弓月の刻、逃走する
今日こそ魔の森を進み、封印された魔物の痕跡を探す為に奥へと進む予定です。
その前に、どうにかしなければいけない問題があるのですがね。
「見つかった時は、キアラちゃんにお願いをするとして、出来る限り見つからずに奥へと進みましょう」
出来る限り蜘蛛には近づきたくないですからね、慎重に進むのが大事です。
と思いつつも、ハッキリ言いますが、封印された魔物が何処に居るのかは見当はついていません。
だって、この3日間、森蜘蛛から逃げ回っていただけですからね。
「今の所は大丈夫そうですね」
「うん」
「けど、あいつら何処から現れるかわからないし……」
「そうですね。森の捕食者ですから獲物を見つけて、こっそりと忍び寄るのは上手ですよね」
キアラちゃんの言う通り、厄介なのは音もなく忍び寄ってきて、気づいたら近くまで寄られているのです。
龍人族の街から出てしまえば、探知魔法は有効なので近づいてくればわかるので、僕たちは問題ありませんが、普通の冒険者は大変だと思います。
恐らくですが、防御魔法もないでしょうしね。何せ、僕のオリジナル魔法みたいなものですから。
会話をしながらも、僕たちは森の奥へと向かい移動をします。尤も、僕たちが向かっている先が森の入り口から反対方向に向かっているだけなので、向かっている先が森の奥とは限りませんけどね。
ですが、僕たちが歩みを進めると、次第に森の雰囲気が変わっていくのがわかります。
「この辺は蜘蛛の巣が多く感じますね」
「うん」
「キアラちゃん、怖い事を言わないでくださいよ……」
「すみません。ですが、それだけ蜘蛛が多いという事は事実だと思います」
「それって、森蜘蛛と関係するの?」
「そこまではわからないです」
魔物と動物は違います。
それと同じで森蜘蛛と蜘蛛も違うと思います。というよりも、無関係であって欲しいです!
「ユアン。怖い?」
「怖いです」
蜘蛛の事を考えると、正直怖いです。みたらもっと怖いです。
気持ち悪いではなく、怖いって所をわかってくださいね?
見栄や嘘をついても仕方ないので、僕はそれを正直にシアさんに伝えます。
「わかった」
「わっ!」
すると、僕は突然シアさんに抱きかかえられました。
しかも、向かい合い、抱っこされる形でです!
「ユアンさん、子供みたいですね」
「ふふっ、ほんとだ」
し、失礼な!
いくら、背が小さくてぺったんこだからといっても、ちゃんと成人しています!
「よしよし」
「もぉー、降ろしてくださいよ!」
「その割にしっかりしがみついてる」
むむむっ。
別にそんな事はないです。シアさんがぎゅっとしてくるからそう感じるだけです。
「まぁ、ユアンが怖くなくなるならそれでいいんじゃない?」
「スノーさんは大丈夫なのですか?」
「嫌には嫌だけど、自分より怖がっている人がいると何故か平気な気がしてくるからね」
スノーさんの裏切り者……。
「こっちの方が進むの早い。このまま行く」
「そうですね。ユアンさんは防御魔法を張ってくれていますので、私達も安全に進めますしね。怖がっていてもです」
うー……キアラちゃんまで茶化してきます!
「それに、探知魔法でユアンが森蜘蛛が近づいたら教えてくれるしね」
そ、そうですよね。
僕はシアさんに抱っこされて移動していますが、ちゃんと防御魔法を張って守っていますし、探知魔法を使って魔物の接近にも気づけています。
ほら、僕たちのすぐ後ろに魔物の反応があるのだって直ぐに……。
いつから?
「あ……」
僕はシアさんの服をぎゅっと掴み、顔をシアさんの体に押し付け目を瞑ります。
見てはいけない、見たくないものを見てしまいました……。
「ユアン。どうしたの?」
「う、うしろ……」
僕は顔を上げず、指をさし、魔物の接近を知らせます。
「後ろ?……ひっ!」
僕の指さした方向をスノーさんが見たのでしょうか、可愛い悲鳴が聞こえました。
「な、なんでですか? どうやってユアンさんの探知魔法を潜り抜けて……」
「ち、違います!」
「違うって何があったのですか!?」
ザリザリと地面が削れる音が聞こえます。恐らく、ゆっくりと魔物が近づいて来ているのだと思います。
それとも、防御魔法を突破できないとわかっていながらも、飛び掛かる動作に入っているのかもしれません。
こんな状況に陥らせてしまった原因は僕にあります。
なので、素直に謝る為にも僕は真実を包み隠さずに伝えました。
「うー……シアさんに抱きかかえられて、安心して、油断しました……すみません」
完全に気の緩みです!
だって、シアさん暖かいですし、優しく包んでくれますし、安心する匂いをしていますからね!
これだと、シアさんが悪いように聞こえてしまいますが、シアさんは優しいだけで何も悪くありません。
「嬉しい。ユアンは悪くない。平気。だから、もっと安心する」
シアさんはさらにぎゅっと僕を抱きしめ、僕に頬ずりしてくれます。
「モフモフして気持ちよさそう」
「羨ましいです」
僕とシアさんを見てスノーさんとキアラちゃんがこんな事を言っていますが、それどころじゃありません!
