補助魔法使い、天狐様の話を聞く
「お布団気持ちいー……」
「ユアン、寝ちゃダメ」
「わかってますよぉ……ふわぁ~」
欠伸が出たのは眠いからではありませんよ?あれです、あれ……兎に角、眠い訳ではないです。
お風呂に入り、お腹が膨れ、ベッドの優しさに包まれながら、暫く待っていると部屋がノックされます。
「失礼いたします。祖母を連れて参りました」
「は、はい! お入りください」
意識が急にはっきりしました。
いえ、微睡んでいたとか、瞼が落ちていたとかではないですよ。きっと考え事してたのですから。寸前に考えていた事を忘れる事ってありますよね。僕にちょっと記憶がないのはきっとそのせいですから。
念のためにフードは深く被っておいたほうがいいですよね。おばあさんがどんな反応するのかは僕にはわかりませんので。
ドアが開かれると、杖を突きながらゆっくりと歩くおばあさんとお姉さんが入ってきました。
お姉さんはテーブルに飲み物と果実を置き、おばあさんを椅子に座らせます。
「お客様の部屋ですが、椅子を使わせて頂くことをお許しください。見ての通り、足を悪くしておりますので」
「大丈夫ですよ。えっと、そちらの方が、黒天狐の事を知っているおばあさんですか?」
「お嬢ちゃん、今、黒天狐と言ったかい?」
「えっと、はい。そう言いました」
おばあさんはとても老人とは思えないハッキリとした口調で僕に訪ねた。
「黒天狐様を黒天狐と呼ぶ、その意味がわかって言っているのかい?」
「え、いえ。どういう意味でしょうか?」
おばあさんの目つきが鋭くなる。どうやら、おばあさんにとって黒天狐とは特別であるような感じです。
「ユアンを威圧するな」
おばあさんの視線にシアさんが静かに、そして強い口調で返します。
一触即発の雰囲気が漂いました。僕は二人を交互に見る事しかできません。きっと、僕が失礼な事を言ってしまったからおばあさんは怒ったのですから。おばあさんを責める事はできませんよね。
「ちょ、ちょっと! 待って、待ってください!」
険悪なムードになりかけた時、お姉さんが二人を仲裁に入ります。中々の度胸ですね。
「誤解ですから!」
「タキ、お前が黒天狐様のお話をして欲しいというから来たのだけど、誤解ってどういう事だい? 場合によっては孫のお前でも許せぬ事があるぞ?」
「だから、誤解だってば!……お客様、申し訳ありませんが、フードをとっていただけますでしょうか?」
お姉さんの名前はタキと言うようです。
おばあさんの圧にタキさんが晒されるのは可哀そうなので、僕はゆっくりとフードを外します。
「こ、黒天狐様!」
フードを外した僕の姿をみると、おばあさんは椅子から転げ落ちるように跪いた。
「お、おばあさん! 顔をあげてください、それこそ誤解ですから!」
「あ、あのあのあのー……」
その光景にタキさんも動揺してオロオロしています。僕も混乱しそうです!
二人をどうにか落ち着かせつつ、おばあさんに椅子に座ってもらいます。
僕も正直驚きました。落ち着くために、テーブルの飲み物を一口頂くことにしました。
冷えた果実水がとても美味しいです。
「黒天狐様がお飲み物を……」
それを見たおばあさんがありがたやと拝むように手を擦り合わせています。正直やりづらいですね。
「お客様、いえ、黒天狐様。申し訳ございません。私が祖母を驚かせようとしたばかりに」
「いえ、特に気にするような事ではありませんよ……少し驚きましたけど」
本当はかなり驚きましたけどね。
それに比べて、シアさんはおばあさんが跪いた辺りから落ち着き、むしろ誇らしげにしてます。その余裕ちょっと、ずるいです。
「それで、おばあさんは、黒天狐……様について知っているとの事で来ていただいたのですが……」
「はい。儂が若いころに一度お会いしたことがあります」
「それで、とても言いにくい事ですが、僕が黒天狐というのは勘違いだと思います。僕は忌み子と言われ育ってきましたので。それと、僕はユアンと言いますので、そう呼んで頂けると助かります」
黒天狐様と呼ばれても困りますからね。早めに訂正しないと勘違いがますます進みそうですから。
「わかりました、ユアン様はもしかして帝都の方で育ったのではありませぬか?」
「はい、その通りです」
「やはり……。それは、帝都が広めた偽りが原因でございます」
「偽り、ですか?」
「はい。少し長くなりますが、お許しください……。
ユアン様が生まれる前、黒天狐様と白天狐様の二人の女性がこの地に居られたのです。黒天狐様は闇魔法で魔物を狩り、白天狐様は光魔法で人々を癒し、お二人とも数多くの人々の命を救いました。
儂も……いや、この村に住む年寄りは皆、お二人に命を救われた者たちばかりです。
当時、儂らの村はここまで発展しておらず、日々魔物に怯え、それでも戦わなければ生き残れない村でございました。そんなある日、お二人は村に迫った魔物を屠り、その時に傷ついた者たちを癒してくださったのです。
