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とある日の夜の事

 「あーもう。失敗しちゃったじゃないか」

 「私に申されても……」


 これじゃ、僕の計画も破綻だよ。

 むしゃくしゃする。

 手元にあった灰皿を傍に控えていた、宰相に投げつける。

 石で出来た灰皿が砕け、宰相の頭から血が流れた。

 あー、少しすっきりした。


 「全く、無能が……それで、ルード帝国からの賠償は?」

 「それは……今後の話し合い次第かと」

 「ふ~ん、むしり取れる限りとってね」

 「最善は尽くします……」


 こっちも兵士を動かしたんだ、それくらいはあってもいいと思う。

 

 「もう行っていいよ。これ以上、君の顔を見ているともっとイライラしてくる」

 「はっ! 失礼致します」


 逃げるように天幕から宰相が出ていく。

 全く、予備の灰皿も置いて行かないで、本当に使えない。

 いっその事、今回の件で首にしようかな。

 じゃなくて、首だけになって貰おうかな。人材は他にもいる訳だし。

 魔族領で造られているという、煙草に火をつけ、煙を吹かす。

 あー、落ち着く。


 「どうぞこちらをお使いください」

 「おっと、君、いたんだ」

 「少し前から」


 気付けば、僕の傍にひょろひょろの、骨と皮だけの男が立っていた。

 深くローブを被り、その表情は見えない。

 その男は僕の前に灰皿を置き、こちらの様子を伺っているようだ。


 「気が利くね」

 「アルティカ共和国の一角の王にそう言って頂けると光栄ですね」


 ふん、言葉に気持ちが籠っていないね。

 まぁ、いいや。


 「で、今回の件、どう責任をとるの? 僕の国から、結構な額を投資した訳だけど」

 「責任ですか?」


 男がとぼけたように首を傾げる。

 その態度がすごーくイライラする。


 「これじゃ、僕に全く利益がないじゃないか。賠償だよ賠償。それなりじゃ、納得できないからねー」


 煙を男に吹きかけるも、その煙は男の前で拡散し、消えていく。

 

 「何も、失敗などしていないのに、賠償ですか? 些か横暴すぎますね」

 「どう見ても失敗じゃないか。あの変な魔物は直ぐに倒され、アルティカ共和国にもルード帝国にもほとんど大きな損害はなし。どう見ても失敗じゃないか!」


 もっと、各軍に被害が出ていれば良かったのに。

 そうすれば、もっと僕のやりやすように動けたし、今後の計画も全てパーだよ。


 「ここだけみればそうかもしれませんね」

 「は? 馬鹿にしてるの?」

 「そんな事はございません。今回は、全て目論見通りでしたから」


 嘘を見抜くのは得意なつもりだけど、男の言葉に嘘は感じられない。


 「ふ~ん。ちゃんと僕に利益があるんだよね? 場合によっては、今後の援助は打ち切るよ?」

 「はい。必ず目に見える形で成果をあげますので、それまでお待ちください」

 「わかった、楽しみにしてるよ」

 「では」


 男の身体がゆっくりと消えていく。

 胡散臭い。

 だけど、この繋がりは切るに切れない。

 後戻りできない所まで来てしまっているからね。

 彼らは僕を利用しているつもりだけど、僕も同じだよ。

 アルティカ共和国? 馬鹿馬鹿しい、王は一人で十分だよ。

 そして、その王は僕が相応しい、僕しかいらない。

 中央の王都は僕のものだ。

 




 ルード帝国とアルティカ共和国の間で、大規模な戦闘が行われた夜の事。

 誰も知らない場所で事件が起きていた。


 「誰?」


 豪華な装飾の施されたベッドの上で、少年が物音に気付き、上半身を起こす。

 月明りの差し込む、薄暗い部屋の中を少年は見渡すと、そこに一人の影が佇んでいるのが見えた。


 「…………!」


 影に気が付いた少年は、誰かを呼ぶために声をあげようとするが、それが出来なかった。

 まるで金縛りのように体が固まり、声をあげようとした口からはヒューヒューとか細い呼吸が洩れるばかり。

 少年は近づいてくる影から目が離せなかった。

 ゆっくりと静かに近づいてくる影から逃げようとするも、身体は動かない。

 近づいてくる影が月明りに照らされる。

 少年はその姿を見てしまった。

 悲鳴をあげようとするも、依然体は動かず、荒い呼吸が繰り返されるばかり。

 少年の額に大粒の汗が浮かび、目からは涙が零れた。

 少年が見たのはまるで骸骨のような人物だった。

 骨に皮が張り付いたような痩せこけた顔、目の周りは窪み、少年を見つめる瞳に色がなく、口は大きく裂け、歯茎が剥き出しになっており、鋭く尖った歯が、今にも少年に噛みつき、血肉を貪るのではないかと、他人からは見えるだろう。

