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4. 夜警

 翌朝、まだ暗い時間に出発したイーレンは、もともとの予定のイーノへ向かう東ではなく、ハンツへ向かう西へ街道を歩きだした。村を出てまもなく、乗り捨てたバールブットのトラックの近くを通りかかったが、街道からは何も変わった様子は見えなかったし、イーレンを誰何(すいか)する者もいなかった。それどころか街道には誰もおらず、道を歩いているのはイーレン一人だった。やがて朝になり、明るくなった道をイーレンはどんどん歩いていった。


 村を出て森を抜けると、街道は丘の連なる草原へ続いていた。そこは山街道と呼ばれる、通行量の多い街道だった。しかし時間が早いせいで、まだ人通りはほとんど見られなかった。二刻ほど過ぎて初めて、向かいの方角から一台のフライヤーが街道を進んできた。イーレンは脇にどいて、フライヤー・トラックが通り過ぎるのを眺めた。重い荷を積んだトラックはそれほどスピードを出していなかった。どこかの村へ何かを運んでいくのだろう。その後、時間が過ぎるにつれて行き交う旅人の数も増えていった。若い男が二人、無言のまま歩いていた。別の者たちからは愛想よく声をかけられた。時には挨拶を交わし、時には無言で、幾人もの人々とすれ違った。


 昼ごろについた村で、イーレンは昼食を取った。街道沿いには一定の距離ごとに宿場町があって、よほどのことがない限り食事や宿に困ることはない。イーレンは昼食を口に詰め込みながら、靴を脱いで足の具合を確かめた。長期間の徒歩旅行はこれが初めてだったので、用心する必要があると考えていたのだ。しかし若いイーレンの足は頑丈で、普段から鍛えられた足の皮は厚く、汗で少々蒸れてはいたが特に痛みも擦れもなかった。イーレンは水筒を詰め直すと、次の宿場へ向けて進んでいった。


 夜になる前に到着した村でイーレンは宿を見つけると、夕食を食べてすぐに部屋に引き込んだ。衣類の埃を払い、ベッドの上にあぐらをかいて座ると、剣を鞘から抜いて刃の具合を確かめた。今日は何も切らなかったので研ぐ必要はない。イーレンは油を塗って、ふたたび剣を鞘に戻した。ベルトに差した小ぶりのナイフと、もうひとつ小さな隠しナイフも確かめ、油を塗り直した。そして剣をベッドの脇に立てかけ、ナイフを枕の下に入れて、横になるとすぐに眠りこんでしまった。


 翌朝イーレンは再び早起きすると、さっさと宿を飛びだして街道に出た。後を追ってくる者もなく、イーレンは一人で黙々と道を進んでいった。イーレンは、道を歩くということが、心を空っぽにできるよい手段だということに気付いた。あれこれ悩んで考えているより、ただ前に向かって進む方がよいし、若さにまかせて疲れきるまで歩けば、夜にベッドで悩む間もなく眠る事ができる。イーレンは足に鞭を入れるつもりで休憩もあまり取らず、ただ道に沿って歩いていった。


 丘陵地帯を抜け、坂を下りていくと、眼下に街が見えてきた。そこはフレイヨンだった。西へ続く山街道と、南へ分かれる道が交差する、大きな街だ。まだ時間は早かったが、イーレンはこの街で宿を探すことにした。


 フレイヨンほどの都会に来るのは、イーレンにとっては初めてのことだった。これまで知っていた一番大きな町ウーベリとはかなり違って、建物の数がとても多く、人の数が圧倒的だ。今、この通りを歩いている人の数だけで、バウドーの村の人たち全員を集めたよりも多くの数がいるだろう。そう思うと驚くよりほかない。イーレンは戸惑いつつも、食事ができそうな場所を探し歩いた。そして、よい匂いを漂わせている食堂を見つけ、端の席に座って夕食を取った。三日目にしてすでに旅慣れてきたイーレンは、食後に熱い飲み物をすすりながら、食堂にいる客を見渡した。時間が早かったため、夕食を終えたイーレンとは違い、他の客はこれからという者が多かった。半分が旅の途中のもの、半分が街のものという印象だった。旅の者かどうかは、服装ですぐに分かった。彼らは丈夫な上着を着込んでいて、上等なブーツを履いている。髪の上には埃がたまっていて、疲れた表情を浮かべているものも多い。一方街の住人は、気楽な服装で身も軽く、一見して清潔に見える。足元も軽く、サンダルを履いている者もいる。そういう者は口も軽く、大声で喋ったり笑ったりしていた。イーレンは店の中を眺めまわしながら、果たして自分はどう見えているだろう、と思いを巡らせた。そろそろ宿を探したほうがよいだろうか。これほど多くの旅人がいるのだから空いている部屋を見つけるのは大変かもしれない。それとも、宿が多くて部屋が余っているかもしれない……。


