第三十話 天才と秀才の視点、その指導法の差異
アバンに戻ったカナタ達一行は荷物の搬入をテレサとエレナに任せ、残った三人は屋敷へと入る。すると手の空いている使用人全員が出迎えていた。
「お帰りなさいませ、サミレイナ様、カナタ様、マダレール様」
「あとで食事を私の部屋に届ける様に」
「承知致しました」
「あと、料理人にキューレン・デレスと言う者がいるのでしょ。その者も併せて連れてきなさい」
女中筆頭の中年女性に対し命令するとそのまま奥へと移動し、サミレイナの部屋へと向かった。
「ふぅー、久しぶりに帰って来たけど変わりないわね」
「姉上は此処で暮らしていたのですか?」
「暮らしてはいないわ。この屋敷には全ての子供たちの部屋がそのまま存在しているわ。お父様が侯爵家の当主である限りはね」
「グルーノ兄上に相続したらその子供たちの部屋に為ると言う事ですか?」
「そうよ。ただ、今の話はこの場限りにしなさい。家族とは言え貴族社会は家の存続が第一なのよ」
サミレイナは心底心配した表情でカナタに語掛ける。この言葉は次期当主と目されている長男グルーノの性格を熟知するが故に忠告だった。
「さて、その事は忘れましょう。カナタ、貴方にはこれから行われる魔力検査をトップの能力で切り抜けてもらう」
「わかりました」
「随分と聞きわけが良いけど、魔力検査について話をしたかしら?」
「いいえ、ただその名前からして魔導士に成れるかどうかの選別だと……」
カナタが別の人格も加わっている秘密をするのはサミレイナだけだ。隣に座るレイシェルに対してはまだ話すべきではないとサミレイナから言われていた為、言葉を誤ったのかと考えた。
「へぇ、カナタ様はしっかりと考えているのね」
「どうかしら、かなり優秀だと思うのよ。まあ姉目線だから説得力はないと思うけどね」
所がレイシェルはカナタの勘の良さに感心し、サミレイナは得意げに話す。つまり杞憂だった。
「そうですね、サミレイナ様の仰る通り優秀だと思います」
「よかったわね、カナタ」
「あ、ありがとう、レイシェル」
どこか戸惑いを含んだカナタの口調にレイシェルも苦笑いを浮かべていた。
「トップで切り抜ける理由は一つ、私の所属するアルソート学術院への入学を勝ち取るためよ」
「姉上の後輩に為るのですか?」
「ええ、但しあそこは金や権力で入れる場所ではないの。すべては本人の持つ魔力、才能の如何によって入学が認められる」
この学術院はマデリア王国で唯一他国から留学生を受け入れている。定数百五十に対し半数を諸外国から受け入れる為七十五名と言う非常に狭き門だった。
そしてサミレイナの言う金と権力、すなわち貴族の介入である。この世界には魔法があり、貴族といえども魔導士には一定の配慮を示す事がマナーとして求められている。レイシェルに対するヴィレスタ達の態度がそれで、魔法とは用途に幅があり、非常に便利で使い勝手が良い。彼女にすらそうなのだから上位の魔導士にはそれ相応の地位が保障される。
つまり爵位である。すでにサミレイナは伯爵の爵位を得ていることから如何に魔導士が重宝されているのかが窺い知れる。とはいえ彼女の場合は実家が侯爵である事も加味され、贔屓だと陰で批難する者も少なからず存在する。
しかしこのケースはマデリアの歴史上初の出来事である為か、半ば超例外的な処置だと看做す者が大半であった。
「魔力検査の場合、貴族や平民と言う立場に囚われず、国内の五歳児全てを対象に行われる国家の一大イベントなのよ。平民の場合これで将来が決まる者も少なくないわ。もちろん貴族の子供、男子の場合が相当だけどそこに当て嵌まるわね」
「分りました」
「うん、それじゃあ早速始めましょうか。立ちなさい、カナタ」
そう言って始まったのはカナタの魔力の確認である。
カナタはサミレイナの言葉通り素直に立ち上がり、遅れて二人も席を立つ。
「先ずはどちらかの腕を上げて」
「はい」
カナタは右腕を上げた。その際言葉が足りず、垂直に上げてしまった。そこでレイシェルが補足を述べて地面と水平の位置に変えられる。
「それで、人差し指を伸ばしなさい」
