心迷
ジン、こんな僕を、まるで家族の様に受け入れてくれてありがとう。
ミーナ、ずいぶんと面倒を掛けちゃったけど、広い心で許してくれるとありがたい。
そして二人の事は、僕が絶対に守ってみせるから。
○ ○ ○
それは本当に偶然の出来事だった。
街がいつもよりも騒がしいと思っていた。
でも、そんな事は僕たちにとっては本当に些細な事だ。
強いて言うなら、盗みに入るには絶好のシチュエーションだと感じたくらいだ。
住人達の喚起の声を背に、屋根をわたり、裏路地を駆け抜ける。
目的の商家が目の前に見え、視界が確保できる場所に身を隠す。
「ミーナ、これは絶好の機会だね。今日は大量に頂けそうだ」
「ええ、勝機しか見えないわ。今日はご馳走が食べれるかも」
「お前たち、気を抜くなよ。この喧騒、どうやら大規模なパレードでもあるらしい。衛兵の数も多いだろう」
パレードね、どこぞの偉い様でも通られるのか。
「俺が先行する。お前達は大通りが見える位置まで移動して、危険を感じたらどっちかに伝令役を頼む」
「了解。伝令役はミーナに任せた。僕はここでのんびりとパレードでも眺めているよ」
「アンタはいつもそうやって。。わかった、アタシが伝令役を務める。兄さん、どうか無事で」
僕の頭を軽く小突きながら、しぶしぶ了承する妹の姿にジンが笑みを浮かべている。
どうやら僕の魂胆は見透かされていたらしい。
この中で一番危険なのは見張り役の僕だ。
最後まで逃げる事も許されないし、場合によっては足止めも必要になる。
だからこそ、僕が一番適任だと判断したんだ。
「それじゃあ、また後で」
ジンは身軽に踵を返し、商家の倉庫へと去っていく。
それを見送った後、僕とミーナも場所を移動する。
○ ○ ○
大通りには人が敷き詰めあっていた。
パレードが通る為だろう、中央に道を型作り、住民達が太鼓を鳴らしている。
「思ったよりも大歓迎みたいだね。あの太鼓は何なのかな」
「あれは凱旋のお祝い。この街での慣習なんだ」
「へぇー、じゃあ今日帰ってくるのは軍隊って事か」
「そうみたいね。どこぞの街に出た夜盗でも刈ってきたんだと思うけど」
「それじゃあ、ますます見つかる訳にはいかないな」
そう言いながら、二人して笑ってしまう。
端から見なくとも、黒装束を纏う僕達が何に見えるかなんて聞くまでも無いだろう。
「それにしても、この騒ぎ、そこらの軍隊が帰ってくるには大げさすぎる様な気がする。まるで帰ってくるのが、、、、」
ミーナがそこまで口にしたところで、一際大きな太鼓が打ち鳴らされる。
どうやら、軍隊がご帰還されたらしい。
そして、そこで目にした光景は、僕の思考回路を焼き尽くすに十分な衝撃だった。
銀の意匠に身を包み、凛とした姿勢のまま、その人は大通りの中央を歩いていた。
美しくも強く、気高くも儚い。
まるで陽だまりを具現化した様な存在。
万雷の拍手を浴びながら、その人はそこに居た。
「思った通りだ。アンタも覚えておきなよ。あれがこの街を救った『英雄』、銀の剣姫の姿だ」
心臓が高鳴る。心音が耳につく。うるさい黙れ、いっそ止まってしまえ。
少し静かにしろよ。冷静になれ、冷徹になれ。自分を見失うな。
《あれは誰だ?》
この国の救世主、ジンとミーナの両親を殺した『英雄』だ。
《恍けるなよ、彼女は誰だ?》
わかってる。忘れる訳がないだろう。あれは、、、
「どうした!?すごい汗だぞ。おいっ大丈夫か!?」
思考を中断出来たのは、横合いからそんな声が聞こえてきたから。
気付けばミーナが、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
ミーナの手をぎゅっと握り締める。
忘れない、忘れてない、忘れるはずがない、忘れてたまるか。
僕はこの二人の世界を守ると決めたんだ。
