影狼と魔鼠
「もぉ、ラディくん! いきなり酷いよ!」
「ごめんて。それより、仕事はいいの? 主たちの役に立ちたいんでしょ?」
「あっ! そうだった! それじゃ、また後でねー!」
「うん。それと、僕たちの事は他人に話しちゃー……行っちゃった」
相変わらずリオンは落ち着きがないね。
それが彼女のいい所なのかもしれないけど、今に限ってはその彼女が邪魔になりそう。
だって……。
「何かよう? 警備隊の仕事なら今は後回しにして欲しいんだけど」
木陰から闇と同化していたリンシアが姿を現したのだから。
「そんな事はどうでもいい。私達が居なくてもサイラスがどうにかする。それよりも、いい加減聞きたい事がある」
「何かな? 僕たちは主に頼まれた仕事で忙しいんだけど」
「それ。その主について。ラディの主って誰?」
「誰って……知っての通り、キアラルカ様だよ」
「それは知ってる」
「ならこの話はーー……」
終わり。
そう告げようとしたのだけど、リンシアから予想外の言葉が返ってきた。
「私が言ってるのはキアラじゃない方の主……違う。こう言えばいい? ラディと繋がりのあるもう一人の主。それは誰?」
「何の話?」
「誤魔化しても無駄」
リンシアの目がスッと細まり、その視線だけで人を殺せそうな程に鋭い眼差しが僕へと突き刺さる。
「何を言ってるのかわからないよ。そもそも主は一人しか……」
「契約を結べない? そんな筈はない」
「どうしてそう言い切れるんだい?」
「それは私が影狼族だから。この意味がわかる?」
…………わかる。
リンシアとの付き合いは決して長いとは言えないけど、彼女たちがやってきた事は僕も手伝ってきたから知っている。
その際に、影狼族の歴史も知った。
「影狼族も主が二人、だったね」
「うん。今は居ないけど、私が長になる前は、ユアンと根源とも呼べる部分にオメガの存在があった」
「そうだったね」
影狼族は元々影狼という魔物が居て、それをオメガさんが血の契約で影狼族にしたんだっけ。
「だから、ラディにも別の主が居てもおかしくない」
「そうだね。だけど、それはリンシアの思い込みじゃない?」
「そうかもしれない。だけど、それは確認すれば分かる事。キアラに聞いてみる? 私はキアラだけじゃないと思ってるけど」
「そこまでする必要があるのかい?」
「ある。その主が私達の味方という保証はないから……それで、どうする?」
それは困る。
僕は契約によって主には嘘が吐けないし、そもそもここまで感づかれているのなら、隠し通すのは無理か。
「はぁ……主に確認しなくてもいいよ」
「なんで?」
「わかってる癖に……そうだよ。リンシアの言う通り、僕にはもう一人主が居た」
「居た?」
「そうだよ。リンシアと一緒。僕に力を与えたもう一人の主は、もう居ないんだ」
正確には今はその繋がりが感じられないというのが正しいのかもしれない。
もっと言えば、一方的に力を与えられたとも言える。
ある一言を残して。
「それを証明する事は?」
「リンシアはオメガさんがもう主でないという事を証明する事が出来る?」
「出来る。影狼族を操る事が出来るのが証明」
「とは限らないよね。今はオメガさんが力を抑えているだけかもしれないから」
「それはない」
「ないっていうけど、僕にはそれがわからないよ」
何かを証明するというのはそれだけ難しいからね。
「むぅ……なら、その主の事を詳しく教える」
「それは無理かな」
「どうして?」
「僕自身、それが誰なのかわからないから」
「わからないの?」
「全くと言っていいほどにね」
顔も知らなければ男なのか女なのかもわからない。
「そいつ何者?」
「偉い人なんじゃないかな?」
「魔王?」
「違うよ。もっと偉い人? じゃないかな」
「もっと上? 龍人族?」
「違うよ」
「むぅ……ラディ、馬鹿にしてる?」
「してないよ」
実際に誰なのかわからないからね。
それだけあの時の記憶は曖昧だったから。
ただ……。
「もしかしたら、神様なのかなとは思ってるよ。だって、僕は……」
「サンドラと同じだから?」
「そういう事……ってそれは知ってたの?」
「うん。サンドラから聞いた」
「その意味も?」
「うん。何となく理解してる、と思う」
「そうなんだ。それじゃ、ユアンさんも?」
「ユアンは知らない。むしろ、興味がない。ユアンは誰が誰であろうと仲間と認めたら何者でも構わない」
「そうだったね。ユアンさんはそういう人だもんね」
鋭いようで鈍くてとても危なっかしい人だからね。
だから僕がこうしてこの世界に居るのだから。
「まぁ、僕が説明できるのはここまでかな」
「そう。わかった……何? 凄いマヌケ面してるけど?」
「いや、ちょっと意外だと思って」
「何が」
「リンシアの事だからもっと言及してくるかと思ってさ」
「聞くだけ無駄。わからないんでしょ?」
「そうだね。だけど、僕が嘘を吐いている可能性もあるよ」
「その時はその時。後で嘘を吐いた罰として仕事を増やすだけ」
「それは嫌かな。むしろ、正直に話したんだから休みを増やして欲しいくらいだよ」
「それは考えとく」
「いつもそう言うだけじゃないか」
これでもナナシキで一番働いている自信はあるくらいだからね。
警備隊の仕事もあるし、ダンジョンの管理もあるし、各地に居る魔鼠から情報を集めたり……ちゃんと休みをとった記憶はあまりない気がする。
「今度は本気で考えてるから安心するといい」
「本当?」
「本当。なんなら一週間くらい旅行にでも行ってくると言い。それくらいならどうにかする」
「そんなには要らないよ」
「必要。たまには相方との時間もしっかりとるべき。この先、結婚するつもりなら尚更」
リンシアがにたりと笑った。
全く……興味のない風をいつも装っている癖に、なんでそんな事を知っているかなぁ。
「わかってるよ。それじゃ期待しているからね」
「任せる。それじゃ……」
とリンシアは再び闇に消えていきそうだったのだけど、何故か足を再び止め、そして振り返った。
「何? まだ何かあるの?」
「別に。ただ、いい加減リンシアはやめる」
「は? ならなんて呼べばいいのさ」
「シアって呼べばいい」
「なんで?」
「理由は必要?」
「まぁ、いらないとは思うけど」
「ならそれで十分」
「わかったよ。シア」
「それじゃ。後は頑張れ」
そう言い残し、今度こそリンシアは……シアは闇の中に消えて行った。
「ちょっとは信頼されたって事かな?」
もう一人の繋がりの事を聞かれたけど、僕が敵かどうか聞かれなかったし、少なくともそこは信頼されていると思っていいのかもしれない。
まぁ、実際に……。
「僕の使命を果たすのなら、こっち側に居るのがいいだろうしね」
それが僕に与えられた使命なのだと思う。
「だけど、神様もいい加減だよね。正しい記録を残せだなんてさ。しかも、日本語で……」