 そのとき、店の入り口に一人の男が入ってきた。男はカウンターまで行って店の者と短く話をしていたが、やがて値踏みするように店の中を見渡し始めた。イーレンは彼を見つめていたので、男がイーレンを見たとき、二人の視線が衝突した。男に意外そうな表情が浮かんだが、イーレンを見て何か思いついたのか、僅かに間をおいてから、彼女のテーブルに向って近づいてきた。


「こんばんは。君は一人か?」

「ええ、そうだけど」


 イーレンは声をかけられると思っていなかったのでびっくりしたが、驚きを表情に出さないよう注意しながら返事をした。


「なかなか立派な剣をお持ちだが、腕前はいかほどかな?」


 イーレンはさらに驚いたが、それも隠し通して、僅かに首をかしげるに留めた。男はそんなイーレンの心の内を見透かしたのか、あるいは鎌をかけているのか、にやりと微笑みを浮かべた。そしてイーレンの向かいの席に座ると、小さな声で先を続けた。


「実は最近、この辺りでは夜盗が出ていてね。街の金持ちが腕の立つ見張りを探しているんだ。具体的には、朝まで見張りを手伝ってくれる人間が必要なんだが。今晩、急に一人必要になってね、こうして探している途中なんだ」


 男はそこで言葉を切り、周りをぐるりと見渡して、またイーレンに視線を戻した。


「きみは旅の途中のようだが、どうだい、金を稼ぐことに興味はあるかね?」


 イーレンは考えてみた。夜の見張りに立つことは、実は道場の修業で何度か経験していた。バウドーの村では夜盗など一人も見たことはないが、夜の見張りをどのように行うべきか、訓練を受けたことがあるのだ。だから夜通しの見張りがそれほど楽な仕事でないことは承知していた。一方、自分は追われている身であることも忘れてはいられない。呑気に見張りの仕事などしている場合でないのも確かだ。しかし、今夜一晩この街にいることは決まっていて、宿に泊まるか否かの違いだけだ。もし自分に本当の見張りの仕事ができるなら、これからの旅路でも、金を稼ぎながら進むことができるかもしれない。だったら果たしていくらの稼ぎになるのか、イーレンは試してみたくなった。


「そうね、やってみてもいいけど」


 本当は飛び着きたい気持ちを抑えながら、イーレンはそっけなく言った。


「そうこなくちゃな! おれはテベ。手配担当だ」

「わたしは、リニアン」


 イーレンは村を出てから、ずっと偽名を使っていた。これまでは宿帳に書くだけだった名前を自分の口で言うのは、これが初めてだった。


「よろしく。まさかもう宿を取ってはいないだろうね? 今夜早速仕事を頼みたいんだが」

「大丈夫だよ」

「じゃあ今すぐ来れるか?」


 テベとイーレンは食堂を出ると、街の通りを歩いていった。中心街から北へ半刻ほど進むと、大きな屋敷が並んだ静かな場所に出た。街の有力者や金持ちが住んでいる区域だった。テベは迷うことなく道を進み、イーレンは黙ってその後に続いた。


 テベはまったく剣士らしくない男だった。まず歩き方が、普段から体を使っているタイプに見えない。背はイーレンと同じぐらいで、骨も肉もそれほどついていなかった。手配担当というのは本当で、彼自身が見張りをするつもりはないのだろう。イーレンは彼を見ながらそんなことを考えた。


 二人は高い塀に囲まれた屋敷に着いた。テベが勝手門を叩くと、しばらくして内側から一人の男が出てきた。テベは男とひそひそ話し合ったが、すぐにイーレンを手招きして、三人で屋敷の中に入った。