 少年と骸骨や喰種グールを彷彿させる男が見つめあい、暫しの時が流れる。

 きっと、少年の中では永遠の時を過ごしていると感じられるほど、長く短い時間。

 そして、その静寂を破ったのは、少年をジッとみつめていた男だった。


 「これからお前は私達の傀儡となり、ルード帝国を撹乱するのだ」


 男がゆっくりと少年の頭に手を伸ばし、頭に触れる。

 その瞬間、少年の身体はビクビクと痙攣するように震え、気絶するように目が閉じ、その体がベッドへと横たわった。


 「後は、時を待つだけだ」


 そう一言、男は呟くと、少年が眠る部屋に人影は最初から何もなかったように消え去っていた。

 翌朝、少年は目覚めた。

 いつもの朝。普段と何も変わらない日常が始まりを告げる。

 だが、この時既に新たな物語は始まりを告げていた。

 誰も知らない所でひっそりと。

 今も少年の日常は続いている。

 これからのルード帝国を背負う一人である、第二皇子の身体が徐々に蝕まれていると、誰にも気づかないままに。





 「母上……戻りました」

 「うむ、ご苦労じゃったな!」


 国境での騒ぎから早いもので2週間が経過し、アンリがようやく戻ってきた。

 当然、まだ収拾はついてはおらぬが、終わりは見え始めている。

 

 「まぁ、茶でも飲め」

 「頂きます」

 

 アンリが私の正面に座り、ゆっくりと茶を啜り、深く息をついた。

 大分疲れているみたいじゃな。

 まぁ、何事も経験じゃ、やってみない事には成長はせぬからな。

 あー茶がうまいのぉ。


 「随分とご機嫌ですね」

 「そうかの? まぁ、そうかもしれぬな」

 「私の苦労もしらずに……」

 「知ってはいるぞ。大変じゃったな」

 

 報告書は随時届いていたからな、目は通してある。

 

 「思った以上に、皇女は使えたみたいじゃしな」

 「そうですね。話した時は不安しかありませんでしたが、案外まともでしたね」

 「じゃろうな。皇子……今はシノじゃったか、それとまではいかんだろうが、それなりに教育はされているじゃろうからな」


 にしても随分甘やかされてきたみたいじゃがな。

 まぁ、最低限は出来る、くらいじゃろう。


 「で?」

 「で、とは?」


 こいつも鈍いのぉ……。


 「当然、話す機会はあったのじゃろ?」

 「それなりにはありましたね」

 「うむ。今後の付き合いは上手くいきそうか?」


 アンリを残したのには意味がある。

 今後の事を考えると、今のうちに親睦を深めておくのが正解じゃろうからな。


 「それはわかりません。ただ、話した限りでは素直で優しい方だとは思いましたね」

 「それだけでは上手くいくとは思えんがな」

 「私もそう思います。ですが、だからこそ上手くいくのではないか、という思いもあります」


 長所は長所、短所は短所と区別して見極めれるのは大事じゃな。

 じゃが、私が聞きたいのはそんな話ではない。

 

 「で?」

 「で、とは?」


 鈍いのぉ……こやつはほんとに鈍いのぉ!


