初めての魔法
友好の握手をした彼『渡辺 優斗』と少女『中条 茜』は早速、自分たちがどのような状況に置かれているのかを把握することに努めた。
「木しかないけど異世界なんだよな。」
「そうですね、異世界のはずですよ。」
二人で周りを見渡せどやはり木ばかりで未だ異世界という実感はない。
「とりあえず所持品のチェックをしようか。」
「分かりました。」
二人は横に落ちていた黒いリュックと赤いランドセルを目前に置いて中身を広げた。
黒いリュック↓
災害用銀シート(銀色の羽織って暖をとるもの)
バッテリー(スマホ対応)
ワックス(手の平サイズ)
ポケットティッシュ(水で流せる)
エチケット袋(JAL)
歯ブラシ(携帯用)
飴・スナック(大量)
財布(クレジットカード・学生証・現金etc)
スマホ(圏外)
赤いランドセル↓
通学帽子(黄色)
各教科書(小学四年生)
リコーダー(ワセリン有)
文庫本 (ロリータ)
硬貨(非常用)
「なんでそんなにお菓子があるんですか…。」
「お菓子パーティーをやろうと思ってな。まぁ、パーティーって言っても参加人数は一人だけど。」
「…友人は…。」
「…いないわけじゃないから。呼んでないだけだから。というか、そっちもどんな本読んでんだよ…。」
「別に何を読んでも良いじゃないですか。」
「良いけどさ…。ちなみに友達は?」
「いませんが。何か?」
「いや。別に…。」
同類か、とひっそり思ったのは言うまでもないが、見栄を張った自分よりも堂々とぼっち宣言したこの少女の方が立派か、と思ったのも同上。
「まぁ、食料はこの通りお菓子があるからしばらくは良いけど、水か…。」
「水ですね…。」
もちろん近くに水の流れる音は聞こえない。二人はどうしようか考える。と、その時、腕を組んでいた茜がハッとした顔になり手の平を叩いた。
「魔法を使えば良いじゃないですか!」
「……。」
「その目をやめてください。別に痛い子とかじゃありません。」
「じゃあ、どういうことか説明を。」
「見てもらった方が早いかと…『アクア』!」
手の平を上に向けて茜が叫ぶ。すると、その小さな手の上に水が生成されていく。最終的に十円玉ぐらいの大きさになった。
「…で、できました。」
「…で、できたな。」
「実は半信半疑だったんですけどね。」
「失敗したら本当に痛い子だったな。」
「…成功して良かったです。」
茜がホッとした表情になる。そして、生成された水をしばらく二人で見つめる。
「異世界だね。」
「異世界でしたね。」
水が手の平から出現するという現象を目の当たりにして、異世界だということを二人は実感する。それからまだしばらくボーッと見ていると突然、水が茜の指の隙間を通って地面に滴り落ちていった。
「中条さん?」
随分大人っぽい小学四年生をいきなり名で呼ぶのをためらった優斗は茜の顔を見る。
「す…みません…ちょっと…気分が……あ…。」
「っ!中条さん!」
前倒れになった茜を優斗は慌てて受け止める。
「大丈夫か!?」
「す…みません、魔力切れ…みたいです…。」
「魔力切れ…。」
「魔力…切れ…とは…」
「後で聞くから!今はおとなしくしてろ!」
「は…い…。す…みません…。」
ついつい心配する気持ちが早り命令口調になってしまった。ごめん、と一言謝ってから優斗は茜を自分の膝の上に寝かせた。
「膝枕って…こんなん…なんだぁ…。」
「辛いか?降ろそうか?」
「いえ…このままぁ…。」
気分が悪いせいか茜の返事が間延びしたものになっている。何かしてやりたいが優斗ができることはない。せめて、やれることと言えば頭を撫でるぐらいだ。
「…あ…ふぅ…。」
気持ち良さそうだった。さっきまでのキリッとした表情とはまるで違くてこの時ばかりは小学四年生の普通の幼子だ。
「良くなってきたか?」
「はいぃ…。…はっ!」
「ん?」
「いや…ちょっと、もう、いい…。」
「そうか?」
突然顔を抑えて、いやいや、を始めた茜の頭から手を離すと、物凄い勢いで体を起こし優斗から離れた。
「おーい。」
「……。」
「大丈夫かー?」
「……。」
声をかけれども返事が返ってこない。やがて、背中を見せていた茜が優斗の方に振り向いて近づいてきた。
「…すみませんでした。」
茜の顔は真っ赤だった。絶賛、羞恥心に襲われているところらしい。
小学生なのだからもっと甘えても良いのに…。
そう思った瞬間だった。
「…むっ…渡辺さん…。」
「な、なんだ?」
茜が不機嫌そうな顔で優斗を見つめていた。
「ふんっ。」
一体、何が気に障ったのだろうか…?羞恥心ではないのは分かるが…。
優斗は考えるが女子小学生の乙女心を推し量ることは叶わず、茜の機嫌が治るまで沈黙するしかなかった。
「…ふぅ。介抱、ありがとうございました。」
「い、いえいえ。」
治ったみたいだ。良かった。
だが、10歳も年下なのに戦々恐々としてしまうのはなぜだろうか?
