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ハナビ

ありえない。本当にありえない。

以前から私の前だとヘタレだとは思ってたけど、まさかここまで…

私は、やさぐれた顔をした少年に落胆することしかできなかった。気合いを入れて浴衣を着てきたのがバカバカしく思えてくる程に、だ。

着つけながら怒涛の問いかけを投げかけてくる母に抵抗し、履き慣れない下駄の紐は指を擦り、チクチクと痛む。

そんな思いをしてまで、どうしてそこまで。と問われれば、ひとつしかない。

こえが自分なりの答えであり、決意だった。笑顔で巧を東京へ送り出すという決意。なのに……


自分から誘っておいて、直前のトラブルでビビった末に『妹を連れて約束の場所にやってきた』今世紀最大のヘタレ男。それが相河 巧なのである。行動。およびそのすべてに愕然としていた。することしかできなかった。隣で頭を下げたまま動かない希実ちゃんには、無念極まりないといった雰囲気を漂わせている。

考えてもみる。確かに、いきなり誘われたのに驚いて、勢いで断ってしまったのは申し訳ないと思っている。それなりに凹むのも理解できる。

でも、これはさすがに…


「待たせたな。い、行こうぜ」

第一声がそれか! 謝罪は?!

思わず叫びそうになったが、ぐっと堪えて「うん」と笑顔で答える。

ここは我慢だ。いま怒ってしまったら、今度こそ家に引きこもってしまうかもしれない。それだけはやってはいけない。

受け入れられない現実に絶望して、彼を困らせたのは他でもない私なんだから。きちんと自分の口で謝りたい。空いた溝を埋めたい。

ちゃんと、仲直りしたい。でも……


「おい希実。真ん中歩けって」

「はあ?! 本気で言ってるの。信じられない!!」

これは、なあ………





足がすくんだ。声が詰まった。向けられた視線が痛いような、切ないような…。とにかくいまの彼女を見ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

思い返せば、いまの自分がどれだけ格好悪いことをしているかがわかる。状況を読まずにいきなり祭りに誘い、断られたことに思いっきり動揺して、心が折れて。せっかくの妹の後押しすらも間違った使い方を選んだ。これでどうしようもないヘタレ男の完成だ。

ここまでわかっているのに、それでも―――俺は怯んで、自らその道を選んでいた。

幼馴染にも、妹にも格好悪い姿を見せているこの時間は、これからも思い出すたびに胃を痛める事件簿になるだろう。

このまま黒歴史として、なんて終わり方はできない。踏み出さなきゃならないんだ。竦む足を、掠れた声を張って。


「あ、あーーー…どこから回る?」

そうじゃないだろ!! 何を言っているんだ俺は! さっきの決意はどこへ?!

ほら見ろこの凍りつきそうな二人の視線。夏なのにここまで寒さを感じるのは初めてだよ…


3人で歩いているのに妙に静かで、周りの声ばかりが耳に入る。ただただ、俺の後をついてくるだけ。親と祭りへ来た子どものようだ…いつもなら、光があれをやりたい、これを食べたいと俺を引っ張り回すのが基本。思えば、俺が主導権を握ったことなどないのかもしれない。悲しい話だ。

光の性格なら上手いこといくかもしれないが、俺はそういかない。変な気を使って空回りするのがオチ。

あれ俺って……こんなにダメな男だったのか―――?

