弓月の刻、ダンジョンに挑む
「明るいですね」
「うん。ヒカリゴケのお陰」
「ヒカリゴケですか?」
「一部の洞窟に生えているコケの事」
「日中の光を吸収して、夜に輝くコケだね」
「けど、奥まで続いてますよ? 奥は日の光は届かないと思いますけど」
「ヒカリゴケは一つの生き物みたいなものらしくて、魔力で繋がっているらしいね」
へぇ、不思議な生き物もいるのですね。
分裂したスライムみたいなものでしょうか?
そのお陰でもあって、ダンジョンの中は思ったよりも明るく、光魔法で照らす必要がなくて助かります。
「あ、スライム」
「ピィーッ!」
そんな事を考えていると、行く手を阻むようにスライムが現れましたが、直ぐにスノーさんの剣でコアを切り裂かれてしまいました。
「思ったよりも、楽ですね」
「まぁ、最初の階層だしね」
「魔力濃度も低いですし、これからかな?」
「奥に行けば強い魔物がいるかもしれない」
「そうですね。入り口付近でゴブリンの姿を見たとリコさんも言っていましたし、奥から上がってくる魔物もいるかもしれませんし、油断せずに行きましょう」
まぁ、ゴブリンが現れた所でって感じですけどね。
「けど、改めて不思議な場所ですよね」
「そうだね。どこまで続いているんだろう」
ダンジョンは今の所一本道です。
ですが、かれこれ三十分ほど歩いたにも関わらず、一向に次の階層に進む場所に辿り着きません。
普通に考えて、それだけ真っすぐな洞窟するとは思えませんし、何らかの力によって造られているのかもしれませんね。
原理としては転移魔法陣や収納魔法のように次元を弄っているような気がします。
「せめて最初の休憩ポイントでもあれば色々と試せるのですがね」
今回の目的は最深部まで向かう事ではなく、謂わば実験と確認です。
「シノさんはダンジョンで転移魔法を使えると言ってたけど、本当に使えるか不安だよね」
「けど、使えなかったらかなり苦戦しますよね」
最初の階層だけでこれだけ時間が掛かっていますからね。
外に戻るだけでも一苦労ですし、他のダンジョンのように何十もの階層が続いていたら、とてもではありませんが攻略は無理です。
街を完全に放っておいてもいいのなら別ですけどね。
「お、階段だ」
「やっとですか」
先頭を歩くスノーさんがようやく階段を見つけたらしいです。
「どうする?」
「降りるしかー……ちょっと待ってくださいね?」
むむむ、これはいやらしい事をしていますね。
「どうしたのですか?」
「階段の手前に……ほら、これです」
シノさんからダンジョンには罠があると聞いていましたので、危険察知の探知魔法を併用していたのわかったのですが、階段の最初の段に、細い糸のようなものが張られていました。
「罠」
「ですね。でも、そこまで危険なものではなさそうですけどね」
小石を投げ、罠を発動させると、小さな小石が数個降ってきました。
危険ではありませんが、当たったら地味に痛そうな小石です。
「なんか……ルリちゃんの罠を思い出すね」
「お試しって事ですかね?」
こんな罠がこの先にあるから気をつけろよって言われている気もしますね。
出てきた魔物もスライムだけでしたし、この階層はそういった意味があったのかもしれませんね。
「他に罠はある?」
「いえ、それらしき反応はないので大丈夫だと思います」
「なら降りる」
「魔物が待ち構えているかもしれないので気をつけてね」
ダンジョンは不思議な空間だと、改めて認識させれました。
階段の先の情報が探知魔法で探る事が出来ないのです。
僕の探知魔法ですと、階段の先は壁になっているような感じです。
「待ち構えている魔物は……いないね」
「ユアン、どう?」
「はい、階段を抜けましたら探知魔法で奥を探れるようになりました」
「上の階はどうですか?」
「……ダメですね。もう、わかりません」
どうやらダンジョンは階層ごとに区切られているみたいですね。
階段は短く、上の階が見えるほどなのですが、目で見えているにも関わらず、探知魔法では探れないのです。
「その様子だと、ここでは転移魔法陣も厳しいのかな」