「それでなんの話でしたっけ?…あ、魔力切れでしたね。」
「そうだな。ていうか、そもそも魔法の事を知りたい…って、その前に何で中条さんは魔法を使えたんだ?」
「あー、それはですね、時空の間で練習したからです。」
「へ?練習?」
「実はですね…」
茜曰く、女神から全属性魔法行使可能のチート能力を授かり、その魔法を女神から直々にレクチャーしてもらった、とのこと。
ということは…。
「じゃあ、最初から異世界って分かってたんじゃ?」
「いや、全部夢かと思ってまして…。」
「でも、魔法を使えば、って自信満々に言ったような…。」
「言った後に私も、何言ってるんだろうなぁ、とは思いました。その後は勢いです。」
おぉ、勢いか。若いって良いな。20歳になると中々…ね…。
「それで、魔力切れは、その名の通り魔力と呼ばれる魔法を行使するための力を消費し過ぎて起こる、吐き気や眩暈を引き起こす症状のこと…、と女神様が言ってました。」
「へぇ〜。ん?じゃあ、『ステータス』もあるのか!?」
「ひゃっ…す、すごい食いつきようですね。」
「あぁ、ごめん。なんというか…実感はできてたんだけど、理解がまだ追いついてなかったみたいで、今になってこう興奮してきたというか…。」
「分かります。私も時空の間で子供みたいにはしゃいじゃいましたね。」
今も子供だと思うけど…。
「渡辺さん?今何か考えました?」
「っ、いえ、何も。」
「そうですか。」
…小学生と思われたくないのかな?
段々と茜の考えが見えてきてる、ような気がした。
「で、ステータスでしたよね?ありますよ。『ステータス』!」
「うお!」
突然、二人の間に半透明なホログラフィックが出現した。優斗から見れば逆さ文字、逆さ数字が並んでいるのが分かる。
「それ、俺見ても良いのか?」
「別に構わないですよ。」
「じゃあ、失礼して。「…っ!」おぉ!」
氏名:中条 茜
性別:女
年齢:10歳
種族:地球人
段数:1
能力:全属性魔法行使可能・成長促進・女神の加護
体力:5
筋力:5
魔力:10
「段数はレベルかな。俺にも出るのか…『ステータス』!」
氏名:渡辺 優斗
性別:男
年齢:20歳
種族:地球人
段数:1
能力:女神の加護
体力:5
筋力:5
魔力:1
「…平均値ってどれくらいなんだろう。強いのか弱いのか分かんないぞ。」
「確か、段数×5が平均値って言ってました。」
「……。」
「ま、まぁ、あまり気にしなくて良いと思いますよ。私のステータスが高いのは女神様から施しを受けたからですし、女神様曰く化ける人もいるって言ってましたから。だから、大丈夫ですよ。」
「…そうだな、魔法を使うのは無理っぽいが、他が平均値なだけ良しとするか。」
幸い、施しを受けた茜より劣っていないのでお荷物にはならないはずだ。
「値のことは分かったけど、この能力ってスキルとか技能とか攻撃手段のこと言ってるんだろうけど内容はどうやって見るんだ?」
「タップすれば分かるって言ってましたよ。」
「タップ…お、出た。」
女神の加護:読み・書き・話し・聞き等、言語によるあらゆる障害を解消する。
「…。My name is yuto.」
「マイ ネイム イズ ユウト。」
「あれ?変わってないな。」
「障害になってないからでは?」
「あぁ、そういうことか。じゃあ、Ich liebe dich.」
「オマエヲアイシテ…ルぅ!?」
「おぉ、変わったみたいだな…って、何驚いてんだよ。言っておくけど告白じゃないぞ…。絶対知らないような言葉を言っただけだぞ…。」
「分かってますよ!…それで!何を言ったんですか!」
「い、イヒ リーベディヒ って言ったんだよ…って、愛してるに聞こえるのか。どうやって教えれば良いんだ?」
「イヒ リーベディヒ ですか?」
「え…、その通りだよ。翻訳されなかったのか?」