 「他にはないのか?」

 「報告書に纏めた限りですけど」

 「違うじゃろうが、他にもあったじゃろ?」

 「…………何も」


 露骨に顔を背けたな。


 「で?」

 「さっきから何ですか?」

 「どっちじゃ?」

 「何がですか!」

 「だから、どっちがいいのかと聞いておるのじゃ。まぁ、第一皇女エレンではないわな? エメリアか?」

 「…………」


 全く、わかりやすくて困った者じゃ。

 腹芸の一つでも覚えぬと、良からぬことを考える者に足元を掬われる。


 「それで、母上からも報告があるとお聞きしましたか?」

 「私の話はいいじゃろうが。で、どこがいいのじゃ? エメリアは綺麗と可愛いを兼ね備えておるからな……見た目か?」

 「そんなではありません! それに、エメリアは見た目もいいですが、性格が優れています。それより、ユアン殿たちの事です、どういう事ですか?」


 ふむふむ、性格に惹かれたのか。

 こやつは昔からエメリアみたいな女性に弱いからな。

 にしても、獣人と人間か……それに、相手はルード帝国を背負うであろう皇女、厳しい道を選ぶのぉ……。

 いや、確かルード帝国には第二皇子がいたか? それならもしかしたら……。


 「母上!」

 「うむ、聞いておるぞ? 領地の事じゃな」

 「はい、本当に良かったのですか?」

 「うむ、あれでいい」

 「しかし、あの場所は……」


 アンリが心配するのも仕方ないな。

 あそこに住む者はちっと変わっておるからな。


 「だからじゃよ。ユアン達じゃからこそ、上手く治める事が出来るじゃろう」

 

 まさに適任って訳じゃ。

 私ではあの場所をうまく活用する事は出来ん。


 「それに、何としてでもユアン達をフォクシアに留めておきたかったからな」

 「そうですね。黒天狐と白天狐の存在は大きいですからね」 

 「確かにそれもあるがな。あの者たちを一目見たくて、人は集まるかもな。じゃが、そんな小さな話はどうでもいい」

 「他にも意図があると?」

 「当然じゃ、でなければ領地なんて与える訳がなかろう」


 ユアン達を引き留めたいのであれば他の方法もあった。

 少なくとも住む場所を与えれば、そこに住んだであろうな。

 しかし、それだけでは足りん。


 「この先、まだ戦は起こる」

 「今回の事は序章でしかないという訳ですね」

 「そうじゃ、その為にも、フォクシアを守るためにも戦力は確保しておきたい」

 「確かに、シノ殿の力を借りれれば大きな力になりますね」

 「それもあるな」

 

 シノの使う魔法はアンジュ姉さまと同等の力がある。

 この世界でもトップクラスの力を秘めていると言っても過言ではないかもしれぬな。


 「そう考えれば、あの選択は間違いではないのですね」

 「そうじゃな、何よりもユアンを引き留めておけるのが大きいな」

 「そうですね、ユアン殿は貴重な回復魔法の使い手、それに補助魔法も豊富ですからね」

 「だけじゃないぞ? アンリは根本的な勘違いをしておるな」

 「……どういうことですか?」


 怪訝そうな顔をしておるな。

 まぁ、無理はない。アンリは白天狐……ユーリの事を知らぬからな。


 「少し質問をするぞ?」

 「はい」

 「そうじゃな……私を冒険者ランクで表すとすると、アンリはどう見る?」

 「母上ですか……Bランク……獣化をした時はAランクくらいでしょうか?」

 「妥当じゃな」


 私は所詮その程度。

 Aランクとなればそれなりに凄いじゃろうが、努力とほんの少しの才能があれば、そこには到達できる者も少なくはない。


 「シノはどうみる?」

 「正直、わかりません。母上よりは上だと思いますが、Sランク冒険者という存在がどれほどの強さを誇るのかが未知数です」

 「私もじゃ。じゃが、アンジュ姉様は冒険者ランクで表すとSランクだと言われていたな」


 一人で一国を落とせるとも、古代龍エンシェントドラゴンと対等に渡り合える実力とも言われていたな。

 

 「それほどの実力とは……」

 「尤も、古代龍エンシェントドラゴンなんぞ、文献やおとぎ話でしか登場しないような存在だから参考にはならんがな」


 昔、遥か昔には存在していたとは聞くが、本当かどうかは怪しいからな。


 「で、だ。アンリはユアンの事をどう見る?」

 「ユアン殿ですか……攻撃魔法が苦手なようなので、そこを考慮するとBランク……仲間次第でAランクといった所でしょうか?」


 まぁ、攻撃に直接参加できないというのはシノに比べ見劣りするのは仕方ない。妥当といえば妥当な評価じゃな。

 じゃが、本当にそうなのか?

