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誤って殺されたのだから、第二の人生を歩ませて下さい……  作者: 今野常春
第二の人生はエラーが発生していた。
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第七話 カナタ、就職先を斡旋する。

 元町長ヘイルトン以下三名の家族計二十名はその日のうちにアバンより追放された。その際、彼らは周囲に分らぬ様貴族専用の出入口より出て行ったのであった。

 カナタはその事をエレナより報告が為された際に尋ねて教えられた事だった。


 カナタは二人や関係者以上に追放される人たちを心配していた。平民のレイシェルやデレス以上だと言っても間違いではない。

 彼の思考はあくまでも山本彼方であり、前世の記憶が強く反映されていたのだ。その常識から導き出された考えと感情であった。


 そこが彼女たちには恩情に溢れた平民想いの将来が楽しみな侯爵家の嫡子と思えてしまう。だが、そこにも貴族出身の二人と平民の二人とでは壁が在り、埋め難い溝が在る。

 前者は個人的には褒められる人物止まりで、貴族としてはもっと厳しい態度が求められると貴族視点で考えられている。


 対してレイシェル達は純粋に平民の生活を心配するカナタに尊崇の念すら抱く。子供のうちからこの様な素晴らしい考えが出来るカナタは是非ともこのまま成長して欲しいと思わざるを得なかった。






「で、万事上手く行ったのかもしれないけれど、キューレン・デレスはどう扱うのかしら、テレサ?」


 いい加減カナタの隣で放置気味にされる茫然としたままのデレスが哀れに思い、レイシェルは少し強めの口調でテレサに問い掛けた。


「あっ、そうですね。デレス? デレス……」


 テレサはハッとなりデレスに声を掛けるも、茫然とした表情は変わらなかった。そこで彼女は体を揺すり、漸く正気へ戻す事に成功する。


「あれ、ベリット様? それにカナタ様も……?」

「デレス、貴女は気を失っていたのですか?」

「えっ? あれ、そう言えば途中から意識が無くなった様な…… あの、ヘイルトンさん達は?」

「彼等は違反行為により罰されました。役職の剥奪、アバンからの追放です。もしかして覚えていないのですか?」


 テレサの少し窺う様な口調にデレスは急ぎ記憶を掘り起こす。

 すると、微かにその様な事が宣告されていた様な記憶と、心配するカナタの言葉が呼び起こされた。


「あっ、思い出しました。申し訳ございません。この様な緊張する場に立ち会うなど初めての事でしたから……」

「それを言うのなら私もよ。貴族に関わると幾つも命が必要になるわね!」


 デレスはテレサに平謝りするがレイシェルは皮肉交じりに不満を口にする。ただし、今回は平民が不正を働き、貴族が罰したに過ぎない事は十分理解出来ている。それでも逃れられない状況に巻き込まれた自身の境遇に一言文句を述べたかったのだ。


「申し訳ございません、マダレール様、デレス……」

「ご免なさい、二人とも……」


 悪いと思えば謝る。テレサはその様な考えではないが、カナタはその考えが浸透している。開き直る、逆切れしなかった事にする等と言った考えは決して浮かばないのは素晴らしいだろう。


「だ、だからね、カナタ様! 大貴族の嫡子たる貴方はそう易々と平民に頭を下げてはいけないのですよ!?」

「そ、そうです。私は渡来人ですが、私の国でも高貴なる身分の方々はたとえ悪かろうとよっぽどの事が無い限り頭は下げません。どうか謝罪は無用に……」

「う、うん。わかった……」


 慌てて頭を上げさせた二人はカナタが素直に聞き入れてくれた事でホッと一安心の表情を見せる。外にはエレナと侯爵家の人間がウロウロし、万々が一見られでもすれば万事休すなのだ。


