表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
液状人間ゲルニオ  作者: きのこおとこ
1/1

第一話

ひひひひ……ひひひひ……。


 薄暗い地下室で一つの大きな瓶を見つめながら老婆が不気味な声をあげている。


「もうじきじゃあ、もうじきじゃあ。」


 老婆は瓶に繋がっている二つの金属棒を握ると、「ふんっ!」という掛け声の後、紫紺の強烈な魔力を流し始めた。

 瓶の中にある不思議な色をした液体はボコボコと泡立ち、虹のように次々と色を変えていく。

 液体は徐々に粘度を持つようにドロドロと対流し始め、胎児が肉体を形成するように歪ながらも手足のようなものを持ち始めた。


「わしを腐れ婆と罵った王国に復讐を!! 研究成果を認めようとせず、薄暗い地下に閉じ込めた貴族どもに復讐を!! わしの手で生まれた新たな魔人によって滅びてしまうがいい!!」


 金属棒を伝って流れる魔力が一気に増大し、液体は急速に形を持ち始める。

 人のような五体を持ち、誰の姿をまねたのか真っ黒な頭髪も生えだした。

 透明だった表面はうっすらと青みがかった肌のようになり、のっぺらな顔にははっきりと目鼻が見える。


「出でよ!! しぇん…、新たな魔人よ!!!」


 瓶から爆発的な光が発せられ、薄暗かった地下室は真昼のように明るくする。

 闇が友達ような黒い塊が光から逃げるようにわずかな隙間へと入り込み、地を這っていたネズミは「ハハッ!」と聞こえるような鳴き声をあげて家具の裏へと走り出す。

 老婆は力を使い果たしたようにがっくりと首をたれ、グレーだった髪色は真っ白に燃え尽きていた。

 金属棒を掴んでいた手は力なく開かれ、老婆は簡素な絨毯も何もひかれていないむき出しの床へとゆっくりと倒れこんだ。


「な、名前…。 お前の名前はゲルニ…オだ…。 わしの悲願を…。」


 ゲルニオという名を得た瓶の中の魔人は、名を受けたことによって活力を得たのか、出あがったばかりの手で振り上げ側面を叩き始めた。

 分厚い瓶に僅かなヒビが入り、やがてそれは蜘蛛の巣のように放射線状に広がっていく。

 ピシッっと僅かな音が鳴った後、砂の城が決壊するよう一気に水が流れ出た。

 一糸まとわぬ姿の魔人ゲルニオ倒れ伏す老婆の前で立ち止まる。


「このような醜い者が私の母か。 親は選べぬというが…まあ良い。 母よ、安らかに眠れ。」


 ゲルニオの手がアメーバのように広がり、老婆を優しく包む。

 老婆の体は存在感が薄くなり、やがて何も無かったかのように消えてなくなった。


「ほう…。 弔った相手の知識を得ることが出来るのか。 稀有な頭脳を持ちながらも性質故に迫害された錬金術師であったのだな。 積極的に動くことはせんが、私に敵対するような国なら自ずと母の宿願も果たせよう。 さて…」