 

 「一つ、アンジュ姉様が常に私に語っていた事をアンリにも教えてやろう」

 「それは、白天狐様である、ユーリ様の事ですか?」

 「察しが良いな。その通りじゃ。アンジュ姉様はユーリの事を好いておった。それもあるかもしれぬが、アンジュ姉様は私にこう言っていた……ユーリだけには魔法では一生勝てる気がしない、とな」

 「ユーリ様はそれほど……」

 「わからぬ。私はユーリが魔法を使う所はほとんど見た事はないからな。じゃが、人一倍プライドの高いアンジュ姉様が言うくらいじゃ……それほどなんだろう」

 「となると……ユアン殿も?」


 そうなるな。

 ユアンはユーリが使う魔法を引き継いでいるようじゃ、本人はまだ全てを使いこなせてはおらぬが、その可能性を秘めている事になる。


 「だから、ユアンは手放せぬのじゃ。今後の事を見据えるとな」

 「納得しました」

 「それに、ユアンは可愛いじゃろ? 本当にすまぬな、ユアンを嫁に引き取れなくて……あぁ、お主にはエメリアがおったな。なら、問題はないか」

 「だから、どうしてそうなるのですか! 確かに、エメリアは女性としての魅力はありますが、今はそういった関係ではありませんから」


 今は、な?

 アンリの奴、自分で言って墓穴を掘っている事に気付いておらぬようじゃな。

 まぁ、その辺りは私の育て方が悪かったかな? もっと、恋愛の方も経験させておくべきじゃったな。


 「ともかく、理由はわかりましたので手続きを進めていいのですね?」

 「あぁ、構わぬ。くれぐれもユアン達を逃さぬようにな?」

 「外堀を埋めて、逃さぬように気をつけます」


 そうじゃ、それでいい。

 そうやってやり方を覚えていけばいいのじゃ……ま、アンリはまだ私の真の目的はわかっていないみたいじゃがな。

 尤も、こればかりは教えるつもりはないがな。


 「そうそう……アンリにはこれを渡しておこう」

 「これは、通信の魔法道具マジックアイテム……?」

 「そうじゃ、欲しいか?」

 「頂けるのなら?」


 どっちでもいいといった感じじゃな。

 どれ、もう一押ししてやろうかの。


 「なんじゃ、繋がる相手はエメリアだというのに、アンリはいらぬのか」

 「べ、別にいらないとは言っていませんよ!」

 「明確に欲しいとも言っておらぬよな?」


 ふふふっ、可愛い奴め。

 どうしていいのか、困っておるな。


 「どうする、どうする? 要らぬのなら、これは私が預かっておくが?」

 「…………欲しいです」

 「くくっ、そうかそうか! ほれ、大事に使え」


 アンリは魔法道具マジックアイテムだと言ったが、実はこれは珍しい古代魔法道具アーティファクトだったりする。

 音声だけではなく、鏡に相手の姿が映す事が出来る代物じゃ。

 使ってみて、慌てるアンリの姿が目に浮かぶのぉ!


 「ありがとうございます」

 「うむ!」


 冷静を装っているが、内心かなり喜んでいるな。私の目は誤魔化せぬぞ?


 「何ですか?」

 「何でもないぞ?」


 いかんいかん、ついにやけてしまったな。

 流石にこれ以上アンリをからかうと怒るやもしれんな。

 

 「ま、政務に支障をきたさぬ程度にな?」

 「わかっております、今後、両国の友好関係を築けるように励みます」

 「うむ、変な事はするなよ?」

 「はい? 気をつけます」


 ま、古代魔法道具アーティファクトとは知らぬしな。

 使い方がわかった今後に期待するとしようかの?

 にしてもいい日じゃ。

 ユアン達の手続きも進み、アンリの面白い姿も見られた。

 今日は久々に晩酌でもしようかの?

 一人で晩酌するのも寂しいが、それももう少しの辛抱じゃろう。

 その為にもアンリには成長して貰わぬといかぬな……私の目的にも為にも。

これにて、国境迎撃編は終わりとなります。

お付き合い頂きありがとうございました。

自分の中でようやく一区切りつけた事に内心ホッとしています。


次章からは日常回が多くなると思いますので、ようやくほのぼのした話が書ける……かもです?

色々起きますけどね!


いつもお読みいただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。


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