「はい」
「でっ、グッと力を込める!」
その瞬間レイシェルは思わず「えっ」という声を上げてしまった。確かに感覚ではそういう表現が正しいと彼女は考えるが、初めて行う者に対する説明としては落第である。
カナタもサミレイナの言葉に理解出来ず、子供らしく「エイッ!」と言う声を上げて二度三度と反応を示した。だが当然の如く魔力が見られる訳も無く、サミレイナは途方に暮れる。
「どうですか、姉上?」
「……おかしいわね。全く魔力を感じられないわ……」
本来なら魔導士御用達の魔力計測器が無ければ相手の魔力は測れない。しかしサミレイナは何もしなくともこうして相手の魔力を測れる。当然魔力がある事を前提に行っている為、彼女は首を傾げてしまった。
「あの、サミレイナ様」
「んっ、何かしら?」
「カナタ様にアドバイスをしても宜しいですか?」
「構わないわ。むしろ貴女の役割はそれなのよ。私の補佐として常時カナタを鍛えてあげて欲しいの」
「分りました。では早速……」
レイシェルの場合教えを乞うた師匠が人格に優れ、魔導士に必要な事柄を懇切丁寧に、分り易く教えてくれた事が役に立つ。
「カナタ様、今行う事は魔力を測る事です。そのため最も測定のし易い指先に集める必要があります」
「うん」
そうするとレイシェルはお手本を見せると自らが行う。カナタと同様に右腕を上げ、人差し指に軽く意識を集中させる。
「光った!」
「分りますか、これが体に流れる魔力です。魔力は体内を常に循環しています。どこか一点に溜まり続けるとそこから魔力が溢れ出し人体に悪影響を与えます。そのため常に流れているのです」
「う、うん…… じゃあそれを意識してやればいいの?」
「はい、今の光を意識して指先にそれが集まるよう目を瞑って下さい」
レイシェルの指導方法に対し、カナタは分り易いと内心で思いつつ早速目を閉じて意識を指先に、光が集まる様に思い浮かべる。
すると早速彼女の効果が表れる。
「光ったわ……」
サミレイナは思わずカナタの事を感心する前にレイシェルの教え方に感動した。自らが教えても出来なかったのにカナタは彼女の言葉を聞いた後、すぐに成功してしまったからだ。
「んっ…… あっ、光ってる!」
カナタは閉じていた瞼をゆっくりと開けると、自身の指先が明るく輝いている事に感動と驚きの籠った感情を声に表した。
「それが魔力よ。しかしはっきりと光るのね」
レイシェルは二人ほど驚いた表現はしなかったものの、指先に集まる魔力の明るさに感心していた。
彼女自身、初めてこの光景を目の当たりにした時の感動は今でも鮮明に覚えている。しかしこの様に明るい光と言うわけではなく、ぼんやりとした淡い光であった。それでも感動したのだからカナタのそれはレベルが数段高いと言える。
「カナタ、それを出来る限り持続させなさい。方法はレイシェルの言った通りの事をするだけ。消えるまでの時間が長いほど魔力が高い事を示すわ」
「は、はい!!」
もちろんこの行為はサミレイナとレイシェルも時折行う鍛錬の一つである。これには魔力量を測る他に精神力と集中力も調べる事が出来るとても効率の良い方法だった。
(それにしても綺麗な輝きね……)
レイシェルも未成年でありながら魔導士の資格を持ち、同業者などを含めてこの輝きを何人も見てきた。それでもカナタより明るい光を持つ者に出会った記憶が無く、自らの明るさを以てしても敵わないと考えている。
(これが精霊四属性全てを付与された者の輝きか…… 狡いわね。何とかして私もあのミョーロにお願いできないものかしら)
サミレイナもカナタの事について感動はしていたが、それとは別に真実を知る者としての羨ましさが大半を占めていた。彼女は三つの属性を持ち、あと一つはどうしても叶わなかった経歴を持つ。精霊との契約はどう言うわけか十代までに終えなければならず、二十代に突入してからの契約は出来なかった。
故に自動的に付与されているカナタを魔導士として許し難い行為だとも考えている。
「くっ…… あっ!?」
指先を光らせてから二十分後、光輝いていた物が徐々に輝きを萎ませ、完全に消え去った。
