夢1
これは夢だ。どこかで「僕」はそう分かっていた。
だけど、夢の中の「僕」はそのことに気付いていない。
「僕」は二人いた。実際に夢の世界で行動する「僕」と、それを一歩引いたところから眺めるこの僕。夢の中の「僕」の思考や感情は、僕にも手に取るように分かった。それをぼんやりした薄い靄のようなものが包んでいる。
それにしても、やっぱり違和感を覚える。夢だからか。
夢の中で僕は日課のランニングを終えたところだった。空が暗い。夜だ。僕はいつも夕食を食べた後、腹ごなしにランニングをしているのだ。
僕は、呼吸を整えながら坂を下っていた。ランニングからの帰りは、いつものコースとなっている遊歩道から坂を下れば国道に面した歩道に出る。その歩道をずっと歩いて、高架になっている最寄り駅を超えれば僕の家に着く。
ゆっくりと、暗い坂を下る。坂を下るときに走ると、ひざを痛めてしまうような気がして、僕はその坂をいつも歩いて下っていた。夢の中でもそのことは守られているようだ。
塾が坂のすぐ横にあって、その壁がガラス張りになっているのでいつも中が見える。授業や自習室の様子が見えるのだが、今日は休みなのか、照明はついていなかった。坂がいつもの印象より薄暗く感じるのはそのせいだろうか。
坂の一番下、歩道とぶつかるところにはポールが何本か立っている。車やバイクが入るのを防ぐためなのだろう。もしくは、自転車が坂を勢いよく下るのを防ぐためか。白い、腰くらいの高さのポールが、等間隔に並んでいる。
その一本に、コーンがかぶさっていた。
工事現場で見られるような、ありふれた、白い縞の入った赤色のコーンだった。実は坂を下りる前から、僕はそのコーンの存在に気付いていた。いや、その時はコーンだとは分からなかったが、この薄暗い坂で、離れたところからでもそのコーンは目立っていた。
赤く、光っていたからだ。
学校に置いてあるような普通のカラーコーンではなく、まさしく工事現場に置いてあるような、赤く点滅するコーンだった。遠くから見ると、淡い赤色の光の明滅だけが見えて、何だろうかと思ったのだ。
近づいてみると、光っている以外はごく普通の見慣れたコーンだ。いや、僕があまり見ないだけで、こういう光るタイプのコーンもちゃんとあるのだろう。
このあたりでは見たことがない。ちょっと見渡してみても、同じタイプのコーンは見当たらない。誰かがいたずらで、どこかの工事現場からここまで運んできたのだろうか。何のために? ねえ、君の仲間はどこにいるんだい。
コーンに尋ねても、答えが返ってくるはずもない。ただ、そのコーンの明滅は、心臓の鼓動を思わせた。ふと、この赤いコーンが生きているような感覚に襲われた。
中に光源が入っているのか、一定の周期で淡い光が発せられる。コーンの赤色を透けて漏れ出すから、赤い光なのだ。
僕は思わず、コーンに手を伸ばし、少しためらった後、触れた。