第六話 カナタ、事の仔細を知り、後始末を見学させられる
「さて、詳しく話して貰いましょうか?」
「……」
テレサは目の前に跪いている男三人に対し、侮蔑を含んだ厳しい視線を向けている。彼女の真後ろにはカナタが座り、左右にレイシェルとデレスが腰掛けている。しかし、当事者デレスのみならず、不本意ながら参加しているレイシェルも緊張した面持ちである。唯一カナタは泰然自若としていたのは流石の一言であった。対して、彼等は跪いたまま言葉を発せないでいた。否、彼等は恐怖から震え声が出せなかった。
ではテレサの凍て付く瞳に恐怖しているのか。答えは否であった。彼らは彼女ではなく、その後ろに控えるカナタを通じて見える家名に恐怖していた。
エレナが連行してきた三人に対し、テレサが最初に述べた言葉は跪けであった。
彼等は不正発覚の可能性をエレナに告げられていたにも拘らず、どう言うわけか強気であった。何処かで逃げ切れる、騙し通せると甘い考えを含んでいた。加えて侍女がどうした、と言わんばかりであった。しかし、テレサの後ろで腰掛け、ジュースを飲んでいたカナタの存在が発覚した瞬間、体が震え始めたのだ。
二人の侍女も単なる侍女ではなく、由緒正しい貴族家の令嬢であり、今更ながら自らの行動がそのまま死刑執行にサインしている様な状況であった。
現在、空間魔法を解いた『デレスの家』は誰もが視認出来るお店として裏通りに出現していた。魔力が基準値以下の場合は単なる家にしか見えなかっただけに、周辺の人間は驚きと興味を含んだ視線を向けていた。その中に店内を窺おうとする者も居たのだが、窓はカーテンで隠され、準備中の札が架けられ施錠が行われ店内を確認出来なかった。
「ほら、正直にテレサの質問に答えなって」
「……」
連行してきたエレナはテレサより戦闘能力に長け、逃走防止を兼ねて真後ろに立ちプレッシャーを掛け続けている。その彼女から話す様に急かされても口を開こうとする者はいなかった。
彼等三人をこの場に連れて来たのはエレナだった。彼女はテレサ以上に戦闘能力に長け、彼らの後ろで暴れない様に見張っている。その彼女に急かされても口を開く者はいない。
この態度にテレサは深い溜息を吐く。
「はぁ、どうしましょうか。これでは穏便に済まそうと考えていましたが、当家の調査官を派遣しなくてはなりませんね」
その言葉に彼等は僅かに体をビクつかせ顔を見合わせる。そして中央で跪く男が顔を上げ、意を決し口を開く。
「そ、そればかりは……」
「なら素直に話しなさい。私たちはカナタ様付きの侍女であり、調査官の権限は与えられておりません。ですが、貴方の態度如何で、処罰する事も出来るのです」
テレサは最後通牒の様な口調で男へ言葉を掛ける。もちろん彼女にその様な権限はなく、ハッタリなのだが、それを知らない彼等は顔面蒼白となる。彼女の地位とカナタの存在が裏打ちしていると誤解させたのである。
さらに付け加えれば、レイシェルとデレスの緊張した表情が強張った物へと変化した事も影響していた。
「い、いえ! お話し致します!! ですから、調査官は……」
「なら速やかにお話しなさい。このやり取りで、カナタ様の貴重な時間を浪費させているのですからね。そこの所をお忘れなく」
「は!? ははっー」
調査官とは彼等にとっては恐怖の対象者であり、現在就いている役職を一発で飛ばせる権限の他に、彼らに対する街からの追放に至るまで強大な権限が与えられている。当然彼等はその権限の反面重たい責任が課されている。だからこそ、彼等は平民のある一定の役職に就いている者から恐れられる。
「彼女、キューレン・デレスはこの街でお店を出したいと方々を回っていました。しかし、この界隈は当然のことながら申請が厳しく、ましてや我らの推薦がなければ出店が難しく……」
「推薦? 貴方達にその様な権限が与えられていると?」
「い、いいえ!! 決して、決してその様な事は御座いません!!」
アバンに限らずベリアン等、アーバカスト侯爵家の領内に於ける制度は統一され、商売を行う者は本人が申請を行う事となっている。これは中間搾取を防ぐ目的と、特定の勢力を生ませない自由な経済を主眼に置いたものだとテレサの補足説明がカナタになされた。
(それって、楽市楽座じゃん!?)