お二人は直ぐにこの地を去りましたが、その感謝の心は未だ忘れず、次の子らに話として受け継いでおります。今の儂らが居なければこの子らは生まれておりませぬからな」
おばあさんの言葉にタキさんも頷く。
「しかし、そのお二人を面白く思わない存在もおったのです。
当時、見返りを求めず、数多くの人々を救うお二人は民衆より莫大な支持を受けておりました。その事に、当時の王とアーレン教会が危機感を覚えたのが始まりでございます。
それは、獣人であるお二人を民衆が英雄と聖女と崇めたのがきっかけでございました。
王としては、国を守る象徴が獣人である事、教会としては癒しの象徴であるべき聖女が獣人である事を問題視したのです。
勿論、我ら民にとっては実際に守っていただける方々こそが英雄であります。しかし、国や教会にとっては邪魔でしかなかったのでしょう。
ですが、お二人の力はとても大きく、強かった。
だから、王と教会は別の手段を用いたのです」
それは、王自らが制定した一つの法令。
黒天狐及び白天狐の信仰を禁止することでした。
一つ 二人を崇めてはならない
一つ 二人に協力を求めてはならない
一つ 二人に物を売ったり、与えてはならない
一つ それを破った者は即処刑
一つ 異議を唱えた者も即処刑
これ以上、天狐二人がこの地で活動できないようにしたみたいです。
それでも、数多くの反発は各地からあったらしいです。
しかし、王は法令に基づき各村の代表者の処刑を行った。
そして、同時に教会は天狐様二人の黒い噂を流し始めた。
魔物の襲撃は全て二人が仕組み、そこに駆けつけたのも自作自演だった事。
黒天狐の闇魔法は魔物だけではなく、自然を破壊し、余波で人々の命を同時に奪う事。
白天狐の回復魔法は副作用があり、後日亡くなる者が後を絶たないとの事。
当然、実際に救われた村は信じなかった。
しかし、帝都は違ったようです。
天狐様達は帝都に姿を見せた事はなく、二人の事を知っている人は少なかったようです。そのせいで、帝都ではその噂が広がり定着してしまったようです。
そういった動きがあった事が原因か、二人の姿を見るものはいつしか居なくなった。
今では、その法令は撤廃されたようですが、黒髪の獣人は黒天狐の血を引き継ぐ者として、歪曲した結果……人との間に生まれた忌み子と言われるようになったようです。
僕は知りませんでしたが、白い髪の獣人も白天狐の血を引き継ぐ者として、僕と同じ扱いを受けていたようです。理由はアルビノ……劣等種と言っていましたが、僕にはよくわかりませんでした。
「我らは、今でも黒天狐様と白天狐様に感謝しております。帝都付近では未だに黒髪や白髪の獣人は酷い扱いを受けていますが、帝都から離れれば離れるほど、その扱いは軽くなっていくでしょう。ただし、国境付近を除いてでございます。あそこには帝都の者が多くおりますので」
国を動かし法令を出させる程、天狐様二人はこの地で活躍したようです。
その結果、忌み子と言われる存在を作りあげてしまったようです。
ですが、その話が僕に繋がるのであれば、疑問が浮かび上がってきます。
「僕は……孤児院で育ちました。では、忌み子の象徴とも言える、この黒い髪は誰から受け継いだのでしょう……?」
「それは、黒天狐様でしょう」
「ですが、その相手は……?」
「それは……」
もしかして、人間なのでしょうか?
でも、それだと辻褄が合わないのです。
「それに、中級回復魔法!」
部屋の中に温かい光が広がる。自身を含め、周囲の人を回復できる範囲魔法です。
「これは……白天狐様の魔法じゃ!」
回復魔法をかけると、おばあさんは立ち上がり、歩き始めた。しかも、杖を使わずにです。
「古傷が……治っておる。動きますぞ!」
「私も、包丁で切った傷の痛みが引いて、傷も癒えてます……」
古傷が治ったからか、それとも僕の魔法に懐かしさを感じたからなのかわかりませんが、おばあさんは涙を流して喜んでいます。
一方、タキさんは不思議そうに指を見つめていました。
「効果があって良かったです。それで……僕は回復魔法を含め、補助魔法を得意としています。
おばあさんから聞いた話が本当で、僕が本当に黒天狐だとすると、少しおかしいと思います。
髪は黒天狐様ですが、魔法の性質は白天狐様を引き継いでいるからです」
そうすると辻褄が合いません。
黒天狐様が親ならば、闇魔法を引き継ぎ黒い髪。白天狐様が親ならば回復魔法を引き継ぎ白い髪になる筈です。
ですが、僕は両方の力を引き継いでいます。おばあさんに伝えませんが、闇魔法も使えるので、二人の性質を引き継いでいることになりますけど。
性質だけ見れば二人が親である可能性がありますが、同時に別の問題が浮上するのです。
「だって、二人は女性だったんですよね?」
僕でも知っていますよ。子供は男女の間に生まれるという事くらい。
そうすると、見た目の特徴は黒天狐様なのに、魔力の性質は白天狐様ということになります……訳がわかりません。
「白天狐様と人間が結ばれた可能性は?」
確かに、その可能性はありました!
