シンロ
好評をいただいた前作品『ハツコイは妖狐?』のスピンオフ作品です。
読まなくても内容はわかりますが、前作を読むとより楽しめるかと…!
「ねえ、愁くん」
白銀のサラサラとした綺麗な長い髪に赤い瞳。頭からは獣のような耳がしゃんと立っていて、嬉しそうに前後に揺れている、美しい女性が僕を呼んだ。
呼ばれるまま、彼女の隣へ座った。
「なに、美春?」
「この子の名前…なにがいいかな?」
美春は、大きく膨らんだ自分のお腹を撫でる。その中では、新たな生命の鼓動が確かにある。
優柔不断な僕には、とても決められない問題である。
「名前なんて…僕には荷が重いよ」
「そんなことないよ、だってこの子のパパになるんだよ?そう、愁くんがパパか…」
美春は嬉しそうに、僕の顔を覗いた。
ルビーのような瞳は、彼女という人間をよく表していた、澄んでいる真っ直ぐな瞳。
「美春は、なにか考えてるの?」
そう問いかけると、美春は嬉しそうに僕の腕を掴み、得意げに笑った。
「1つ、とっておきのがあるんだ〜!」
「へえ、どんな名前?」
「光!私達を照らしてくれる、明るくて元気な子になるように…」
「暗い人間で悪かったですね」
美春らしくない、とても真面目な回答に驚いた反面、つい自虐に走ってしまった。
それに美春は、頬を膨らませて足をパタパタとぶらつかせる。
「もー!そういうことじゃないの!」
「ごめんよ。でも、いいと思うよ…なるほど、光か…」
考え込むように視線を落とし、光という少女を思い描いた。
活発で、ハキハキしてて、僕をパパと呼んでくれる…美春に似た女の子。
「美春に似ると、いいね」
「えぇ〜、私に似るとバカになっちゃうよ?」
「自覚あったんだ」
「また意地悪なこと言う〜!!」
それでも僕は、こんな可愛げのあるおバカさんが好きで、結婚している。子供ももうすぐ誕生しようとしている。
自分が父親になる実感はまるで無いけれど、できれば自分ではなく、美春に似た元気で周りを和ませてくれる子になってほしい。
「そうだね…うん。光にしよう」
「採用?やったー!」
彼女は両手をあげて喜び、そっと手をお腹へ戻した。
「早く私達へ顔を見せてね、光…」
♡
そんな感じで私、真柴光は生まれました。
名前に込められた願い通り、いつも笑って2人を明るく照らしていたと言います。
ただ一つ、2人を困らせることがありました。
それは、元気過ぎたところです…
歩けるようになった途端、驚異の機動力で家を徘徊。つくった傷は数知れず…
喋れるようになった途端、あらゆる人や動物に話しかけた。挙句の果てには、通りすがりの他人へ名前を教える始末…
まあ一言で言えば、問題児です。
4歳から耳と尻尾の引っ込め方を教わり、幼稚園へ通い始めて僅か一週間、周りの子供達を統率するリーダーに変貌したそうです。
その中にいた一人が相河 巧、両親の仲がいいだけに、よく遊ぶことがあった。
巧の影響もあったのか、いつもやっていることは男の子に近かった気がします。
凶暴さは、歳を重ねるごとに増していき…
私は、中学三年生になりました。
15歳の春、そろそろ青春してもいいのではと思い始めた今日この頃。
「巧ーーー!!そこだー!いけー!!」
「巧くーん、頑張ってーー♡」
「きゃー巧くぅーん♡♡」
現在、県中学生サッカー大会会場に足を運んでいます。
基本的にスポーツは無難にしかできないが、巧の応援をするためにやってきました。
今やサッカー部のエースにして甘いマスクの持ち主、同級生はもちろん下級生までも虜にしている。
そんなファン達が駆けつけ、私とともに黄色い声援を送っていた。
「うぁー!惜しいぃぃい!!」
頭を抱えて座り込む、激しい感情表現をする私を、隣で見つめる女性、相河 夏希は腹を抱えて笑っていた。
「光〜あんたほんと面白いよなぁ!」
「そうですか?」
「うん、とてもあの2人の子供とは思えねえくらいうるせえ。」
「それよく言われます!」
そう、私は残念ながら清楚とは程遠い、元気な女の子。
声こそ澄んでいるが、明らかにギャンギャンと叫ぶように送る声援は、果たしてよいのだろうか…?