 勝手門をくぐると、そこは庭になっていた。裏から入った格好になるので、離れが手前に、母屋が奥に見えた。広くて裕福そうな屋敷だった。男とテベは無言のまま離れの建物の方へ歩いていく。イーレンはその後を三歩離れて追いかけた。


 離れの建物を更に裏手に回ると、窓が一つだけついた小屋があった。男はそこで別れて、母屋の方へ去って行った。テベはイーレンを手招きすると、小さな袋を手渡した。


「これは前払い分だ。明日の朝に、残りの半分を払う」


 イーレンはそれを受け取ると、口を少し緩めて中を見てみた。報酬の一部が硬貨で詰め込まれていた。イーレンが懐にそれをしまうのを見ると、テベは彼女を連れて小屋の中に入った。


 そこは物置を片づけて作った小さな部屋になっていた。テーブルがひとつ、部屋の真ん中にあって、椅子が壁際に五脚ほど並んでいた。そこに、一人の老人がだらしなく座っていた。


「おい、仲間を連れてきたぞ」


 テベが老人に向かって声をかけたが、老人は眠そうな目を二人に向けただけだった。しばらくぼんやりとしていたが、やがてよろよろと立ち上がった。


「グルーオスだ」

「リニアン」


 グルーオスは再び椅子に腰を下ろした。その様子を見ていたテベは、大きくうなずいて言った。


「よろしい、それでは後を頼む。朝になったら見に来るから、しっかりな」


 それからテベは、さっさと小屋から出て行ってしまった。


 イーレンは小屋の中を改めて見渡してみた。テーブルの上に大きな水さしがあったので、イーレンは中身を確かめてみた。それは確かに水だった。他に、小さな棚が壁にあって、中を覗いてみると硬くなったパンと冷めたスープの入った鍋が見つかった。においをかいでみたが、食べるには問題のなさそうな代物だった。夜間に腹が減っても問題はなさそうだ。それから、小屋にひとつだけの窓際まで行って外を眺めてみた。外は夜になってどんどん暗くなってきており、小屋の中の明かりのせいでよく見えない。ぼんやりと離れの建物が見えるだけだった。


「お前、この街のもんじゃないな。どっから来た?」


 グルーオスにそう聞かれて、イーレンが最初に思ったのは、そういうことは見ただけですぐに分かるんだな、ということだった。しかしイーレンは、なぜ、と問い直したりはせず、振り返って素直にこう言った。


「東の方から来たの。ちょっと世間を見ておこうと思って」

「若いくせに生意気そうな奴だな」


 グルーオスは、言葉は悪かったが悪意はないような口調で言った。イーレンはにっこり笑って切り返した。


「あなたこそ年寄り過ぎて、夜通しの見張りは大変なんじゃない?」


 グルーオスは苦笑いをすると、腕を組んで椅子の上に座りなおした。


「まあな、自慢できるほど元気って訳じゃない」

「本当に夜盗が出るの?」

「噂はあるが、見たことはない」


 グルーオスは顔をしかめて言った。


「まあ見張りなんて気休めさ。本当に賊が押し入ってきたら、撃退できるか分ったもんじゃない。それよりも、見張りがいるってことが大事なんだよ。見張りがいるところより、いないところを狙った方が面倒が少ないだろう?」


 それが本当のところだろう、とイーレンも思った。こんな老人と自分のような若造に任せるぐらいなのだから、本気で警備をしようとしているとは思えない。だが、もし本当に夜盗に押し入られたらどうするかは考えておかなければならない。


「明かりはどうしよう? つけたままにしようか」

「おれは明るくても大丈夫だ」

「じゃあそのままで。身回りは?」

「そんな面倒なことはご免だな」

「じゃあそこは若くて生意気なわたしが引き受ける。あなたはここを守っててちょうだい」

「よろこんでそうさせてもらおう」


 そういってグルーオスは腕組みをして、もう二度と立ち上がるまいという態度を示した。



 その夜、イーレンは一刻おきに外へ出て、屋敷の中をぐるりと見て回った。外に出るときは小屋にあった懐中電灯を拝借し、なるべく自分の存在を示すようにした。離れも母屋も静まり返っていて、誰にも出くわすことがなかった。怪しむべき事は何もなく、異常は何も感じられなかった。