「さて、デレスの事ですが…… 当家の規則から申しますと彼女は未申請者扱いになります」


 此処までのやり取りが無かったかのようにテレサはレイシェルに尋ねられたデレスの処遇について、見解を述べる。

 その変わり身の早さに驚かされたレイシェルとデレスだが、特にデレスは真剣に聞き入る。


「そうだとすると、私はどうなりますか?」

「当然、当領地の規定により違反行為となります。出店に意思を有する者は必ず当該者が申請を行う事と決まっています」

「そんな!?」


 デレスは絶望的な表情で言葉を発した。しかし、テレサは此処で甘い顔は出来ないと心を鬼にする。立場ある人間が一度ルールを破れば、そこから次第に穴が拡大し手の施しようの無い事態に発展する可能性が在るためだ。

 唯一超法的措置が許されるヴィレスタ・アーバカスト侯爵はこの中に含まれないが、この件に関しては些細な事と関わる事はないのだろうとテレサは確信を以て考えている。


「こればかりは特別に許可を出す事は出来ません。残念ですが、諦めて下さい……」

「そんなぁ、これからどうすればいいのかしら……」


 デレスは彼女の言葉で絶望へと突き落とされ両手で顔を覆い隠した。それを見たカナタはやはり助け船が出せないか彼女に尋ねる。


「テレサ、如何にか為らないの?」

「カナタ様、幾ら貴方の御立場でも今回ばかりは不可能です……」


 僅かに見えた希望も突き放すかのような口調で答えたテレサによって打ち砕かれる。


「テレサ、デレスはどうなるのよ?」

「そうですね。出店が未申請であっただけですから、アバンに留まる事は出来ます。ですが、出店となるとこれから申請し、審査と軽い講習を受けて頂く必要が在りますね。ああ、それとデレス、貴女はこのアバンで長期滞在の資格は得ているのですよね?」


 その瞬間、両手で覆っていた手と共に体の動きが停止する。


「えっ、嘘でしょデレス?」

「まさか、得ていないのですか?」

「だ、だって、ヘイルトンさん達が要らないって……」

(どう言う事だ? ビザの様な物か?)


 カナタがその件について尋ねると彼女は一応マデリア王国の国民だが、アーバカスト侯爵家の領民ではない事が告げられた。そして、領民は各貴族の所有物と見做され徹底した管理が行われているのだと説明される。


「言い方は悪いのですが、平民は須く財産なのです。一人の領民がいなくなればそれだけで損失が発生し、最後は領主に跳ね返って参ります」

「本当に言い方が悪いわね。でも私はここの領民だから恵まれているのよね」

「私は戻されるのですか?」

「このままですと、そうなりますね。何よりデレスの領主さまが手配申請されてしまえば、どのみち強制的に戻さなければなりません」


 そうならない様、長期滞在を告げる手続きを行い、領主に位置を報告するのだ。こうすれば何時いつまでに戻ると確認が取れるからである。


「ウチの領民には出来ないの?」

「それは出来ますよ。ですが、そのための基準を満たしていなければなりません」


 テレサは幾つかの内容をデレスに聞こえる様にカナタの質問に答える。


「仕事に就いている事、住居が在る事、領民となる際に金銭が支払える事の三つですが、デレスは仕事という項目で失格になります……」


 元々出店の未申請から始まった話である。デレスは肩を落とし、レイシェルも二の句が継げない。


「ねえ、テレサ。デレスさんは仕事が在れば問題ないの?」

「はい。住居もここを使用しています。金銭も支払えるでしょう。後は仕事に就いていれば問題ありません。ですが、そう簡単に就けるとは言えませんよ」


 各領地、各都市の経済と平民の収入僅かな差が生まれている。王都と辺境の町や村を比べると平民の生活水準は雲泥の差だ。これは領民を優先して職に就かせ、水準を維持しているのと同時に不平不満を生み出さないように心掛けている。