「一度、ここで試してみますか」
シノさんの話が本当ならば、転移魔法陣は……。
「使えませんね」
「やっぱりですか」
予想通り、転移魔法陣は使えませんでした。
「シノの言う通り」
「ですね。使える場所は限られていると言っていましたからね」
シノさんは転移魔法を使えると言っていましたが、それはある特定の場所だけと言っていましたからね。
「仕方ない。エリアボスまでの辛抱」
「そこで使えなかったら困るけどね」
「行ってみない事にはわからないね」
「今回の目標でもありますし、頑張りましょう」
エリアボスの場所を目指す一番の目的は転移魔法陣を本当に使えるかどうかを確かめる為です。
その場所だけは転移魔法を使えたと言っていました。
ただし、エリアボスを倒した後に限るみたいですけど。
「スノーさん」
「うん。わかってる」
二階層目を暫く歩くと、前方からゴブリンが現れました。
変異種でもない、いたって普通のゴブリンに見えるゴブリンです。
ですが、ここはダンジョンで不思議な場所です。見た目は普通のゴブリンでも、もしかしたら強化されている可能性も否定できません。
もしかしたら、オーク並みの力を宿している可能性だって……。
「んー……なんか、拍子抜けだなぁ」
と思いましたが、スノーさんが一振りでゴブリンを倒してしまいました。
「でも、見てください」
「消えてく」
倒したゴブリンが光の粒となり、まるで砂が舞うように消えていきます。
「これもシノさんの言う通りだね」
「冒険者にとってうま味があまりないって意味がわかりますね」
魔物からとれる素材はギルドに持っていけば買い取ってもらえますが、ダンジョンで倒した魔物は今みたく消えてしまうと聞いていました。
「けど、何か落としましたよ?」
ですが、ゴブリンの亡骸があった場所には小さな石のような物が転がっています。
「なんだろう、これ」
「魔石ですね。 どうしてゴブリンなんかから……」
魔石は魔力の籠った石だから魔石と呼ばれます。
ゴブリンの亡骸から生まれた小石は微量ながら魔力を放っているのがわかりますので、間違いなく魔石ではありますが……。
「使い道はなさそう」
「沢山集まれば使い道はあるかもしれませんけどね」
「集める価値があればだけどね」
「他の素材の方が高く売れそうだね」
そうなんですよね。
これを集めるためにゴブリンを狩るかと聞かれると、正直時間の無駄となりそうです。
それだけ、小さく、保有されている魔力も少ないのです。
「けど、ゴブリンが魔石を落とすのなら、他の魔物も落とすって事だよね」
「その可能性はありますね」
「そうなると、強い魔物なら大きな魔石が手に入ったりするかもだね」
「少し楽しみ」
スライムは魔石を落とさなかったので、何とも言えませんけどね。
まぁ、スライムはゴブリンよりも脅威度が低い魔物ですし、それが関係しているかもしれませんけどね。
「それにしても……」
「単調ですね」
「退屈」
「せめて景色が少しでも変わってくれればいいのだけど……」
つくづく一人じゃなくて良かったと思います。
一階層目に続き、二階層目も同じ道、同じ風景がずーーーっと続いています。
もし、これが一人だったら飽きますし、凄く淋しいと思います。
「けど、ちょっとずつ魔物は増えてきたのかな」
「ゴブリンですけどね」
本来ならば、喜ばしい事ではないのでしょうが、今ばかりは魔物が襲ってくるのが少しうれしく思えます。
ただ、真っすぐの道を歩くよりはマシですからね。
「でも、もう少し手ごたえがあってもいいんじゃないかな?」
ですが、ゴブリンはゴブリンです。
三体程度現れたくらいでは、脅威には感じません。
「けど、どうしてゴブリンばっかり何だろうね」
「魔力濃度も関係しているのかもしれませんね」
「どういう事?」
「一階層目に比べ、ほんの少し……気にしなければ気付かないほどですが、魔力濃度が高くなっています」
「そうなんだ……それがどう関係するの?」
「魔物は魔素がないと生きられませんよね。なので、魔力濃度が薄い場所よりも濃い場所の方が住みやすいのだと思います」
