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初めての野宿

 歩み始めた 渡辺 優斗ゆうと と 中条 あかね の二人は足元に気をつけながら森の中を進む。


「サンダルとかじゃなくて良かったな。」

「小学校の帰りだったんですよ?サンダルなんて履いてるわけないじゃないですか。」

「あ、そっか。」


 苦い笑いする優斗は後ろを歩く茜の格好を改めて見た。


 水色の小さい運動靴、黒色のスカート付きのレギンス、灰色と白色の横ボーダーの長シャツ、そして、赤いランドセル。実はちゃっかり給食袋もついていたりする。


「やっぱ、小学生だなぁ。」

「……。」

「…ごめん。」

「…ふんっ。」


 どうやら『小学生』という単語ワードはやはり禁句タブーらしい。ホント、なぜだろうか…。


「渡辺さんも半ズボンとか履いてなくて良かったですね。」

「あぁ。森で半ズボンは洒落しゃれにならないからな。」


 茜の視線を感じながら優斗は自分の格好を見る。


 青色のナイキのスニーカー、柔軟性のある黒色のジーパン、柄の入った白色のシャツと薄生地の黒い羽織、そして、黒いリュック。こっちはゴリラのキーホルダーが付いている。


「ふーん…、まぁまぁですね。」

「まぁまぁか…。手厳しいなぁ…。…なら、街に出れた時に、服屋に一緒についてきてよ。ダメか?」

「っ!しょ、しょうがないですねっ!良いですよっ!」

「お、おぅ。じゃ、じゃあ、よろしく。」

「はいっ!」


 やっぱり女の子だから服屋に行けるのが嬉しいのだろう。げんに茜は物凄く上機嫌になって鼻歌まで歌い始めた。


「足元注意しろよ。」

「大丈夫ですよぉ〜…きゃっ!」

「おっと。」


 優斗はつたに足を絡ませた茜を受け止める。小さくて軽い。


「…ったく、言ったそばから。大丈夫か?」

「っ〜〜!」


 茜は声にならない悲鳴を上げて、その顔はリンゴのように真っ赤だった。おそらく、大丈夫だと意気揚々に答えた直後の事態だったから、こんな声や顔になったのだろう。優斗はほんの少し地面から浮いてしまっていた茜を降ろした。


「す、すみませんでした。」

「いいよ。でも、次からはちゃんと気を付けろよ。」


 優斗は笑って茜の頭に手を置いて撫でる。


「きゃっ!わっ!…あ。」

「よし。じゃあ、川探し再開するぞ。」

「むぅ…。」

「あ、ごめん。撫でるのダメだったか?」

「…ふんっ!行きますよ!」

「あ、ちょっと!」


 優斗は突然不機嫌になったズンズン歩いていく茜を追いかけた。そして、そのまま茜が先頭を歩くようになり、その間、優斗は茜の表情をうかがい知ることはできなかった。


 それから、また機嫌が良くなった茜と会話をしているうちに、ついに目的の場所に到着した。


「「川だ!!」」


 二人は叫び、顔を見合わせる。


「ハモりましたね。」

「ハモったな。」


 なんだか可笑しくて二人はクスッと笑い、そして、近くにあった大きな石の上に腰をかけた。


「日があるうちに水辺に来れたのは良かったですね。」

「そうだな。これで水を使うには困らないな。」

「そうですね。でも、これ飲めるんですか?」

「分かんないな。飲み水は植物から取った方が良いかも。飲み水以外で水を使うときは川を使うって感じだな。」

「分かりました。…あぁ、でも、欲を言えば街を見つけられた方が良かったですよね…。」

「確かにそうだな。でも、街には案外すぐに着くかもしれないぞ。」

「え、どうしてですか?」

「大抵、川の近くには人が住んでるからだよ。」


 それは小学校ではまだ習わない、文明の誕生についての話だ。

 中学の教科書に載っている四つの文明、メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、そして中国文明、これらの文明はいずれも大きな川の元で発展している。その理由は、川の周囲の土は肥沃な土を含み、作物を育てるに適していることや、暮らしに使う水を確保することや、物を運ぶ時にも水運として川を利用できる等、川は文明のいしずえなのだ。