 小屋の中では、夜更けまでグルーオスと静かに話をしていた。もっぱら、グルーオスの身の上話を聞いて過ごすことになった。彼はもともと街の出身で、若い頃は首都へ出て色々な商売をしていたという。剣術の腕もそれなりにあって、商売というのも体を使ったものが主だったらしい。故郷に戻ってきたのは十年ほど前で、それからのんびり暮らしているようだった。イーレンはグルーオスから、テベもイーレンと同じく余所者で、この街に来たのはせいぜい一週間ほどだということを聞いた。


 夜半になると、グルーオスも疲れてきたようだったので、四刻ほどしたら交代する約束をして、先に彼を眠らせた。イーレンも椅子に深く腰掛けて、じっと考え事をして過ごした。


 これが本物の警備という仕事か。いい加減な手配にいい加減な相棒。信頼できる人も物もほとんどなく、依頼主に会うことすらない。このままでは、特に感謝されることもなく、明日の朝には放り出されることになりそうだ。果たして本当に、約束の報酬を支払ってもらえるのだろうか、それすら疑わしく思えてきた。前金だけで結構な儲けなので特に文句はないのだが……。まあ、明日の朝になれば判る。それより、今回の儲けをどう使おうかとイーレンは思った。もし警備の仕事で稼ぎながら旅ができるのなら、フライヤーに乗って進むのもいいかもしれない。街道沿いには乗り合いフライヤーが行き来していて、裕福な人間や急ぎの用事がある者が利用している。路銀(ろぎん)にもっと余裕ができたら、それもありえる選択だ。イーレンはそんなことを考えながら小屋の中で夜明けをまった。


 それからどれぐらい時間がたったか。イーレンはうっすらと目を閉じ、まどろんでいるような格好をしていた。それは道場にいたときに身に付けた、身体を休めながらも警戒を怠らない身のこなし方だった。なので、外で誰かの足音が聞こえたとき、彼女はすぐにその物音を捉え、ぱちりと目を開いた。


 瞳だけを動かして窓の外を見てみたが、何も見えるものはなかった。実際のところ、小屋の明かりのせいで外はほとんど何も見えない。しかし扉の向こうで、再び誰かが動いている気配がした。テベが様子を見に来たのだろうか。そんなはずはない、とイーレンは思った。それならさっさと小屋に入ってくるだろう。イーレンは椅子の上で身じろぎを(こら)えつつ、自分の剣の位置を確かめた。イーレンの剣は左手のすぐ横に、壁に立てかけて置いてあった。息を殺して待っていると、ほとんど音を立てずに扉が開いた。中に二人の人影が入ってきた。


 二人は長剣を抜き放ち、殺気だった目をギラつかせていた。イーレンは相手が武装しているのを見て取ると、間髪いれずに左手で剣を取り、右手で柄を握って転がるように椅子から立ち上がった。


「何者だ!」


 イーレンは故意に大声で叫んだ。寝息を立てていたグルーオスが飛び起きたのはもちろん、侵入者の二人すら驚いてその場で飛び跳ねた。


 侵入者の一人が、グルーオスに向かって切りかかろうとした。イーレンは構えた剣でそれを牽制し、グルーオスが慌てて立ち上がる時間を稼いだ。イーレンが鞘を捨てて両手で剣を構えなおすと、四人はそれぞれ相手に向かって睨み合う形になった。


「何者かと聞いている!!」


 イーレンはあえて、もう一度大声で叫んだ。もしかしたら外の誰かに聞こえるかもしれない。しかしあまり期待できないようだった。ここは自分たちで、いや自分一人でなんとかするしかない。イーレンは目の前の相手に集中した。


 侵入者は不意打ちに失敗したためか、慌てているのが明らかだった。驚いたせいで呼吸が荒く、肩で息をしている。おかげで、呼吸に合わせてタイミングを計るのが簡単なほどだった。イーレンは、相手の首の緊張を見ているだけで、腕が上がる直前の動きを手に取るように読むことができた。