黒髪という事で、すっかり黒天狐様の見た目の特徴だと思い込んでいたようです!
それならば、可能性としてはありえますからね。
僕は納得しかけましたが、おばあさんは違ったようです。
「ユアン様、失礼ですが……髪をあげて頂けますか?」
「こう、ですか?」
「ユアン様のお供の方が仰る可能性も違うようですな……」
おばあさんは首を小さく振りました。どうしてでしょう?
「人間と獣人の間に子が出来ることは珍しいですが、ありえます。その特徴として黒髪の他にもう一つ特徴があるのです」
「他にも特徴ですか?」
忌み子の特徴として黒髪をよく言われますが、他にもあったようです。忌み子の前例が少ないらしいので、黒髪が印象として残っていたのかもしれませんね。
「……耳」
「耳?」
シアさんは理解したようで、小さく呟きました。僕は狐耳を触ります……何処か変なのでしょうか?
「違う、人の耳」
「そうです、人間と獣人の間に生まれた子は両方の耳を持ち生まれると言われております、いや、生まれるのです」
そんな特徴があるのは知りませんでした……僕には人間の耳はありません。つまりは……純粋な獣人?
なら、一体誰の、どうやって、何故孤児院に?
僕はわからない事だらけで、思わずその特徴の真実が本当かおばあさんに尋ねてしまいました。
「儂は、無駄に長く生きております。だから、知らなくてもいいような事も知ってしまうのです」
「知らなくてもいい事?」
「はい……。恥ずかしい話ですが、天狐様達の姿が見えなくなってから暫くすると、獣人を嫁に、婿に迎える者が一時期増えたのです。当然結ばれれば二人の間に子はいつか、宿る事でしょう。それが、不幸に繋がる事を知ってか知らずか。儂はその時の子を見た事がありますから……」
おばあさんは辛そうに話してくれました。
その子がどうなったかまでは話してくれませんでしたが、僕は僕以外の忌み子と呼ばれる存在を知りません。
しかし、この地で忌み子が生まれていた事実があるとすると、その子達は何処に行ったのでしょうか。
おばあさんが言う、知らなくてもいい事、はこれも含まれているかもしれません。なので、僕はそれ以上は聞けませんでした。
「そうすると、僕はおばあさんの言う黒天狐様と関係は薄くなりそうですね」
「いや…………可能性はあるのです」
「え?」
「ユアン様は魔物が生まれる原因を知っておられますかな?」
「魔物ですか?」
「はい、普通は交配により生まれる事が確認されておりますが、他にも方法があると言われております」
他の方法……僕は聞いたことはありませんでした、そもそも魔物が生まれる原因など考えた事すらありませんでしたからね。
人がそこに居るように、動物も魔物もそこに居る。それが当たり前でしたので。
「魔力溜まり」
シアさんが呟きます。
確か、魔力の元、魔法を操るための魔素が世界に充満していて、その魔素が集まった場所でしたっけ?
「魔力溜まりから、魔物は生まれたと聞いたことがあります。ですが、そこから生まれるのは魔物だけですかな?」
「そこから……僕が生まれた?」
「あくまで可能性ですぞ。しかし、二人の特徴を受け継いでいる以上、可能性はなくはないと思いますがな。何せ天狐様達は不可能を可能にすると言われておりましたから」
そう説明されるも、実感は出来ません。僕が忌み子ではなく、獣人であり、かつてこの地の英雄と言われた天狐様達の子供? みたいな存在。
そう言われても、納得できませんよね。僕の存在を証明できる手段がありませんから。
それに、それを知ったからと言って、僕の目的は変わる訳ではありませんからね。いつか家を購入してのんびりと暮らす。それは、譲れません。
あと、僕は孤児院で育ちましたし、僕の親は人間ですが、孤児院の院長先生だけですからね。
おばあさんのお話は、僕にとって貴重なものでした。僕の存在、僕の両親、孤児院に預けられた理由。何一つ解決していませんけどね。
いつもお読み頂きありがとうございます。
矛盾点など説明不足などあるかもしれませんが、その時は報告貰えると助かります!
割と勢いで書いている部分もありますので……。
今後もよろしくお願いします!