 それが外国ともなればその差は計り知れず、マデリア王国は海外から働き手を求める場合は奴隷として酷使する目的以外あり得なかった。


 デレスの場合、一応王国の民と言う扱いではある。しかし、純粋な民ではない為どうしても職に在り付こうとした場合優先順位が下げられてしまう。それがどんなに優秀であろうと、生まれた瞬間から国民かそうではないかの違いはこの国では大きな権利であった。


「ねえ、デレスさんは実験が出来れば良いの?」

「えっ? どう言う事でしょうか、カナタ様?」

「だから、デレスさんは実験が出来れば良いのかって聞いているの」


 若干苛立ちを覚えたカナタは二度同じことを言わなければならず、語気を強める。しかし、子供の彼がそうしても可愛らしい仕草にしか映らない。現にテレサはカナタに見られない位置で鼻を伸ばしていた。その表情にレイシェルははっきりと気付き溜息を吐いていた。


「はい、私は魔法栄養学の研究の為にお店を出し、実験を兼ねていました。ですから、そうかと言われればその通りです……」

「カナタ様、如何致しました?」


 戸惑いながらもデレスはカナタに自らの希望を述べる。その事にカナタは何度となく頷き納得したような態度を見せた。その事を疑問に思ったテレサが声を掛けた。


「そうだよ、テレサ! デレスさんがウチで働けばいいんだよ!! 住まいも屋敷を使えば解決するんじゃないかな?」

(そうだよ。この人は十分に利益を生み出せる!)

「へっ!?」

「はっ!?」


 カナタは自分の家が大金持ちである事を侯爵家と言う立場から理解している。そして、こうして美味しい料理を出せるのだから逃すには惜しいと考えた。つまり彼女に投資を行おうと考えた。当然十分に回収できると踏んでの提案だった。


「カナタ様、流石に直ぐに雇う等無理と言う物ですよ」

「何で?」

「デレスは魔法栄養学を研究、実験を兼ねて料理店を営んでいるのです。未だ結果の出ていない内容を当家の料理として出す事は相手に対し礼を失します」

「でもこの料理美味しかったよ? それに味わった事の無い料理だから、デインスも数が増えて喜ぶと思うよ?」


 二人の主張はどちらも正しい。

 テレサは侯爵家の料理人と言う立場がどれほど高貴か理解している。料理長を除けば全員が平民だが、それはこの領内で激しい修行と試験の末に就く事の出来た結果だ。

 それを鶴の一声で就けるとなれば問題が生まれるのは言うまでもない。

 対してカナタは新しい料理を加える事で侯爵家の料理をパワーアップすると主張しているのだ。

 成功すれば侯爵家の名声は高まり、それがさらなる発展に繋がる可能性も見せる。それが魔法栄養学と言う考えた事の無い分野であった。


「確かに、カナタ様の仰る通りかもしれません。しかし、デレスの意思は? それに勝手に決めてしまっては、ご主人さまに……」

「ダメ?」

「くっ!?」


 円らな瞳を全開に首を僅かに傾げ、懇願するポーズでテレサに尋ねたカナタの愛らしさは彼女を大いに惑わせる。何しろ、カナタの姿は彼女にとって敬うべき相手であったからだ。その彼が可愛らしい仕草で、お願いしてくるのだからテレサの理性は相当削られる。


「テレサ、何をやられたって表情しているのよ? まずはデレスに尋ねないとどうにもならないでしょ?」

「はっ、そうでした。すみません、デレスはどう考えていますか?」

「どうと言われましても…… 私はただ、生活が営めて実験が滞りなく出来れば満足なのです。しかし、生きていくためにはお金が必要でして……」


 デレスはいざ決断を迫られたとき、相当迷うタイプだった。そして、ああでもない、こうでもないと思考の迷宮に入り込んでしまう。これが彼女に降って湧いた好機を逸する行為であり、何度となく無意識のうちに経験していた。


「ねえ、それって答え出ていない?」

「答え、ですか?」

「そうよ。テレサはこの場所で商売は出来ない、それに対しカナタ様は住居と職を与えてくれる。しかも実験も可能かもしれない環境よ。ねえ、これって貴女にとって最高の環境じゃないかしら?」