「上出来よ、カナタ。初めてでこの時間維持できるなんて初めて見たわ」
「サミレイナ様の仰る通りよ。カナタ様は魔法の才能が十分にあるわ!」
サミレイナとレイシェルの褒め言葉にカナタは照れた。しかし、二人の想いがカナタの想像以上である事を知る由も無い。その訳は如何に素晴らしいのかを知らない為でもある。
これを子供にやらせた場合、少なくとも一週間は発現せず、この様な輝きを得られる事は無い。魔導士に為ってもこの明るさに為る者は相当限られてくるからだ。
「有難う御座います……」
「照れる必要はないわ。それを誇りなさい。但し、驕る事は許さないわ。カナタはまだ魔導士への道を半歩も踏み出せては無いないという事を自覚しなさい」
「はい」
言葉では厳しい事を言う物の、サミレイナはカナタの頭を優しく何度も何度も撫でて今回の成功を褒めてあげた。その行為にレイシェルは彼女の評価を上げ、厳しさと優しさを併せ持つ女性だと考えるようになる。
そのあとすぐ、カナタは膝から崩れ落ちる。
「あっ……」
「おっと、流石に限界ね」
咄嗟にサミレイナが抱き抱えると、そのまま意識を失った。その後、二人でカナタをベッドに寝かせると、席に戻り今行ったカナタの行為について考察を行う。
「サミレイナ様、カナタ様の才能を御存じだったのですか?」
「これほどの結果を見せるとは思わなかったわ。でもその片鱗を見えてくれると確信していたのは確かよ」
サミレイナにしてみればカナタの出来は想定の範囲内であった。それでも驚いたのは上限値に近かったからである。しかし、それ以上に彼女を悩ませたのは己の教え方だった。
「何か気に為る事がありましたか?」
レイシェルもサミレイナの表情が曇って見えた為尋ねる様に言葉を投げ掛けた。
「私の教え方で出来なくて、貴女の教え方で出来た事を疑問に思っていたのよ。ねえ、私の何が悪かったのかしら?」
もちろん全てです、とレイシェルは声を大にして言いたかった。しかし、目の前に居る人物は本来なら雲の上の存在である。思慮分別の有る出来た人物の彼女にとってその思いは憚られる行為であった。
だがレイシェルは何気ないサミレイナの会話の中で戦慄していた。
(サミレイナ様は私との教え方が同等だと考えているの? あれはある程度理解した者に対する指導方法のはず。いや、それでも理解するのに苦労するわ…… それを初めてのカナタ様に教えるやり方としては最悪なのに……)
どうやってやるのか、それを擬音のみ指導する方法を初見で実践出来たらそれは真の天才である。百人いて百人がまず以て出来ないだろうと答えるほどサミレイナの指導方法は独特であった。
それは天才であるが故に分らないレベルなのかも知れないと言う考えにレイシェルは到る。
対してレイシェルは魔導士として未成年から活動を認められた優秀な人間である。しかしそれは彼女の弛まない努力の結果得られたものであり、それを秀才と呼ぶ。秀才は地道にレベルを上げ、天才がスタートする遥か下から上り詰める為凡人の悩みを知っている。
だから今のレイシェルはカナタが理解し易いように教えられたのだ。一概に天才がこの事例に当て嵌まる事は無いが彼女はその稀有な存在である。
「サミレイナ様、当面は私がカナタ様に教えましょうか? 恐らくまだカナタ様はそのレベルに到達していないのだと私は思うのです」
「うーん、ひと月の間に教えたい事があるのだけれど…… わかったわ、レイシェルに任せる。それに私がいなくなった後も考えて見る側に徹しましょう」
「はい。しかし私も未熟な人間です。足りない部分の指導はお願いします」
気を悪くしたのではないか、そう配慮を行ったレイシェルは最後でフォローを忘れず、サミレイナのメンツを保つ発言を行った。
「そうね。私も教えられるだけの事はするから」
「はい」
やはり若干落ち込んでいたのだと感じたレイシェルは、サミレイナとの信頼関係を築く事に成功していくのである。
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