「あ、本で読んだことあります。」

「本で?すごいな…。」


 ロリータと言い、一体どんな本を読んでいるんだ。小学生で読む本じゃない。…でも、それだけ本が好きだということの現れだろうか。事故に合う時も本を読んでいたわけだし。


「文学少女だな。」

「否定はしません。」


 ニコッと茜が笑う。あぁやっぱり茜は本が好きなようだ。街に着いたら服もだが本も買おう、そう優斗はささやかに決意する。


「…さて、そろそろ寝床を作るか。」

「日、傾いてきましたからね。」


 見上げればただでさえ薄暗い森の中が更に暗くなってきている。 よくある森の描写として獣や鳥の声などがあるが、ここではそれさえも聞こえず、不気味さが肌を撫でる。

 …だが、やはりまたそれは一瞬だけ…


「「あ。」」


 同じタイミングで目が合った。


「大丈夫だよ。」


 それは果たして誰に向けた声なのか。


「大丈夫ですね。」


 二人は笑う。


「じゃあ、葉っぱを集めようか。」

「分かりました。」


 寒い季節ではないせいか落ち葉や枯葉は少なく、背の低い木から葉を一枚ずつ摘み取っていくしかない。そして、数十分経って摘み取った葉を大きな木の下に敷き詰める。


「完成ですね。」

「だな。後はこの災害用の銀シートにくるまって寝れば冷えることはないと思うぞ。ほいっ!」

「わっ!おっとと…。…もぅ、投げないでくださいよ。」

「ごめんごめん。」

「…むぅ。って、あれ?これ、なんで私に?」

「なんでって、寝るだろ?」

「…渡辺さんは?」

「俺?俺は起きてるよ。」

「じゃあ、私も…。」

「寝ろよ。」

「いや、でも…。」

「俺はほら大人だから。それに中条さんは寝ないと成長しないぞ。」

「…せい…ちょう…。」


 茜はまだ150cmにも満たない頭に手を置いて、それから、優斗の顔を見上げた。


「…すみません、寝かせてもらいます。」

「そうしろ。」

「でも!半分は任せてください!」

「……。」

「任せてください!」

「…分かったよ。」

「ちゃんと起こしてくださいよ!」

「起こすから。あ、それとその前に歯を磨け。ほい。未使用だから心配すんな。」


 今度は手渡しで携帯用の歯ブラシを受け取らせようとする。


「いや、でも、一つしか…。」

「チョコ食べただろ?俺は食べてないから。ほら。」

「……。」

「ん。」


 逡巡しゅんじゅんする茜の前に差し出す。けど、受け取ろうとしない。困った優斗は何か良い方法はないかと考える。そして、優斗は、しょうがない、と思いながらある行動に移した。


「中条さん。」

「なんです…にゅっ!?」

「はい、これでもう中条さんしか使えないから。」


 優斗は茜の口の中に入れた歯ブラシを見てニヤッと笑った。一方の茜は目を吊り上げ優斗を見るがやがて諦めたように目を下げた。


「…分かりました。使わせていただきます。でも!二人で…」

「使えないからな。分かってるだろ?」

「…、もちろん分かってますよ。」


 茜は握った歯ブラシを見てため息をつく。そして、意を決したように川の水をつけて歯磨きをつけて歯を磨き始めた。その間、優斗のことを睨みつけていたのだが…


「中条さん。」

「なんれふか?」

「ここ…。」

「?……っ!」


 優斗が歯磨き粉が垂れてることを指摘すると茜はすごい勢いで後ろを向いてしまった。耳が赤くなっていたので恥ずかしかったらしい。それから磨き終わって、川で口をゆすいだ茜が帰ってきた。


「歯ブラシありがとうございました。」

「どういたしまして。」


 そして、茜は優斗の隣の、葉っぱが敷かれた地面の上に座った。しばし、お互い無言になる。この時、辺りはもうすっかり暗くなっていて、今、二人を照らしているのは天上で輝く柔らかな月明かりだけ…。


「…じゃあ、寝よっか。」

「は、はい…。」


 茜が隣で横になる。

 緊張してるのがわかる。それは優斗も同じだった。

 異世界で迎える初めての夜。周りを囲む塀も屋根もなく、いつ魔物に襲われるのかも分からない。そんな中で一晩明かさなければならない。

 不安、恐怖、不安、恐怖、不安、恐怖…幾重にも黒い塊が心に積み重なっていく。

 体が震え、足が震え、手が…


「大丈夫ですよ。」

「っ!」


 手を握られた。


「大丈夫ですから。」


 茜の手も震えていた。それなのに彼女は微笑み優しい目を向けてくれた。

 不安と恐怖が氷解していく。そして、体の震えも、足の震えも、手の震えも小さくなり、やがては止まった。


「…ふぅ。ごめん。中条さん。それと、ありがとう。おかげで落ち着けた。」


 もう大丈夫だ、と優斗は茜の小さな手を力強く握り返した。


「っ!そ、そうですか、良かったですっ。」


 ビクッと茜の体が跳ねた。痛かったのだろうか、と思った優斗は茜の手を離そうとした。


「あ、待って、ください…。」

「ん?」

「こ、このまま、握ってて、もらえませんか…?」


 あざとさは無く、ただ怯えた目をした上目遣いだった。


「ごめん。気を遣えてなかった。」


 優斗は気の利かない自分が情けなくなり猛省して、そして、茜のお願いを全力で果たそうと胸中誓い、体を動かした。


「よいしょ…。これで、良いか?」

「はい…すごく落ち着きます…。」


 優斗は木を背にし、横になる茜の体の前に座った。木と茜に挟まれているような感じだ。これなら何かあっても茜に覆い被さってかばえるし、茜が優斗の手を楽な体勢で握ることができる。


「えへへ…。」


 握るのではなく、腕ごと茜の胸に包み込まれた。どうやら優斗の腕を抱き枕にして寝るようだ。


「おやすみ。」

「…起こしてくださいね。」

「……。」

「起こしてくださいよ!」

「…分かってるよ。」

「…。おやすみなさい。」


 渋々(しぶしぶ)という感じで目を瞑った。優斗は茜の頭を撫でる。そうすると茜は気持ち良さそうな顔をして、やがて、穏やかな寝顔を見せ始めた。


「やっぱり子供だなぁ。」


 どれだけ大人びていても、この少女はまだ10歳の子供だ。その証拠に撫でただけ眠りにつけている。もし大人だったらどれだけ疲れていたとしても、魔物がいて死の脅威が存在している森の中で眠ることはできない。


「だから、途中で起こして交代なんかしないよ。」

「すぅ…すぅ…。」


 優斗はすっかり熟睡した茜に微笑んで頭から手を離した。

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