「うん、そうだね」


 レイシェルの指摘に真っ先に答えたのはカナタだった。そして、彼女はテレサにも確認を取る。


「まだ決定と言うわけではありませんよ。ご主人さまにお伺いを立てた上で決めなければなりません」

「そうだね。父上にお願いしないと! それじゃあ早速家に帰ろう!!」


 善は急げとカナタは席を立つ。しかし、その行動はデレスの言葉で遮られる。


「カナタ様、私にとっては望外の喜びです。ですが、私が本当に侯爵家の料理人なっても宜しいのですか?」

「そこまで恐れる必要はありません。料理長は貴族出身ですが、あとは全員平民です。一度認められれば後は料理の腕前で勝負するだけです。幸い当家には身分で差をつけようとする行為を禁じています」

「あ、有難う御座います。ベリット様」

「それで、どうするのかしら?」


 そして、遂にレイシェルが彼女に決断を迫る。


「宜しくお願いいたします」

「うん、それじゃあエレナが戻ったら家に帰って父上に報告だね!」

「そうですね。許可頂き、デレスが試験を受けられるよう手配いたしませんと……」

「へっ……?」


 万事全て解決とばかりにカナタは声を張るが、テレサが無慈悲にもその希望を打ち砕く。


「カナタ様がお認めになられましても、流石に直ぐに雇う事は出来ません。デレスは当家のルールに従い採用試験を受けて頂きます」

「う、うん。貴族だからって我が儘を言ってはいけないんだったね」

「その通りで御座います。よく覚えておられました」


 デレスは楽天家でもあった。今迄の会話で特別に就職先と住まいが決まった様な都合の良い考えに染まっていた。しかし、テレサの試験と言う言葉で梯子を外された様な感覚に陥る。流石に泣きはしなかったが……


「あ、あのベリット様」

「何かしら、デレス?」

「試験とはどの様な?」

「簡単な事です。ご主人さまを始めアーバカスト侯爵家の方々、料理長以下料理人を唸らせることです」


 テレサは『簡単でしょ』と言う様な口調で話す物の、当人は顔色を悪くする。


「マジで?」

「マジです。どうしますか? カナタ様は既に貴女が侯爵家の料理人になる事を望まれています。それにこれは貴女にとって最後のチャンスでしょう」

「デレスさん、大丈夫だよ!!」

「くっ……」


 ここにもカナタの魅力に堕ちた者が出現する。それを悟ったレイシェルは溜息を吐きデレスを促す。


「カナタ様が可愛いと思うのは良いけど、今は貴女の人生が懸っているのよ?」

「えっ、僕が可愛い?」

「ええ、カナタ様は大変可愛いですよ。デレス、どうしますか?」

「そうですね。ここで断れば私は生き残れないでしょう。それに研究も道半ばとあってはキューレン・デレスの名が廃ります! 受けます。試験を受けます!!」


 デレスの瞳に力が籠る。彼女は決断までに多くの時間を要するが、決まればあっと言う間に進んでいく。


「そうですか。では健闘を祈ります。無事に試験を突破し見事侯爵家専属料理人の枠を勝ち取って下さい」

「はい!」

「では、参りましょうか」

「えっ?」

「いえ、その気持ちを廃れさせる前に試験を受けるのです。さあ、お屋敷へ戻りましょう」


 テレサは満面の笑みでデレスへと言い放ち、硬直する彼女を促す。だが、テレサも一度方針が決まれば素早く、それは彼女の強みであった。あっと言う間に準備を整えさせてしまった。


「さあ、帰りましょう。デレスの将来を賭けて!」

「テレサ、妙に張り切ってるね……」

「ええ、そうですね。カナタ様……」


 この場をエレナに全て押し付けたテレサ。そしてデレスを含めた四名は早々に屋敷へと引き上げたのである。

 ご一読頂き有難う御座いました。

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