夢3
これは夢だ。どこかで僕はそうわかっていた。
なんてったって、これで三度目だからだ。
今回も、僕がランニングコースの終わりの坂の下であの赤いコーンを見つけるところがスタートらしい。
工事現場で見られるような、ありふれた、白い縞模様の赤いコーン。この薄暗い坂で、離れたところからでもそのコーンは目立っていた。
赤く、明滅していたからだ。
学校においてあるようなものではなく、まさしく工事現場においてあるような、赤く点滅するコーンだ。
あたりを見渡してみても、同じタイプのコーンは見当たらない。誰が、何のためにこんなところにコーンを置いたのか。そして、何のために僕を転移させるのか。
僕はどうやら、毎度夢の最後に行き着くあのシーンを回避するためにこんなことをさせられているらしかった。あのシーン……踏切だろうか? あの耳障りなカンカンという音はどうも遮断機が出す警告音のように思える。
それに、あの喪失感。僕は大量に血を流していた。体の感覚もおかしかった。
そこまで考えて、僕は分かった。
僕は電車に轢かれて、はね飛ばされたのだ。はね飛ばされ、遮断機にたたきつけられ、勢いを失った僕はそこで落下した。
僕がいつも使う最寄りの駅の、すぐ横にある踏切だろう。
もうすぐしたら、僕は電車に轢かれて死ぬのだ。なぜかは分からない。だけど、それを回避するために、夢の中でこんなことをさせられているのだろう。夢の曖昧な感覚の中で、僕はそれを悟った。そして僕がやるべきことも。
しかし、いったいなんだってこんなことに……。この赤く点滅するコーンが最初にあるというのも気になる。よく夢には現実で一度見たものが出てくるっていうけど、現実で、僕はこんなシーンに出くわしたことはなかったはずだ……。
僕は静かに明滅を続けるコーンに語り掛ける。きみが僕を飛ばしているのかい?
コーンに尋ねても、答えが返ってくるはずもない。ただ、そのコーンの明滅は、心臓の鼓動を思わせた。ふと、この赤いコーンが生きているような感覚に襲われた。
中に光源が入っているのか、一定の周期で淡い光が発せられる。コーンの赤色を透けて漏れ出すから、赤い光なのだ。
そこで、前回よりもさらに光が弱くなっているのに気が付いた。どうしてすぐに気付かなかったんだろう。今にも消えそうだ。点滅の感覚も、遅くなっている。
これで最後だと、なぜか確信が持てた。
僕は迷わずコーンに触れた。
次の瞬間、僕はあの歩道に立っていた。コーンを触った姿勢のまま、赤く光る自転車の反射板をつかんでいる。
歩みを止めた母さんが、僕の方を振り返る。僕はその顔を見てしまう前に、駆けだそうとした。だけど、思い直してちゃんと確かめておく。
大丈夫、ここも前回と変わっていない。こぶしを強く握りしめる。
『わあ、それ俺の!』
『こら! そんな汚い言葉を――』
二人の言葉が背後で響いた。
最近はすっかり忘れていた、いや、意識しないように済んでいた昔の記憶が次々と溢れてくる。
『おい、俺の酒はどこだ!』
『通帳もってこい! ここに全部出せ!』
『カケルを見張っとくのはお前の――』
やめてくれ。
『あなたのせいで、私がどれだけ……!』
やめてください! いい子にするから、迷惑かけないから!
もう、……なんて、使わないから。
僕は泣きそうになりながら、走り続けた。いつまで経っても、どれだけ離れても二人の声は僕の頭の中で乱反射し続け、恐怖で足がもつれた。
走れ、走れ……!
地獄のような時間はすぐに終わりを告げた。視界にちらりと映った赤い点滅と、左の脇腹に、鈍い痛み。