弓月の刻、村を出る
「サンドラさんまで召喚獣を駆使しているなんて……」
「しかも竜種を二匹も。ありえない……」
サラちゃんとデルくんが牽く竜車に揺られながら街道を進んでいると、フタハちゃん達が呆れたようにため息を零しているのが聞こえてきました。
「もう驚く事はないと思ったけど、この先も驚かされる予感しかしないわ」
「私もそう思う。だから、お姉達に常識を求める事はやめにするのがいいと思う」
「そうね。その方が心に余裕を持てそう」
「うん。暫く一緒に行動するならそれがいい」
なんか僕達が非常識と言われているみたいな気がしますが気のせいですよね?
まぁ、他の冒険者に比べたらかなり恵まれている自覚はありますけどね。
「それがいいよ。細かい事を気にしたら一緒に居るのが嫌になってくるからね」
「うん。特にソウハ達がこれからも冒険者として生きていくのなら、多少の事では動じないくらいにはなるべき」
「もちろん何でも好き勝手やっていい訳ではないけどね」
冒険者同士の付き合いも大事ですからね。
まぁ、その辺りは僕たちもまだまだですけどね。
未だに仲が良いと呼べる冒険者は火龍の翼の皆さんくらいですからね。
「わかりました。でも、本当に私達でよろしいのですか?」
「他にも冒険者は沢山居た。それに、私達に頼らずともお姉達なら問題なかった筈」
僕たちは今、フタハちゃんとソウハちゃんを加え、竜車に揺られて北上しています。
「確かに他の冒険者の方でも問題ないといえば、問題なかったかもしれません」
ゲオングを捕獲し、依頼報告を終えた後、僕たちはみんなで食事をとる事にしました。
そして、そこで僕たちはフタハちゃん達に依頼を出しました。
「ですが、やっぱり案内してくれる方は知っている人の方が助かります」
「うん。だから、ソウハ達が案内してくれると助かる」
その依頼は魔族領の事を知らない僕たちの道案内でした。
ある程度の事は調べてきたとはいえ、流石にどの街に立ち寄ったりすればいいのか、また立ち寄らない方がいいのかなどはわかりませんからね。
「そういって頂けると嬉しいですけど、報酬が……」
「えっと、不満でしたか?」
「とんでもありません! むしろ、道案内だけでペンダント相応の報酬を頂いてしまうなんて本当にいいのかと……」
むしろ、報酬が高すぎた感じで委縮してしまった感じですかね?
でも、実際にはナナシキへと直接ご案内するだけで、ペンダントを差し上げる訳ではないので報酬が高い訳でもなかったりします。
もちろん、それなりの報酬は用意するつもりではいますよ。
少なくとも、ナナシキでの生活が暫くの間は困らないくらいにはしようと考えています。
「構わない。それだけソウハ達の事は頼りにしてる」
「それに、フタハ達は正式に依頼を受けた訳だし、今更破棄する事はできないしね」
「そうでしたね。受けてしまったからにはしっかりしないとですね」
「うん。失敗だけはしたくない。今後の活動に大きく影響する」
依頼主と共に行動する依頼は失敗した時のペナルティーは大きかったりしますからね。
道に迷ったり、依頼主を危険に晒したりすると、それだけ信用が大きく下がります。
まぁ、魔物に関しては僕たちが主に対処する事になるので、大きな失敗はないとは思います。
「それで、これから僕たちは何処に向かうのですか?」
「三日ほど進むと街がありますので、まずはそこを目指す予定です」
「それまでの間に村は?」
「村はありますが、立ち寄る意味はあまりないかと。宿屋などはありませんので」
もちろん食事処もないみたいです。
そう考えると、魔族以外の方が魔族領を旅するのは想像以上に過酷だとわかりますね。
僕のように時間の経過しない収納魔法を使えたり、長期保存の利く保存食を大量に持っていないといつ食料がなくなるのかわかりませんからね。
村に立ち寄っても補給ができる保証はありませんからね。
「となると、道中は野営になりそうですね。何処か、野営のポイントなどはありますか?」
「あります。それと、運が良ければそこで補給もできる可能性もあります」
「補給もですか?」
「はい。もしかしたら旅の商人の方達がそこに集まっている可能性もございますので」
フタハちゃん達と出会った街では冒険者が纏まって移動をしていましたが、それと同じように商人が纏まって街を移動している事があるみたいですね。
そして、僕たちが進んでいる街道に野営するポイントがあるようで、もしかしたらその商人さん達が滞在している可能性があるみたいです。
「へぇ、出店とかもあるのですね」
「食べる所もあるの?」
「一応ですけどね。食べる事を娯楽にする方も少なくないので」
食べる事が娯楽になるのは魔族の方らしいです……あれ?
「シアさんって食べるの好きですよね?」
「うん。美味しいものは沢山食べたい」
「あれも娯楽なのですか?」
「違う。ご飯は食べないと力が出ない。普通にお腹は空く」
「でも、シアさんも魔族ですよね?」
「一応?」
なら、シアさんも本来なら食事は必要しない筈ではないでしょうか?
「それは種族のルーツ次第。リン姉の種族は食事を必要とする種族だったって事」
「という事は、魔族の中でも食事を必要とする種族と必要としない種族があるという事ですか?」
「そういう事ですね。他にも食事の代わりが血であったり、人の欲望だったりする種族もございますよ」
魔族にも色々あるのですね。
「確かに魔物もそうだし、そう言われるとおかしくない気がするね」
「そういえばそうでしたね」
トレントなんかは水があればいいですしね。
「といっても、その辺りの事はよくわかっていませんの」
「一説によれば、魔石の有無とも言われている」
「もちろん、私達には魔石はありませんけどね」
魔物から魔族になると、魔石が失われると言われているらしいですね。
「なんだか魔族って不思議ですね」
「うん。でも、それを言ったら、エルフ族だってわからないことだらけ」
それもそうですね。
エルフやドワーフなどは精霊族と呼ばれていたりしますが、精霊ではないですしね。
「ところで、キアラさんは大丈夫なのですか? 先ほどから随分と静かですけど」
「だ、大丈夫ですよ! 今は御者に集中しているだけなので!」
「そうですの? それならいいのですが」
危なかったです。
エルフの話になったからか、キアラちゃんが喋っていなかった事にフタハちゃんが気づいてしまいました。
実はサンドラちゃんの隣に座るキアラちゃんはキアラちゃんではなく、キアラちゃんの姿をしたシアさんの影狼で、本物のキアラちゃんはナナシキへと戻っている最中だったのです。
もしこれがフタハちゃん達にバレてしまったら説明が面倒だったのですよね。
まぁ、バレたらバレたで構いませんけどね。
ですが、バレないに越したことはないので、出来るだけ誤魔化している最中だったりします。
「そういえばさ、アーレン教会の事で気をつける事があるって言ってたよね?」
「そういえば、その話も途中でしたね」
「その話、詳しく聞いといてもいい?」
「そうですね。この先、知っておかないと変に絡まれるかもしれませんし、説明しておきますね」