「されなかったですね。」
「元の言葉が知りたいと思ったら加護は適用されないのか?」
「そうみたいですね。」
「女神の加護、凄いな…。」
「凄いですね…。」
優斗は感激しながら、見出し方式がWikipediaのような能力欄を何度もタップして、開いて閉じてまた開いて、を無意識のままに繰り返す。
「私はまだ他にもありますよ。…っと。」
全属性魔法行使可能:火・水・地・雷・光・闇・時空の全属性の魔法を使用できる。
「属性ってこんなにあるのか。」
「そうですね。あ、属性と言えば、例外もありますが、属性は一人につき一つか二つしか適正がないって女神様が言ってました。」
「じゃあ、全属性適正は本当に凄いんだな。」
「そうですよぉ。」
自分のステータス画面を見て少しニヤつく茜。そんな緩んだ顔を見て優斗は微笑ましく思うが、一方で、自分にはどんな適正があるのか少し気になる。しかし、適正が分かって魔法を取得したところで魔力が無かったら能力欄をただ圧迫するだけの無用の長物になるのは確実だ。よって優斗は自分の魔法についてはあまり考えないようにした。
「この成長促進は?」
「ちょっと待ってください。…はい。」
成長促進:段数や能力値が上がりやすい。なお、身体的な成長が促進されるわけではないので注意。
「本当にチートだな。羨ましいな。」
「…ちっ。」
「え。」
「なんでもありません。」
また不機嫌になった。先ほどまではニヤニヤしてたのに今は冷えた目でステータスを見ている。
茜は表情豊かだ。まだ数時間しか経ってないのに色んな表情を見せてくれる。優斗はそれが可愛らしく好ましくも思っている。
「なんですか?」
「いや…。」
優斗はニヤニヤして茜を見ていたが、次の瞬間には茜が、ステータスを見ていたその目で優斗を見たので、優斗は閉口した…させられた。
「大丈…よ、私、まだ10…。…理も…だ。」
そして茜はブツブツ何かを唱え始めた。
「…中条さん、お菓子いる?」
負のオーラを撒き散らし始めた茜に耐え切れず、優斗は大量に買い込んでいたものの一つの、meijiの板チョコの箱を開けて前に差し出した。
「…いただきます。」
お菓子というのは誰かを宥めるにはやはり最適解であるらしい。なぜなら、あんなに冷えた目をしていた少女が今ではうっとりと美味しそうに食べているのだから。
「ごちそうさまでした。」
「はいよ。ゴミ頂戴。」
「あ。お、お願いします。」
茜の手から銀紙を引き抜き箱の中にしまってしまい、リュックの中に入れた。
「さて、落ち着いたところで本来の目的だった水の事だけど…。」
「魔力が少なすぎて無理です。せめて50あれば良いんですけど。」
「じゃあ、川とか探さないとな。」
「そうですね。『魔物』に注意しながら行かないとですね。」
「あ、やっぱり魔物とかいるのか?」
「女神様が言うには。でも、目が覚めたところには最弱の『スライム』しかいないとも言ってました。」
「一応、配慮してくれたのか。」
「そうみたいですね。」
そう言って二人は広げたものをリュックにランドセルに片付け背負った。そして、優斗は地面に落ちていた竹刀と同様の大きさと太さの木の枝を二本拾った。
「じゃあ、今から川を探すけど、もし、スライムが出てきたらまず俺が倒せるのかどうか検証するから。それとスライム以外の魔物が出てきたら逃げるから。女神がわざわざスライムしかいない森に転生させたのは、今の俺たちでも倒せるから、と思うけど仮に他の魔物がいたら倒せるか分からないから。だから、スライム以外は逃げる。いい?」
「はい。分かりました。」
「うん。じゃあ、一応、お守りにもならないかもしれないけど…。」
優斗は茜に木の枝を渡し、自身も木の枝を構える。
「では、川探しに、レッツゴー。」
「おー。」
覇気の無い掛け声とともに優斗と茜は薄暗い森の中を歩み始めた。