カナタは心の中でこの政策について叫びたい気持だった。多少の違いは存在するが、自由な商売を促進する目的に違いはない。加えて税収が増すという点も考慮しなければならない
そして、彼はアーバカスト侯爵家が目指す部分を僅かに窺い知る。
「では何故、彼女に対しこの様な方法を? 彼女は申請を止められたと聞きましたよ?」
「あっ、えっと、それは……」
本来彼らが申請を止める行為は禁じられている。これだけで彼等は役職を解任され、街からの追放処分を科されてしまう。それを指摘された彼は言葉に詰まる。左右に居る男たちも口ではなく、汗が吹き出し態度で示していた。
「ヘイルトン、と仰いましたね?」
「は、はい……」
「貴方はこの界隈で当家が選任した町長と言う地位に在ります。間違いありませんね」
「ま、間違いございません……」
町長とは自治会長の様な位置に在る。アーバカスト侯爵家がどれほど善政を行おうとも全てに目が行き届くわけではない。貴族と平民とではどうしても認識に誤差も生じる。そこで誕生したのがこの役職であった。彼等は直接侯爵家に情報を届ける役目を与えられ、その過程で指定された界隈を治める事にも従事していた。
町長には二人の補佐、副町長が選ばれそれぞれ三人に一定の金銭が支払われている。この金額だけで一平民の年収に匹敵するのだから、名実伴った名誉職である。就きたくとも就けないのがこの役職であり、厳しい審査の果てに選ばれる。その反面厳しい責任が生じる事は既知の筈である。
不正を行えばそれは任命した侯爵家に降りかかり、信頼を失墜させるのだ。現にこれはその行為の中でも最悪と言える事態である。だからこそ、テレサはこれを出来れば内々で済ませたかった。調査官が入れば情報を公開しなければならず、これも信用と信頼を得る行為なのだが失う物の方が大きいと彼女は判断していた。
その為にも彼らから全ての情報を得る事が求められた。
「では、彼女に対し何を行っていたのか、そこのところを詳しく」
「くっ…… 彼女の店の売り上げから一割の……」
ヘイルトンがついに口を割ろうとしたとき、右隣に居た男が即座に立ち上がる。それは明らかにテレサへと向かう様な動きを見せようとしていた。
「グェ……」
「おっと、変な事はするなと忠告した筈だよ」
しかし真後ろに立つエレナが立ち上がろうとしたその瞬間を逃す筈もなく、背中を踏み付けて地面に叩き潰した。
それに対する非難の声は上がらず、むしろテレサは良くやったと褒めているほどだ。
「さあ、続けなさいヘイルトン。売上の一部を、の先ですよ。判りますね、今の貴方は喋るしか生き残る道はないのです」
「ヒッ!? はい、喋ります! すべて喋りますから!?」
マデリア王国に於いて伯爵家以上の侍女は須く貴族家の令嬢と決められている。平民は貴族に逆らってはならない、明文化こそされてはいないが平民は体に刻み付けられている。それほど恐ろしい存在である。エレナの行為に彼等は現実に恐怖が迫っている事を理解したのだ。
そして、彼が話した内容は明らかな違反行為であった。
「貴方達はこの件について違反行為である事を認識していましたね?」
「は、はい……」
終始言葉を発するのはヘイルトンだけであった。しかし、事此処に到り、三人同時に頷いて違反行為を認める。
「よろしい、では貴方達の権限を停止させていただきます。カナタ様、承諾して頂けますか?」
「うん……」
(えっ、どう言う事? 説明してくれよ……)
カナタはテレサに承諾を求められ、勢いで許可を出した。しかし、無い死では事態に追い付けず右往左往していた。
だが、事態はカナタを置き去りに進んでいく。
「有難う御座います。アーバカスト侯爵家、嫡男カナタ様の承諾を得た事により貴方達の役職を剥奪します。以後、この地域は当面の間当家が管轄し、然るべき時期に町長以下三名を選抜致します」
「お、恐れながら!!」
「何ですか?」
すでに沙汰を出し終わり、テレサは帰っても良いという雰囲気であった。しかし、その彼女に対し、ヘルトンが話し掛けた。その事で、彼女の口調は幾分重たい物へと変わる。
「我らはどうなるのですか?」
「決まっています。アバンからの追放です」
「そんな!?」
(えっ、マジで!? 俺の決断が彼等を追放させたの? いや、お前、俺を睨むなって……)
待ったを掛け、自らの今後を尋ねたヘイルトンにもう一人は顔面蒼白を通り越し、死んだ様な顔色に変化していた。しかし、もう一人はその許可を出したカナタを激しく睨み付けている。