考えれば考えるほど胃がキリキリと痛んできた。苦悶の表情を隠す笑みを浮かべる。浮かべているつもりだが、果たして俺は上手く笑えているだろうか。3人を取り囲む空気は、より一層重くなってゆく。


すると、希実が大げさに手をパンと叩き、人差し指をたてて高らかに宣言した。


「あ、そうだ! 花火見るよね、見るよね? じゃあ私が場所取ってくるね! たく兄、焼そばとフライドポテトと綿アメとリンゴ飴ね。リンゴ飴は必須だから。じゃあふたり仲良くよろしく!」

そういって希実は人混み掻き分けつつ全力で走り去っていった。

去り際に置いていったウインクの意味は、痛いほどよくわかっていた。むしろこれが本来の流れだったのだ。計算通り計算通り。

嘘ですすいません。ありがとうございます希実様。


…取り残された俺たちは、しばしの沈黙が続いた後、先に口を開いたのは光だった。

「…行こう。お腹空いた」

「そ、そうだな」

いつ謝る? タイミングは。場所は。言葉は。答えのない答えを探すが、いまではないとわかった。ひとつ溜め息をつくと、少し前へ出た彼女が振り返った。

「ねえ、財布忘れちゃった。奢って」

「…いや、わざと忘れたでしょ」

「う、うるさい。このままじゃ私空腹で死ぬわよ? 人殺し!」

「わかったよ。はあ、どうせこんなこったろうと思ってたよ」


まだ目を合わせてくれないが、本調子ではないが、いつもの光がいる気がする。

そうだ。そもそも面倒くさがりな光が浴衣を着てきてくれたのだから、それなりのやる気を持ってきていることが見てわかる。…できれば財布も持って来てほしかったけど。


リンゴ飴の列にふたりで並んで安心する最中、唐突に彼女は尋ねた。

「ねえ。本当に東京の高校へ行くの?」

またも胃が痛む。事実を伝えるだけなのに、ここまで傷つき、傷つけなければいけない。

ぐっとお腹に力を入れ、答える。

「…うん。スカウトされたんだ。推薦入学って形になるけど」

「そう…これで行かないとか言ったら、私がバカになるところだったね。…でも、行かないって言ってほしかった」

顔こそ見えなかったが、その声は震えていた。口ではいいと言っているのに…本当に嘘が下手な奴だ。


こんな彼女を見て、やはり俺の口から謝るべきだと感じた。いつだって俺を支えてきたのは光なんだ。たまには逆になってもいいではないか。

そう考えると、心が軽くなった。思考が回る。冷静になるんだ。

タイミングは、やはり花火のときしかない。


決意を固め、ようやく順番の回ってきたリンゴ飴を手にし、人混みをわけて進んだ。

「行こう。もうすぐで始まっちまう」

自然と俺の手は彼女の細い腕を掴み、強く引っ張っていた。

伝わってくる熱が温かく、思わず顔も赤くなってしまう。

それでもこの時間のおかげで、やっと触れることができた。

残すは――――





花火がよく見える砂浜には、たくさんの人が所狭しと座り、希実を探すのは骨が折れた。

俺たちを見つけると手招きし、入れ替わるように出店へ向かっていった。

…我が妹ながら、これだけ気配りのできる女子は同年代ではそういないものだな、と感心した。今回の食費はお兄ちゃんの奢りにしてやろう。


花火が上がるまで、あと数分。どう切り出そうかと模索する中、それを切り裂いたのはまたも光だった。

今日初めて俺の顔を見て、それでも元気のないしょぼくれた顔で、俺の瞳を覗きこむ。


「……やっぱり、怒ってる?」

その顔は不安でいっぱいになっていた。彼女からそう見ることはない、弱気な姿勢の彼女である。


俺は覚悟を決め、言った。


「俺に怒る権利は無いよ。むしろ俺が謝るべきなんだ。ちゃんと先に説明しておけば、今以上に傷つくことはなかったのに…もう一度ちゃんと、俺の口から言わせてくれ。

俺は東京の高校へ行く。いまよりもレベルの高いサッカーに触れて、自分がどこまでいけるのか、試してみたいもっと、広い世界を知りたい。だから……」


「私ね…本当にびっくりした。いままで何でも私に相談してきた巧が、いつの間にか東京に行くことになってて、来年になったら隣にいないって考えたら、本当に怖くなって、涙が溢れて、たまらなくなった。あのときの巧の顔、いまでもよく覚えてるよ。あのときは本当に、本当にごめんなさい」


