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転移の夢  作者: 御法 度
7/12

夢2


 転移先でも、僕は脇腹にものすごいダメージを受けた直後だった。息が詰まって、とっさのことで右側に跳んで、そいつから逃げる。


 そいつ?


 僕はさっきまで、走っていた。だけど急に現れたスナックの看板にぶつかって……縁を電飾が囲んだ看板にしたたか脇腹をぶつけて、いたはずだった。


 しかし、今はどうだろう。


 僕は目の前の警備員をにらみつける。奴はさっき僕の脇腹を赤く点滅する誘導棒で殴りつけたのだ。今もそれをぶんぶん振り回して、わけのわからぬことを呟いている。目の焦点は合っていない。


 僕は高校の通学路を普段通りに歩いていた。もうあたりは暗い。こんなに遅くなったのは、部活か何かだろうか? そうか、夢の中では部活でもやっているのかもしれない。こんな遅くまで、熱心なことだ。


 そして僕は、あるビルの地下駐車場の入り口を通りかかったとき、急にその警備員に襲われたのだ。見た瞬間から嫌な感じはしていた。猫背で、誘導棒を持った手をだらんと下げ、おまけに暗い表情で何かをぶつぶつ呟いている。


 注意していたはずなのに、駐車場に入ってこようとした車に注意を取られた一瞬に、僕は襲い掛かられたらしい。


 理由は分からない。夢に理由なんてないからな。


 とにかく僕は、あばらが折れるかと思うほどの初撃をその男から受けて、未だその脅威にさらされていたのだ。男はにたにた笑いながらじりじりと距離を詰めてくる。くそ、殺される。


 男が振り回す誘導棒が、赤い軌跡を描いく。こんな時なのに、きれいだと思ってしまった。いかん、頭がもうろうとしてきたのかもしれない。夢独特のあいまいな感覚に飲み込まれそうになって、必死にこらえる。


 何か打開策はないか、僕はあたりに目を凝らす。駐車場、道路、車、遠巻きに僕を見つめる人だかり……。くそ、見つからない。


 僕が探していたもの、それは赤く点滅するものだった。


 これまでの経験で、赤く点滅するものに触れると転移するというのがこの夢のルールだと僕は分かっていた。だから、また赤い点滅を見つけてそれに触れれば、この場面から脱出できると考えたのだ。


 男はもう誘導棒が届くところまで来ている。時間がない。


 その時僕はついに赤く点滅するものを見つけた。


「ああああ!」


 男が獣のような声をあげて僕に襲い掛ろうとする寸前、僕は脱兎のような瞬発力で男にぶつかっていった。


 誘導棒のことはもはや気にしていなかった。転移すれば怪我も元通りになる、そんな気がした。


 僕は男にぶつかる瞬間に身をかわすと、男の背後を取った。上手く誘導棒には当たらなかったようだ。それとも、アドレナリンで痛みの感覚が薄れているのか?


 背後に回った僕は、しかし追撃なんてしない。僕はそのままの勢いで人だかりをかき分け、前へ転がるように突進すると、地面に設置されたそれに触れた。駐車場入り口のすぐそばにある、襲い掛かられる前に僕が通り過ぎた小さな交差点の中心部に埋め込まれた、赤く点滅するもの。名前は知らないけれど、それはいつも赤くピカピカ点滅していた。


 すぐ後ろに男の気配と、ふり降ろされた誘導棒が空気を切る音を感じながら、僕は目を閉じて祈った。頼む、転移してくれ!




 カンカンカン……。


 結果的に「僕」は、また転移したのだとわかった。


 しかし、それだけだった。


「僕」は何かをつかもうとするが、かなわない。その何かがぬめぬめしたもので覆われていて、つかもうとしても滑るのだ。それに、なんだか手に力が入らない。おかしいな。身体はこんなに軽いのに、支えられない……。


 それにしても、どういうことだろう。世界が赤い。


 と思ったら、「僕」はそのまま落下した。


「僕」? これは、「僕」なのか?


 カンカンカン……。


 どさりと、落ちた。頬にごつごつした、石? のようなものの感触。鉄の棒が敷かれているのか、そこに脇腹を強くぶつけた気もするが、痛くないので気のせいかもしれない。


 さっきからひどい違和感を覚える。世界が、薄い、靄に包まれたような感覚だ。


 それとも、違和感の正体は、この軽すぎる身体か? 体中から血液が失われていく、この感覚? どっちにしろ、「僕」はもう元には戻れないってことが、分かった。


 カンカンカン……。


「ひっ」


 声がして、がしゃんと何かが倒れる音がした。カラカラカラ……。どこかで聞いたことがある。これは、自転車の車輪が、空回りする音だ。その音は、どこまでも虚しく鳴り続ける。カラカラという音に合わせて、目の前の景色が点滅を繰り返した。


 その時僕は、目の前のものに気づいた。スマホだ。僕のだろうか。さっきまでやっていたゲームの画面が表示されている。


『GAME OVER』


 いつの間にかゲームオーバーになっていたらしい。演出として、赤い画面は点滅を繰り返す。アイテムはもう手に入らないだろう。もったいないな……。


「僕」が赤く点滅する画面に手を伸ばしたのは、ほとんど無意識のことだった。






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