運命の朝4
カンカンカン……。
遮断機の音は依然として鳴り続ける。特急電車の轟音も、着実に迫ってきている。
カケルは最後の夢の内容を思い出した。狂った警備員の攻撃を凌ぎ、救急車のランプに触れて転移したところまで思い出したカケルは、思わずこぶしを握り締めた。大丈夫だ、あの夢は乗り越えたんだ、そう呟いた。
カケルは救急車に触れた瞬間、目覚めていた。目覚めたとき、カケルの右手はけたたましい音と、赤い光を発する目覚まし時計を握っていた。それはついさっき、今朝のことだ。
カケルには知る由もないが、もし今日が運命の朝だと知ったのなら、直前で間に合ったことに安堵したことだろう。
カケルはいつの間にか汗をかいていたことに気付いた。顔を手で拭い、それからいつもと見える景色が違うことに、ここで初めて思い至った。やけに、視界が開けている、と感じた。
そうか、とカケルは理解する。カケルの前には、いつもサラリーマンが立っているが、今日は誰もいなくて、カケルがホームの一番前にいたのだった。
電車はすぐそこに来ている。
いつもは感じることのない、迫り来る電車の想像以上の迫力に、思わず、カケルは一歩後退しようとした。
しかし、それはできなかった。
先に、カケルの背中に誰かが触れた。
手、とカケルが思って振り向こうとしたときには、カケルはその手によって強く押されていた。明らかに、殺意がこめられていた。
何が起こったのか、カケルには理解できなかった。ただ、ホームに転落しながらも後ろを振り返ることの出来たカケルは、自分を押した男の顔をしっかりと見届けた。その焦点の合わない目まで、しっかりと見えた。
あの夢で見た警備員だった。
「父さん……」
しかし、カケルの発した言葉は誰にも届くことはなかった。男の姿は、一瞬にして視界の隅に追いやられる。
ついに特急電車が、カケルをはね飛ばしたのだった。
『おい、俺の酒はどこだ!』
『通帳もってこい! ここに全部出せ!』
『カケルを見張っとくのはお前の――』
カケルの頭の中を、思い出さないようにしていた記憶が駆け巡った。
カケルの父はお世辞にも良い父親とは言えなかった。昔から酒癖が悪かった。あげく仕事中に酒に酔ったまま人を轢いたことで会社を首になり、さらに拍車がかかった。ギャンブル、酒、妻への暴力、そして借金。挙句、家から金がなくなるとその男は、ミチコと幼かったカケルをおいて家を出た。
回想を続けるカケルは、巨大な力でもってその体を真っ二つに引きちぎられた。下半身はすぐにばらばらになり、一部は車輪とレールとの間ですり潰され、一部は塊のまま線路のいたるところに赤い染みをつくった。上半身は、偶然にも比較的その形を保ったままはね飛ばされた。
回想は続く。
最低な父をもったカケルは、しかしその男のことをあまり覚えていなかった。幼かったこと、そしてなぜか男がカケルにはあまり暴力を振らなかったこともあり、カケルのその男に対する恐怖心は、驚くほど少なかった。
代わりに、幼いカケルが恐れたのは、ミチコの方だった。
ミチコは男が消えてから、しつけと称してカケルに暴力をふるった。幼いカケルにとって、母の言うことは絶対となった。
今でこそカケルはミチコに恐怖など抱いていない。むしろ恐怖は、いたわる気持ちへと変わった。部活にも入らず、家のことを手伝いたい、朝は早く起きてご飯を作る。母に心配をかけないようにする。カケルは無意識にそれを行っていた。
最近は自我も強くなり、反抗したい気持ちも無意識に出てきていたのだが、カケルはあくまでそれを母の前で見せることはなかった。
カケルの上半身は驚くほど長く宙を舞い、それは遮断機にたたきつけられるまで続いた。
胸骨がひしゃげ、肋骨が肺に突き刺さる。カケルはゲホッと血を吐き、手でランプをつかむ。指の隙間からランプの赤い光が、点滅に合わせて見え隠れする。
カケルは反射でしがみつこうとするが、かなわない。すぐに、ずるっと落下する。
カケルは知覚できなかったが、すぐそばをカケルをひいた特急電車が通過していた。特急電車は数百メートル進んだところで停止した。それとほとんど同時に、カケルの体は線路の上に落ちた。
レールに脇腹をぶつけたが、もはやそんなことでは痛みを感じない。
すでに即死レベルの血液が失われていた。カケルは、もう何をしても助からない。
「ひっ」
そのすべてを目撃していた少女は、恐怖で自転車から手を放し、少しでも遠くに離れようと身をよじる。支えをなくした自転車は重力に従って倒れる。
カラカラと車輪がから回る音がカケルの注意をそちらに向けた。ちょうどそこには、カケルの手に握られていたスマホが落ちていた。驚くべきことに、それはまだ画面を表示できるほどには損壊していなかった。
スマホはカケルがさっきまでしていたゲームの画面を表示している。『GAME OVER』しばらく操作をしていなかったため、クリアに失敗したことになっていた。
赤く点滅する光を出し続ける画面を見たカケルは、最後の力を振り絞ってそれに手を伸ばした。それも、ただの反射行動に過ぎなかった。
裏設定(言い訳)
踏切で待っていた少女は自転車通学の中学生。
次回、最終回です。お付き合いいただきありがとうございました。