「俺の方こそ、相談しなくてごめん。しようかどうか悩んだけど、それはダメだって思った。もし相談していたら、きっと引き止められて、俺の意思は変わっちまう。そう直感して、黙って決めた。その結果大失敗だったんだけど。俺は弱いよ。すぐ凹むし、優柔不断だし…光にはいつも格好悪い姿見せてるけど、そうやって素の自分を見せられる相手は少ないし、助かってる。

でもそれじゃダメだって、気づいた。このまま甘え続けたら俺は成長しない。いつまでも光の隣にいることはできるかもだけど、それはいつまでも『俺は変わらない』ってことになる。変わるならいまだって。いましかないって感じた。これが俺の、素直な答えです」



「ごめんね。私、怖かったの。巧が遠くに行って、いろんなことを頑張っているうちに、私のこと忘れちゃうんじゃないかって。私の知らない友達をいっぱい作って、彼女とかできて、私がいらなくなったらって思うと、怖くて…頭の中グチャグチャになって、それで……」


「バカか。忘れるわけないだろ、忘れられるわけないだろ! 15年間一緒にいて、いっつも横暴で自分勝手で、思い通りにならないと拗ねてこっちを困らせる。そんなどうしようもない幼馴染を、忘れられるわけないだろ…!」


「うぅ…何よ、黙って聞いてれば悪口ばっかりじゃない。巧のくせに…くせに……じゃあ何で、隣にいたのよ」

「そ、それは…」

言っていいのか? いや、ここ以外に言えるシチュエーションなんてそうそうないんじゃないか? だったら、いまなのか―――?


「俺は…ずっと光のことが、ずっと、好―――」

発された言葉は、同時に放たれた爆音によってかき消された。その直後、多くの人が歓声を上げた。その後も爆音が鳴り止むことはなく、見上げた空には、鮮やかな花火が何度も何度も打ち上げられ、見るものすべてを圧倒した。

毎年見てきた花火なのに、どうしてこんなに…

「キレイ、だね」


光が呟く。どうやらまったく同じことを考えていたらしい。いま見ている花火は、見てきたどの花火よりもキレイに見えて、言おうとしていた言葉も失ってしまった。

「ところで、ずっと私のことが、なんて?」

「あ、ああ。もういいです。だいたいこんな予感はしてたんで」

「なにそれ? 意味わかんなーい」


俺だってわからない。何を言おうとしていたのか、覚えているが、いまは機ではないのだと整理し、見逃すことにした。

すると光は俺の服の袖を引っ張り、顔を寄せた。

「私もいうことがあるの。忘れてた」

「それってあんまり重要なことじゃないんじゃないか?」

「そんなことないよ。耳貸して」


え、もしかして…?

そんなことがあるのか?


待って、心の準備が…



「私―――」







「巧と同じ高校受けるからーーーーーーーーーー!!」

「ああああああああああああああああああああああ鼓膜があああああああああああああああああああああ?!」

期待と鼓膜が同時に破られたショックもあったが、あまりの驚きに俺も声が大きくなってしまった。

つまり、もし光が同じ高校に来たなら、またこうして?


「びっくりしたでしょ? さっきは私と離れて、なんて言ってたけど、そう簡単には逃がさないんだから。覚悟してなさい!」

…本当にどうしようもない奴だ。せっかくの俺の覚悟を踏みつぶして、また思うがままに暴れてくれた。

でも、今回だけはその暴走が嬉しかった。いつか離れたとしても、いまはまだ離れたくない。それが素直な気持ちだった。


「ま、来れるもんなら来てみろ」

「うん! 期待しててよ!」


無邪気な笑顔にあてられ、俺の口から零れ落ちたのは、

「ありがとう」の一言だった。

半年ぶりの投稿でした。本当にお待たせしました。

次回は最終回です。どうぞよろしく

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