♡
「お疲れ!」
買ったスポーツ飲料を片手に、帰る巧の背中へ抱きついた。
「ちょ、光…!」
巧の顔は日焼けして赤くなっていたが、より顔を赤くした。
「大活躍だったじゃん、さすがエース!」
「まあ、ありがとう…」
巧は困ったように笑う。
そして、思い出したように人差し指をたてて話した。
「そうだ。光の声、よく聞こえたよ?」
「うっ…よ、よかった〜」
「周りの女の子より全然聞こえる」
「悪かったわね!黄色くない声援で!!」
「痛っ!蹴るなよ疲れてんだから!」
そっぽを向いて腕を組み、不機嫌そうな雰囲気を出してみる。
チラリと巧を見ると、また困ったように笑っていた。
「まあ、聞き慣れた声が聞こえると…心強いよ」
「…へぇ〜珍しくフォローしてくれるのね」
私の一言に、巧はしかめっ面を浮かべた。
オレンジ色の髪に長いまつ毛、整った顔立ち。モテる理由は、いつも隣にいた私がよく分かってる。
怒った顔すらも愛らしい、14歳の少年。
「それは心外だよ、今まで俺がどれだけ光のフォローをしてきたか…って聞いてる?」
「え、なにが?」
言及するのはやめ、ため息をつく。
私のマイペースっぷりにいつも振り回されているのに、彼はいつも隣にいてくれる、優しい友達。
「ちゃんと聞いてたよ、いつもありがとっ!」
ニコニコ笑う私の顔を見て、つい巧は顔を逸らした。
別にお礼を言ってほしいわけじゃなかったのに、それでも彼女は…
「じゃあこっちだから、バイバイ!」
曲がり角を曲がっても、背を向けずに手を振りながら歩いていった。
「ホントに、しょうがない娘だよ…」
♡
「ただいま〜」
「おかえり、お疲れさん!今日は唐揚げだぞ!」
エプロン姿に菜箸を片手にもった夏希が、玄関へ出迎えた。
俺と同じ、オレンジ色の肩まで伸びた髪。
怒ると怖いが、息子想いのいい母だと、光のお父さんも言っていた。
「たく兄お疲れ、どうだった?!」
階段から降りて、ゆったりとした口調で出迎えたのは、妹の希実。
一つ下の気心の知れた友達のような存在で、しっかりした自慢の妹だ。
「もちろん、勝ったよ。点も決めた」
「さっすが〜!で、ちゃんと言ったの?」
希実は目を細め、俺を見て薄く笑った。
なんとなく察しはつくが、気づかないことにする。
「なにが?」
「もちろん、光ちゃんにだよ!俺、光のことが昔から好きだったんだ〜!とか!!」
「言うわけないだろ」
妹のここだけが、俺は嫌いだった。
他人の恋沙汰に突っ込んでくるのが女の性なのは知っている。だが必要以上に詰め寄られると困るというか、うざい。
「でも光ちゃん鈍いからね〜たく兄は苦労するよ!」
自分でもそう思う。
昔から自由奔放、俺をいつも連れ回しては危険なことに巻き込むトラブルメーカー。
それでいてド天然ときたから、もう手の施しようがない。
はっきり言ってタイプじゃない、清楚でお淑やかな娘が好きなんだ。
だけど…何故あんなにも、気になるんだろう。
魅力的に見えてしまうんだろう。
「どうなるか、分かったもんじゃないね」
玄関に靴を並べて、リビングへと歩を進めた。
♡
夏の大会はきっちりと勝ち進み、試合は夏休みへと突入した。
その夏休み前、担任と親との三者面談が行われた。
担任の先生が俺の成績資料を取り出し、母の前へ差し出した。
「相河くんはクラスメイトともよくやってるし、部活も真剣に取り組んでいる。成績もそこそこです、やはりここらじゃ戸倉高校ですが…相河くんはどう考えていますか?」
「俺は…まだあまり」
俺が視線を逸らし、母をチラリと見る。
母もまた、何も考えてないというような顔をしてみせた。
「一応戸倉ですけど…できれば、この子のやりたいことができる高校がいいですね」
思いのほか真面目な意見に、先生は嬉しそうに問うた。
「と、いいますと?」
「そうですねぇ…こいつは女の子が好きなので、女子校とかに放り込んでみたら…」
「母さん?」
真面目な意見を期待した俺がバカでしたよ。
不機嫌な面持ちで睨むと、母は肩をすくめた。
「冗談だよ、本音を言うと、サッカーの強いところに行ってほしいね」
「なるほど、確かに彼は10番を背負うエースですから、それもありだと思います」
俺も悪くないと思う。しかし、県内有数の強豪校に行くにしても、土地的に遠い。条件はあまりよろしくない。
「夏休み、また検討してみます」
それがいい、と先生も頷きその場は収まった。
教室から出た後、母が呟いた。
「アタシらに遠慮しないでよ、アンタがやらせたいことくらいやらせてやるよ」
「母さん…」
「だからやっぱ女子校に…」
「母さん?」
これから部活に向かおうと、廊下を早足で歩いていると、上の階段から同級生の男の子ががっくりと肩を落として歩いてきた。
声をかけようとするが、咄嗟にかける言葉が見当たらなかった。
そして前からは、見覚えのある黒髪に混じった金髪がちらほらと見える頭、身長こそ小さいが、とても元気な少女。
なるほど、とさっきの男の子の姿を思い浮かべる。
「あ!サボりか?こんな時期にサボりか?!」
「違うよ、三者面談」
いきなりサボりだと突きつけてくるあたり、流石だと思う。
「ふーん…どこにするの?高校」
「まったくの未定。光は?」
少し考えるような仕草をしてから、俺の顔を見て答えた。
「巧と同じトコ!」
「あのさあ…それでいいの?」
「いいの!私だって特に行きたいところ無いし〜」
「なんか、羨ましいよ」
「あ、今バカにしたね!」
毒づいてみせる反面、心のどこかで安心していた。
高校に行っても、太陽のような彼女は隣にいてくれるのだと、安心していた。
夏の大会、巧率いる戸倉中学サッカー部は惜しくも県ベスト8で大会を去った。
しかしこの快挙は地元に行き渡り、一躍有名となった。
そして、とあるスカウトマンの目にも止まった。
それが私と、巧の運命を変える出来事となる。