そして、魔力濃度が濃い場所は魔物にとって住みやすい場所でもある筈ですので、そういった場所は人気で奪い合いになります。
「つまりは、縄張り争い敗れたって事かな?」
「その可能性もありますね」
単純に、ダンジョンの意志かもしれませんけどね。
それを知るためには奥に進むしかないのですけど。
「で、今度は扉なのね」
たまに現れるゴブリンを倒しながら進むと、ようやく次の階層に進むと思われる扉に行きつきました。
「ユアン、中の様子は?」
「……わかりません」
どうやらこの扉も普通の扉ではないみたいで、中の様子を探ろうとするもわかりませんでした。
「ま、開けてみればわかるでしょ」
「スノーさん、慎重にね?」
「大丈夫。ちょっと覗くだけだから……」
スノーさんが扉を押すと、扉は簡単に動きました。
むしろ、触れただけで扉が勝手に開くように音もなく静かに開いていきます。
「んー……ここがそうかな?」
扉の先は広く開けている場所になっていました。
「感心している場合じゃないよ!」
「けど……ゴブリンだし」
「そうですけど……」
「いっぱいいる」
うじゃうじゃって表現すればいいのでしょうか。
扉の先にはゴブリンが群れをなしていました。
そして、武器を手に戦闘態勢をとったまま、僕たちを待ち構えているのです。
ですが、不思議な事に……。
「襲ってきませんね」
「逆に不気味」
僕達の事を見ているのにも関わらず、僕たちの事を見ているだけで、近づいてきすらしないのです。
「案外すんなり通らせて貰えたりして……」
「そんな訳が……来ますよ!」
スノーさんが一歩広間の中に踏み出した瞬間でした。
ゴブリンが一斉に動き出したました!
「嘘でしょ!?」
「スノーの馬鹿」
「後でお説教だからね!」
「もぉ! そんな話は後にして、ゴブリンに集中してください!」
話している間にもゴブリンは迫ってきています!
動きは遅くても、数だけは沢山います。
「広場で囲まれると危険ですので、通路に誘い込みましょう!」
「わかった。先頭を抑えるから後ろから援護よろしくね」
安全に戦える状況をつくるのも大事な事なので、僕たちは一旦通路に戻り戦う事を選択しました。
が……。
僕たちが通路を出ると、扉が自然と閉まりました。
扉の向こうにはゴブリンが居る。
それがわかっているので、僕たちはいつでも迎撃できるように身構えたのですが。
「来ませんね」
そのままの状態で五分ほど経過しましたが、一向にゴブリンが出てくる気配はありません。
「もう一度、覗いてみる?」
「探知魔法で探れればいいのですが、それが無理なのでそれしかないですね」
どうなっているのかを知るためには、今はその方法しかありません。
「気をつけてね?」
「何かあったらすぐ動く」
「うん。それじゃ……覗くよ?」
スノーさんが扉に手を触れると、さっきと同じようにゆっくりと扉が開き、中の様子を伺う事が出来ましたが……。
「えー……」
「元に戻ってますね」
ゴブリン達は元の配置に戻っていました。
そして、さっきと同じように僕たちの事をジッと見つめているのです。
「先に進みたければ、中に入って戦えって事かな?」
「そういう事だと思います」
面倒な事になりました。
ゴブリンの群れを囲まれながら戦わないとどうやら先に進めないみたいです。
ダンジョンって本当に不思議で驚くことがいっぱいです。
序盤でこれですから、奥に進んだら一体どうなるのでしょうか?
それは兎も角、まずはゴブリンを倒して広間を制圧しなければですね。
幸いにも、中の様子は伺えますので、ゴブリンの群れとどうやって戦うべきなのかを話し合い、作戦を立てるのでした。
まずはチュートリアルみたいなものです。
何と、ダンジョンは新設設計でした……のかな?
作戦をたてれますが、強制戦闘イベント。場合によっては不利ですよね。
知恵と力を試されている訳です。どうなることやら……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。