「大丈夫だよ、少し彼女に呑まれちゃっただけだ。あれは、、、間違いなく『英雄』だね」
ミーナはそれでも納得がいかない顔をしながら、僕の手を握り返してくる。
「銀の剣姫は確かにアタシ達兄妹の両親を手にかけたけどな、別に復讐なんて望んじゃいないんだ。そんな事よりもアタシには今の生活の方がよっぽど大事に思ってる。だからアイツの事は気にしなくていい」
その言葉は紛れもなくミーナの本心なんだろう。
何だかんだと言いながらも、僕もこの甘ったるい関係を享受してしまっている。
助けると豪語した側がこのザマだ。
自分の甘さに嫌気がさす。
「ああ、わかってるよ。僕も好き好んで彼女と戦うつもりはないからね。避けられるなら、それに越した事はない」
うまく笑えただろうか。
ギシギシと心が軋んだ音を鳴らす。
僕は気付いてしまった。
考えたくもない未来が、目を逸らし続けていた結末が、訪れてしまったことを。
○ ○ ○
住処へと戻った僕たちは、各々の作業に取り掛かる。
ジンは狩りに行き、ミーナは料理の準備。
僕は薪割りといった具合に散らばる。
使えそうな木材を漁り、斧を振り下ろす。
綺麗に割る必要はない、火にくべやすい大きさになればそれで十分だ。
一心不乱に振り下ろす。
それでも心の迷いは消え去ってくれない。
いつの間にか手頃な大きさの木が無くなってしまい、仕方なしに森の奥へと足を向ける。
この辺の地理はもう頭の中に入っている。
いまさら迷うこともなく、いつかジンと話をした川べりにたどり着く。
『もう君は俺達にとって他人じゃないからな、忘れるなよ君が俺達の味方だって言ったんだ。だから俺達も君の味方になるさ』
ふと、ジンが口にした言葉が頭をよぎる。
「仲間か、、、」
いままで数え切れないほどの罪を犯して、その度に感謝され、怯えた顔を向けられてきた。
この手にかけた命は決して少なくない。
でも、そうする事で守れる命があった。
だから僕は躊躇しない、その為に人を殺す手段を身に付けた。
そんな僕が、いまさら誰かに仲間だなんて呼ばれても良いのだろうか?
いや、まずは認めないといけないな。
僕は確かにあの瞬間、嬉しいと思ってしまったことを。
居心地が良い生活に溺れてしまいそうになっている。
あの兄妹と暮らして、それが幸せな毎日なんだと理解している自分がいる。
「だからこそ、約束は果たす。この誓いだけは、絶対に押し通してみせる」
強く拳を握り締める。
「この辺りにいるはずだ、草の根を分けても探し出せ。王国の未来のためだ!」
森の奥から聞こえてきた声に、急いで身を隠す。
会話の内容と気配から、相手は複数人だと判断できる。
そして彼等の目的についても明白だ。
「くそっ、思ったよりも早すぎる」
この場所に隠れ続けるには限界があった。
何を確保しようにも、街へ侵入せざるを得ないのはあまりにもリスクが高い。
それにミーナは胸を張っていたが、大沼地に守られた道とはいえ、渡る方法なんていくらでも考える事が出来る。
あの二人には悪いけど、近々、住処を変える事を提案しようとしていた矢先にこれだ。
草木を掻き分けて、小屋へ急ぐ。
奴等を始末するよりも、まずはあの二人の身を確保しないと。
視界が開ける。そこには、異変を察知したジンとミーナの姿があった。
大丈夫だ、まだ見つかってはいない。
「ジン、ミーナ、二人とも直ぐにこの場所から離れろ!」
僕は出来る限り声を抑えて、二人に向かって逃げる様に指示する。
「いえ、それは不可能です。王国の敵を見逃すわけにはいきませんから」
第三の闖入者に、慌てて腰から剣を抜く。
何も、こんなタイミングじゃなくても良いじゃないか。
ほら、彼女も同じ様な顔をしている。
そこに居たのは紛れもなく『英雄』。
銀の剣姫とまで呼ばれているらしい、かつての僕の恩人だった。