自業自得は言うまでもなく、カナタを睨み付けるのは完全な逆恨みである。しかし、今迄の生活から一変してしまうのだ。加えて分別が付くのかどうか怪しい子供に判決を下されたのだ。やるせない気持ちが彼には溢れていた。
「そこのお前、カナタ様を睨み付けるとは覚悟有っての所業か?」
「っ!?」
今まで淡々と冷徹な口調で話していたテレサだったが、カナタを睨み付けている男に対して怒りが怒髪天を衝かんばかりであった。その怒りをまともに受けてしまった男は突如として膝から崩れ落ち、地面に倒れ込んだ。
「すでにお前たちは都市アバンの領民ではない。しかし、アーバカスト侯爵家の恩情により侯爵家の領民としての権利は残される。加えて調査官に知らせず、カナタ様御臨席の下穏便に済ませようとした我らに対しその態度…… 覚悟は出来ているな?」
その瞬間、ヘイルトンが動き出す。再び地面に額を擦り付けて彼に対する謝罪と言い分を述べる。
「も、申し訳ございません! この者少し短気でありまして…… 加えて子供が生まれたばかりで今後の生活が不安で仕方がないのだと推測致します!!」
「それがどうした? そもそも不正行為を働かなければ良かっただけの事だ。これは就任する際当家が口酸っぱく忠告し宣誓書にも同様の内容が刻まれ、口に出した後署名したのだろ?」
テレサの言い分は正しい。第三者たるレイシェルも彼ら三人に同情する気持ちはない。何しろやってはならない事を行い、今報いを受けているに過ぎないのだ。これに対し誰がテレサを始めカナタ達侯爵家を責めるのか、正常な思考力なら自ずと分かる筈だ。
それはヘイルトンも同様だった。テレサの言葉に彼は何も言えず、力なく崩れ落ちる
最早彼ら三名の運命は決した。
役職剥奪に加えアバンからの追放、但しアーバカスト侯爵家の領内で再出発を許されているのが救いだ。他の領地で同様の事が起ろうものならばこの様な沙汰は与えられない。
だからこそ、テレサが危惧する様な平民の信頼失墜は実際には起こり得ない。むしろ此処まで平民想いの侯爵家に逆らう不届き者は極刑にするべきだと主張する者すらいるほどである。
「テレサの言う通りだよ。さっ、荷物を纏める準備をしなって」
全てが終わったと判断したエレナが三人に対し引導を渡す言葉を投げ掛けた。これは最後の最後、せめてもの優しさである。財産の没収はせず、新天地で生活出来る様荷物の運び出しを許可していたのだ。
それは平民には優しさに映るが実は没収すると、彼等は野党の類に変身するか没落し結局公金を出して面倒を見なければならなくなる。ならば最初から当面生活出来る様に財産を保障しようと言う事となったのだ。
三人はエレナに促され一度デレスに謝罪したと店を後にした。このあと、家族に対し青天の霹靂となる報告がなされ、混乱の境地の中出発の準備を家族総出で行う。カナタは未だ理解が及ばない中三人とエレナを見送る。
そして姿が見えなくなるとテレサに尋ねる。
「ねえ、テレサ?」
「はい、何でしょうかカナタ様?」
「あの人たちは追放された後どうなるの?」
口調と雰囲気が元に戻っていたテレサは何時もの通りにカナタに接する。
「この都市アバンからの追放です。彼等の家族全員が対象になります」
「えっ、それは大丈夫なの?」
「大丈夫とは生活の事ですか?」
「うん…… さっきさ、子供が生まれたばかりと言っていたから……」
テレサはカナタの優しさに今すぐ抱締めたくなる衝動に駆られた。何しろ瑕疵の有る平民にまで見せる優しさは優しすぎると言い換える事も出来るが、彼女個人は非常に好ましい言葉だったからだ。
「それは問題ないでしょう。彼等はアバンからの追放でありアーバカスト侯爵領からの追放ではありません。彼等はここを出なければなりませんが、領民のままです。そして、彼等の財産は全て保障されます。よっぽどの事が無い限り落魄れる事はないのです。ですからカナタが心配なされる事はないのですよ」
(何よ、それって自らの手は汚したくはないってことでしょ。えげつない事をするわね…… 流石侯爵家、テレサもカナタ様を上手く丸め込んだってところかしら? でも、同乗する気にはなれないわね。さて、放心しているデレスの事はどうするのかしらね……)
この領内で生活し、頭の回転が速いレイシェルは即座に財産の保障の意図を見抜いた。そして、敢えてカナタにその事を教えず、納得させたテレサにも溜息を吐く。
その上で、全てが終わりを迎え、新たな問題をどう片付けるのか乞うご期待とばかりにデレスを眺めたのであった。
ご一読頂き有難う御座いました。