「そうだったね。とりあえず、陣形を整えようか。キアラ、よろしくね!」
「わかりました!」
陣形?
なんの陣形でしょうか。
「シア、お邪魔するね」
「むぎゅぅ……」
「…………ほんと、邪魔」
今度は背中から圧が加わりました。
声の様子からするに、スノーさんが僕の背中にくっついた……というより僕を挟みながら、シアさんをモフモフしているようです。
「これなら、ユアンの尻尾とシアの耳を堪能できる……ふふふ……」
「ど、どういう状況なのですか!?」
「予定通り」
予定通りと言われても、状況を全く把握できません!
「では、頑張りま……あ、ユアンさん付与魔法をお願いします!」
「この状況でですか!?」
前後挟まれ、僕にはキアラちゃんの姿は見えていません!
「は、はやくお願いします!」
「わ、わかりました。シアさん少し離してください! いえ、降ろさなくていいですので、そのままで顔だけ上げれれば……きゃー!」
出来るだけ見ないように心がけていたのに、思い切り見てしまいました! 目が合ってしまいました!
体長3メートルくらいありそうな、ぷっくらとした蜘蛛の姿を!
「ユアン。暴れない」
「ユアンの尻尾が揺れてる……いい」
「ユアンさん、早くお願いします!」
すっちゃかめっちゃかになってしまいました!
えっと、とりあえずキアラちゃんに付与魔法ですね!
「付与魔法【爆】」
「ユアン。それ違う。飛び散る奴」
「あ……キアラちゃん、ストップです!」
目の前の魔物をどうにかしたい一心で掛けた付与魔法でしたが、僕はシアさんに指摘され間違いに気付きました。
付与魔法【爆】は爆発を起こす効果があります。
堅牢な扉などに使用し、無理やり扉を破壊しこじ開ける時に使うようにしている魔法です。
もちろん、生き物相手に使えない訳ではありませんが、その性質上、あまり使うのは好ましくないのです。
なので、僕はキアラちゃんを必死に止めようとするのですが。
「ありがとうございます!」
一足遅かったです。
キアラちゃんの弓より放たれた矢が森蜘蛛に向かい飛んでいき、狙ったように頭部へと突き刺さり……ボンっ!
何かが弾ける音が僕の耳に聞こえました。
「うぇ……」
だ、誰の声でしょうか!?
見てはいけないものをみて気持ち悪そうにしている声が聞こえました!
「倒した」
「本当?」
「僕は見ませんからね!」
倒したとはいえ、蜘蛛は蜘蛛ですし、今起きている光景を考えるととても見る事はできません!
「ゆ、ユアンさん!」
「今度は何ですか!?」
キアラちゃんが慌てた声で僕を呼びます!
「何かいっぱい動いて……うぇ……」
さっきの嗚咽はキアラちゃんだったみたいですね。
「シアさんは平気ですか?」
「平気」
「状況を教えてください!」
この状況でもシアさんは平気みたいなので、シアさんに僕の目となってもらいます。
「森蜘蛛倒した。背中に子蜘蛛がいた。うじゃうじゃ……防御魔法に向かって来てる」
シアさんの言葉に僕とスノーさんが固まります。
僕とシアさんのモフモフでカバー出来ないほど、スノーさんにもダメージがあるみたいです!
「て、撤退です!」
「わかった。このまま奥に向かう」
「ち、違います。帰ります! 僕、もうお家に帰ります!」
もう、こんな森は沢山です!
旅ですか? もうひっそりとトレンティアの洞窟で引き籠れればいいです!
「だめ。私が連れてく。キアラはスノー引っ張る」
ですが、シアさんが僕を下ろしてくれません! 無理に降りようとしても力ではシアさんに敵いません!
「わかりました……スノーさん、シアさん達に遅れずにいきますよ!」
「え、あ……帰るのね! 手、繋いでくれる?」
「わかりましたから! 早くいきますよ!」
キアラちゃんがスノーさんの手をとったみたいですね。
「キアラ、こっち」
「わかりました!」
「そっちってどっちですか!?」
「……勘。今はこの場から離れる事が先決」
うぅ……とりあえず、この場から離れられるなら何でもいいです。
「キアラ、速度は合わせる。けど、緩めない」
「スノーさんが重いのでお手柔らかにお願いします!」
「別に重くないし! それより、帰りはこっちでいいの?」
スノーさんも状況がわかっていないみたいです。
当然、僕もよくわかりません!
僕たちはシアさんの勘に全てを任せ、森の奥へと子蜘蛛から逃げるために進むのでした
子蜘蛛からの逃走でした。
内容がすっちゃかめっちゃかなのはユアンが混乱しすぎているからですね。
正常ならもっと戦えたはずです……。まぁ、森蜘蛛はCランクですので、付与魔法を貰ったキアラなら余裕でしょう。一応、みんなBランクまで上がってますからね!
それより、強そうで脆い弓月の刻を見てもらえればと思います。
まだまだ、成長の余地はありますからね!
いつもお読みいただきありがとうございます。
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年号が変わりましたが、引き続き変わらずに続けたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。




