです」
僕は教会の怖ろしさを知っていますからね。
アーレン教会の本部……今は元本部になりますが、あの地下で起きていたおぞましい出来事は一生忘れる事がない程に衝撃的でした。
「その派閥の人がこの辺りに居ると聞いて、のほほんとしているのは無理ですよ」
「お姉様方はそんなに酷い経験をしてこられたのですか?」
「一体何があった?」
「それは秘密。知らない方が良い事もある」
その通りです。というか流石にそこまでは言えません。
宗教の事を話した手前ではありますが、それでフタハちゃん達がアーレン教会に大して懐疑的な目を向けるようになるのは嫌ですからね。
「それにしても……悪い奴らって本当にしぶといよね」
「そうですね。まぁ、僕たちが甘いだけかもしれませんけどね」
「そんな事ない。私達だけで全てを解決するのは無理」
「そうかもしれませんが、あの後もダンテ……というか、サンケの動向を探っていればまた違った未来があったのかなと思っちゃいますよね」
「でも、流石にダンテがあの派閥っていえばいいのかな? あのトップじゃないだなんて想像もつかないよね」
「まんまと騙されたと思うの」
僕たちが今警戒しているのは、あの時でいう武闘派、とでも呼べばいいでしょうか?
サンケの街で僕たちを捕まえようとし、あの地下での出来事を実行していた人達です。
「案外、あのダンテも騙されたのかもね」
「それはありえますね」
ダンテはお兄さんであるダビドさんに劣等感を抱いている節があったみたいですからね。
そこで上手く乗せられた可能性もあるかもしれません。
もしくは、アーレン教会が邪魔で、アーレン教会を潰そうとしたとかも考えられますね。
「まぁ、とりあえず頭の片隅には常に置いといてくださいね。そういう人達も居るって事を」
「そこまでしなくてはいけないのでしょうか?」
「した方がいいと思いますよ。僕たちが警戒している理由に鼬族と繋がっている可能性が高いからでもありますし」
「わかりました!」
「それなら納得!」
最初から鼬族の名前を出しておけば良かったかもしれませんね。
それにしても。
まさか、同じ神様を崇拝しているにも拘らず、こんなに違いがあるとは思いませんでした。
「女神のレンさんと邪神のレンさん……」
アーレン教会が崇拝しているのはレンさん……言い方を変えれば次元龍様なのですが、そのレンさんが邪神としても扱われているみたいなのですよね。
まぁ、それは鼬族の都を攻めた時からわかっていたので、むしろ本当に女神と崇められている方がびっくりでしたけどね。
そして、それが今すごく問題になっているみたいで、女神派と邪神派でいざこざがあちこちで起きているみたいで、僕たちはその問題で凄く警戒していたりします。
「また戦争が起きなければいいですけどね」
「それは無理。必ず起きる」
「しかも近いうちにね」
そうなっちゃいますか。
まぁ、魔族領には今現在三つの国があるのですが、そのうちの二つが女神派と邪神派でわかれていますからね。
争いになるのは必然といえば必然ですよね。
「でも、僕たちの会う予定の王様が女神派でまだ良かったですよね」
「そこはまだ良かったかもね」
「ユアンが聖女扱いされなければだけどなー」
「それは勘弁して貰いたいですね」
まぁ、今回は髪の色も変えてますし、肩書も冒険者ですし、そんな事態にはならないと思うので、きっと大丈夫だと思いますけどね。
「そう言っている時が一番危険」
「まぁ、ユアンだしね。今回も面倒な事になるんだろうな」
「ふふっ、そうですね」
と仲間のみんなは言っていますが……失礼ですよね。
毎回毎回、僕がトラブルに巻き込まれるみたいなことを言っていますが、そうとは限りません。
まぁ、それは街を出発すれば直ぐにわかる事ですので、敢えて否定はしませんけどね。




