父さん倒産したの?
「父さん」
返事はない。それが、心細かった。父さんはいつも、明るく活発だった。何事にも前向きでパワフルだった。それなのに父さんは、変わってしまった。ぼくは父さんが大好きだった。今でも好きだ。そんな父さんは、現在ご飯を食べている。ちゃぶ台を挟むようにしてぼくは、向かい合っているのだ。
「父さん」
返事はない。それが、当たり前のようになっている。毎朝「仕事に行ってくる」と出かけてから、疲れて帰ってくる姿は屍のように覇気を失っていた。目は虚ろで、どこを見ているのかわからない。そんな父さんのことをじっと見つめる。
父さんは茶碗と箸を持ったまま動かなかった。中にはモヤシが入っている。どうやら虚ろな目でそれを凝視しているようだ。ぼくは悲しくなった。なぜ、こんなことになっているのかわからなかった。
「はい。父さん」
ぼくは、ランドセルから戦利品を取り出した。最近は学校で、コッペパンを持って帰るようになった。だんだんと頬が痩けて顔がモヤシみたいに細くなっていく父さんを見ていられなかったのだ。
「ありがとう」
やっと声を発してくれた。父さんはモヤシをそれに挟んで美味しそうに食べた。ぼくはとても嬉しい気持ちになった。
「美味しい?」
「お、美味しいよ。ありがとう」
ぼくはもっと嬉しくなった。久しぶりに父さんの生気ある肉声を聞くことができただけでも、身を焦がすような、モヤシを焦がすような感情にさいなまれる。そのくらい父さんが好きなのだ。
「ごめんな。モヤシばかりで……」
父さんは申し訳なさそうに言う。
「モヤシ? またまた〜。なにいってんの父さん。これはね。お米って言うんだよ」
ぼくはしらばっくれるように目の前のモヤシを箸で掻き込むようにして食べた。昔、父さんが威勢良く「米を食え! 米を食え!」と茶碗山盛りにご飯を渡してきたときのことを思い出しながらモヤシを食べた。
「ヤバッ! 米うめ〜」
そう言ってぼくは笑顔を向けた。すると、父さんは「ぅ、ごめんな……ごめんな」と嗚咽した。
それから少し時間が経過して。ぼくはある決心をした。父さんに白状してもらおうと思ったのだ。毎朝、仕事に行ってくると言ってパチンコに行っていること。「ちょっと取引先から電話」と言って風俗らしきお姉さんと話しをしていること。ぼくは知っているんだ。ずっと父さんのことを見ているから。
傍らですすり上げる声。ぼくは深呼吸した。
「父さん」
これからあることを父さんに質問する。でも嘘はつかないでほしい。ぼくもモヤシを米だと言って食べていたことを白状するから。だからどうか、これからは、苦しくても逃げないで、まずはハローワークに行ってほしい。仕事を探してほしい。そうすれば、前の元気で大好きな父さんが取り戻せると思うから。