 ゲルニオはゆっくりと暗い室内を見回す。

 彼は今、リトルゲルニオがむき出しの状態で、まさに生まれたままの姿であった。

 この状態では威厳も尊厳も何もなく、ただの紳士である。

 手近にあった衣装ダンスを一段一段あけ、丁寧に閉じていく。

 余談だが、彼は几帳面であるらしい。

 が、どれを開いても当然ながら女性物ばかりであった。

 スケスケ紫パンツを見たゲルニオは衣装棚を叩き壊さんばかりに荒々しく閉じる。


「やはりないか…。 んっ?」


 衣装ダンスを諦め、改めて家探しを始めたときテーブルの上にあるリボンが撒かれた包みが目に入った。

 包みには「ゲルニオたんへ」と書かれた便箋も挟まっている。

 ゲルニオは便箋を投げナイフの要領でゴミ箱に向かって投げ放つ。

 一瞬の戸惑いを経てゲルニオは包みを丁寧に解いていった。

 包みの中には男性物の衣装が一式入っており、それはすべて濃紺に統一されている。

 あの老婆とは思えないセンスがあったものの、デザインにはどこか歴史を感じさせるものがあった。

 おそらく、あらかじめ用意していた衣装なのだろう。

 包み紙もやや色あせており、リボンには埃が載っている。

 シュルシュルと衣擦れの音を鳴らしながらゲルニオは僅かな感謝と共に衣装を着ていった。

 大きいとは言えない姿見に写る姿は、やや不健康な青白さが見えるもののスマートな体格の上流階級者といったように見えなくもない。


「さてと。 まずはここを出なければな。」


 部屋の隅。

 僅かな灯りがつけられた一角に金属の取っ手が付けられた重厚な扉が見える。

 内側に鍵が無いことを見ると、自由な出入りなどは出来ていなかったらしい。

 ゲルニオは扉の前までいくと、片手を押し当てゆっくりと力を入れていく。

 扉はギシギシと音をたて埃が舞うが、開くような気配は見えなかった。

 「ふむ」と一声あげ、老婆を包んだときと同じようにその手をアメーバのように広げていく。

 ウネウネと動くそれは扉の蝶番を包み込んでいく。

 ゲルニオの眼に僅かな光が見えたと思うと、蝶番はゆっくりと錆びを大きくしていき、やがてガチャンと音を立てて床へと落ちていった。

 扉がグラリと僅かに傾き人一人が出入りできる隙間が生まれ、ゲルニオは悠々と部屋から出ていった。


 部屋を出たゲルニオは黙々と一本伸びるらせん階段を登っていく。

 どうやらかなり地下深くにある部屋であったようだ。

 側道も別の部屋に続く扉もなく、階段を踏みしめる足音だけが響く。

 やがて、目線の先から暖かなオレンジ色の揺れるような光が漏れ始める。

 炎でとっているであろうその光は階下とは違う暖かな空気も運んでいるように感じられた。

 ゲルニオは警戒心を強め歩調を緩めるが他者の気配はなく、そこに障害は無いようだ。


 らせん階段を登り切った先には質素な木製のテーブルセットに僅かな酒瓶が転がる10m2ほどの部屋が広がっていた。

 壁にはいかにも使い古した剣や斧が吊るされており、どこのものかはわからない鍵束もある。

 ゲルニオは武器には一切目もくれず、鍵束を手に取った。

 そして、部屋の先には3つの扉。

 どの扉にも名などなく、先ほどゲルニオが通った扉と同種のように見える。

 唯一違う点といえば、ゲルニオは今扉の外側にいるため鍵穴が見えるということだけであろう。


「さて、どれが正解かな。」


 迷ったときは左からというよくわからないものが頭に浮かび、悩んでも変わらんと、思いのまま左の扉に鍵を差し込む。

 一つ目、二つ目と試していき、運がいいのか悪いのか、最後に残った三つ目の鍵でガチャリと重たい音をたて扉を封じていた鍵が開け放たれた。

 押し込むようにゆっくりと扉を開けるも、見る先には灯りがなく、光にしたんだ眼はすぐには見通せない。

 ゲルニオは僅かに目を細めるも躊躇せず、奥へと進み始めた。


 そこは通路ではなく、老婆が居た部屋とよく似た一室だった。

 窓は無く、灯りを取れる燭台はあるものの火はついていない。

 だが、見通せないものの奥からは明らかに生物の息遣いが聞いてとれた。


 耳に入る微かなうめき声。

 女性とすぐにわかるそれは老婆のように年齢を重ねたようなものではなく、年若いものに思われた。

 敵と味方ともわからぬが、このように監禁されているということは老婆と同じく、かの国と敵対するものであろう。

 道連れが欲しいというわけでもないが、かといって存在を知ったうえで見捨てるのは忍びなく、ゲルニオは声の聞こえる奥へと歩みを進める。


 やがて暗闇に慣れた目へ入ってきたのは質素なベッドに横たわる女性であった。

 美しかったであろう紫紺の髪は埃と汚れでくすみ、真っ白であったような肌も煤とも垢とも取れるようなもので薄汚れている。

 そして、一番は匂いである。

 まともに風呂に入っていないであろう体からは、汚れからの匂いだけでなく、男性の体液、精液特有のものも感じられた。

 人の気配がわかったのだろう。

 女性は閉じていた瞳をゆっくりと開ける。 

 鈍く金に光るその瞳は老婆のような人族ではなく、明らかに異質なものだった。

 「魔族」。

 老婆の知識からそれと思われる種族が頭に浮かぶ。


「貴様らには屈しない…。 いくら体を汚されようと決して屈しはしない…!」


 横たわる女性から弱弱しくあるものの鋼鉄の意志を含んだ強い言葉が放たれる。


「安心するが良い。 私はそのような下賤なものではない。 だが最初に謝っておく。 少しその身に触れさせてもらうぞ。」


 ゲルニオはその手を女性の肩に触れ、優しく包み込むよう文字通りその手を広げていく。

 「ひっ!」という小さい声が女性から漏れるものの、力を失った四肢では僅かに身を捩ることしかできない。


「少しの間だけ息を止めろ。」


 広がりはやがて頭も顔もすべて覆いつくす。

 ボコボコと広がった手の中で気泡が生まれ、薄く青みがかっていた色が徐々に茶色く変色していく。


「もう、いいだろう。」


 ゆっくりと女性を包んでいたものが引きはがされ、やがて変色した部分のみが球体へと変わっていく。

 その大きさが握りこぶし程度になった後、それは分離するようにゲルニオの体が離れ、フワフワと浮きながら部屋の隅へと移動して消えていった。


 垢や埃で汚れていた女性の体は見違えるように美しくなり、男の欲望で汚されていたものも綺麗さっぱり消えていた。


「すまんな。 私には衣服まで用意してやることは出来ん。」

「えっ……あっ……」


 突然のことに戸惑う女性。


「さて、順序が逆になってすまいな。 私の名はゲルニオ、何やら魔人というものらしい。 お前の名は何という。」

「えぁ…あ…ファ…ファルマと申します。」

「そうか、ファルマ。 では行くぞ。」


 有無も言わさず背を向けるゲルニオ。

 ファルマは震える腕でその身を起こそうとするが、力ない声が漏れるだけ。


「どうしたファルマ。 んっ、おお、すまんな。 穢れが落ちただけで体力などは回復せんか。 どうもやはり知識だけではいかんな。」


 ゲルニオはファルマの肩と膝裏に腕を入れると「お姫様抱っこ」の形で軽く抱き上げる。

 「ひゃあ!」と可愛らしい声が出るがゲルニオは全く気にも留めずに部屋の外へと歩き出した。

 一つの部屋から隣の部屋へ。

 ただそれだけの一歩だが、扉から差し込む温かい光もあるせいか、希望への道筋でもある気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