 侵入者はイーレンに向かって剣を振りかぶると、大きく振り下ろしてきた。しかしイーレンは、相手が剣を振り上げた瞬間には相手の足元に飛び込んでいた。そのまま相手の剣を右側へかわしながら、相手の左の腹の部分をざっくりと深く切り裂いた。イーレンの細身の湾曲した剣は、するりと相手の身体の中に入り、背中側へすっぱりと抜けた。相手はそのまま、まっすぐ前に倒れた。そしてイーレンは、相手の血しぶきが上がるよりも早く、身を翻して二人目のほうへ向き直った。


「うおおっ」


 グルーオスと、二人目の侵入者は剣を合わせたところだった。がちんと大きな音がして、二人は鎬を削りあっている。イーレンは隙を見逃さず、何のためらいもなく侵入者のわき腹へ剣を突き立てた。相手はカッと目を見開いて、そのままグルーオスと押し合いを続けていたが、イーレンが剣を引き抜いて大量出血させると抵抗が弱くなった。そのままグルーオスに突き飛ばされ、そのまま力なく床に倒れた。しばらく立ち上がろうともがいていたが、やがて動かなくなった。


「なんてこった」


 グルーオスは言葉を絞り出すと、へなへなと尻もちをついた。イーレンは剣を右手に持ったまま、部屋をぐるりと見渡した。とりあえず脅威はなくなったが、まだ外の様子が分からない。


「わたしは外を見てくる! わたしが出たら、鍵を閉めて」それからイーレンは床に倒れている賊の方へ顎をしゃくった「そいつらの様子を見てて」


 イーレンは用心しながら小屋を出て、屋敷の中を見回った。母屋のほうへ走っていったが誰もいない。勝手口へ行ってみると、扉が開け放たれているのが分かった。イーレンはそれを閉めて(かんぬき)をかけ直すと、もう一度屋敷の中を見て回った。しかし他には誰もいなかった。足跡を追いかけたいが、懐中電灯の光だけでは暗くて何も分からない。仕方なく見張り小屋へ戻った。


 扉を叩くとグルーオスが鍵を開けてくれた。グルーオスは手に剣を持ったまま狭い小屋の中をうろうろと歩き回っていた。


「賊は二人とも死んだ」

「そうだね」

「なんてこった、本当に夜盗が出るとは」

「テベを呼んでほしいんだけど、できる?」

「おいおい、俺は奴がどこのもんか知らんといったぞ」

「そんなこと言っても、わたしだって知らないよ」

「どうする?」

「保安官は? ここから遠い?」

「街の真ん中に保安官事務所がある。走ればすぐだが、賊がうろついているのに一人で行くのはヤバいな」

「同感」

「屋敷の人間はどうだろう」

「わたし、だれも紹介してもらってない」

「俺もだ」


 イーレンは唇を噛んだ。いい加減にしていた分、ツケが回ってきたような形になった。


「離れの方から誰か呼ぼうよ。何かしないと、このままってワケにはいかない」

「そうだな」


 二人は抜き身の剣を持ったまま、離れの方へ走っていった。扉を叩いてみると、中から眠そうな顔をした女が一人出てきた。


「いったい何の用? あんたたちどこから入ってきたの?」

「おれたちは警備の者だ」


 グルーオスが口を開いた。イーレンは年長者のグルーオスに話すのを任せた。


「夜盗が押し入ってきて危険な状態にある。屋敷の者を全員起こしてくれないか。それから保安官を呼びに行くのに、足の速い奴に助けてもらいたい」


 女は驚いた様子だったが、すぐに建物の中から二人呼んできてくれた。彼らは屋敷の使用人だった。


「今は私ら三人だけ。でもルイタスがいないのよ……」

「誰だそいつ?」

「私らと同じ使用人なんだけど、部屋にいなかったの。もしかして夜盗にさらわれたとか!」


 使用人たちは全員真っ青になったが、イーレンは違うなと思った。グルーオスも同じ意見のようだったが何も言わない。グルーオスは使用人のうち若い男を選んで言った。


「おれとこいつとで、保管官事務所まで行ってくる。半刻しても戻らなかったら別の手を考えてくれ」


 そう言って、二人は勝手門から外へ飛び出していった。イーレンは勝手門を閉めると、閂の状態を調べてみた。そこには傷ひとつ付いていなかった。


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