決意
≪お前のせいだ≫
≪お前のせいじゃない≫
≪あんたが居なければこんな事には≫
≪あんたが居てくれて良かった≫
≪お前が殺したんだ≫
≪お前が居なければ死んでいた≫
≪お前は悪魔だ≫
・・またこの夢か
・・何度見せられても変わらないよ。
・・僕はこの道を諦めない。
・・そもそも選択肢なんて元から無い。
・・これが僕の全部だ。
・・その為の全てを背負うと決めたんだ。
このやり取りの後にいつも目を覚ます。
いや、そもそも眠ってなんていなかったのかも知れない。
頭を二度三度と振る事で嫌な感じを吹き飛ばす。
取り敢えず顔でも洗いに行こうかと思い、大木から飛び降り川辺に向かう。
まだ朝日も昇りきっていない時間にも関わらず、木漏れ日だけで十分辺りを見回せる。
ほんの数時間前に人を殺したとは思えないほど落ち着いている。
「慣れたんじゃない。麻痺してるんだろうな」
自分に確認するように口に出す。
あの後、僕は気を失ったミーナを担ぎ、この森まで逃げおおせた。
後から聞いた話だけど、どうやらジンも僕達が揉め事を起した現場の近くで身を潜めていたようだ。
ひたすらに妹の事を心配している姿があまりにも兄馬鹿で、その姿を思い出すだけで笑えてくる。
それに随分感謝された。
確かにあの時、僕が飛び出すのが遅ければジンが飛び出してしまってたんだろう。
そう考えると、本当に良かったと思う。
きっとジンはミーナの変わりに斬られていただろうから
だから躊躇う事なんて何も無かった。
憎しみがどれだけ連鎖しようとも、僕は彼らの命を奪う事を選択した。
守る為には奪わなければいけない時がある。
そんな事は今までの道程で散々見てきた事だ。
それが出来なかったが為に、失くしてしまったものもあった。
だから僕は一切の情を捨て、意思だけを強く持つと決めた。
「よう、昨夜はよく眠れたかい?」
後方から呼び掛ける声に振り向けば、そこにはどうにも表現しずらい顔をしたジンが立っていた。
どうやら彼は昨夜、満足に眠れなかったようだ。
まぁそれが当然といえば当然か。
「いつも通り快眠だったよ。慣れれば木の上で眠るのも悪いもんじゃないね」
僕はこの森で暮らし始めてからずっと木の上で睡眠を取るようにしている。
見張りと言うには正直心許ないけど、気休め程度にはなる。
「ジンの方こそ、随分な顔をしてるじゃないか。それならまだ『こぶとりじいさん』の方がマシだったかもよ」
「うるさいよ、この馬鹿野郎。、、、、すまないな、本当ならコッチが気を使わないといけない立場なのに」
「そんな事は気にしなくて良いよ。せっかく早く起きたんだ、とっとと顔洗ってご飯にしよう」
ジンは僕の言葉にまだ納得いかない様な顔をしていたけれど、なんとか頷いて川辺に向かう。
○ ○ ○
さて、顔を洗い終え、ジンと二人で小屋に向かっている訳なんだけど、、、
そろそろ我慢の限界だ。朝からずっと気になっていた事にそろそろ言及しようと思う。
「ミーナ、朝からずっと隠れてこっち見てるけど何してんのさ」
右後方の木陰に隠れていたミーナはビクッとなって、しぶしぶの様相で姿を現す。
まぁ本気で隠れるにしてはお粗末な隠れ方だったし、何か意図があっての事だろうけど。
考えられる可能性としたら、僕が怖くなったってところかな。
何せ目の前で人を切り殺してしまったんだ。思うところはあるだろう。
顔を真っ赤にしているところを見れば、どうやら怒っている模様。
何を言われても仕方ないか、と腹を括った僕にミーナが話しかけてくる。
「あ、あの、、昨日は助かった!!それを言いたかっただけだ!文句あるか!!なに間抜け面してんだ、このバーカ!!」
そう言って小屋の方向に走って行ってしまう。
「えーっと、、何あれ?新手の嫌がらせか何かかな?」
ジンは僕の問いには答えず、黙ってケツを蹴ってきやがった。
何なんだよ一体?
取り合えずやられっ放しは癪に触るので蹴り返しておいた。
○ ○ ○
朝食を食べている最中もずっと視線を感じる。
正確に表現するなら、チラチラと見られているといった感じだ。
余計に落ち着かない。
はてさてどうしたもんかと考えながらも最後の一口を口に放り込む。
「なぁ」
僕と同じタイミングで朝食を食べ終えたジンが隣で口を開く。
「やっぱり改めて礼を言わせてくれ。これは有耶無耶にして良い事じゃない」
感謝と申し訳無さが混在した顔をしながらそんな事を口にする。
「君が居なかったらミーナは間違いなく命を落としていた。いや、ミーナだけじゃない。君がいなければ恐らく俺もあの場で殺されていただろう」
やっぱり僕が思ったとおり、ミーナの身代わりになるつもりでいたようだ。
「正直な話、君が兵士を手にかけた時、俺は安心してしまったんだ。この手を汚さずに済んだ事に安心してしまった!!俺にとってミーナは唯一の家族だ。必ず守ると決めた唯一の家族だ。だからその道が例え外道に落ちる道であっても構わないと覚悟していた。それなのに、、、だから君には感謝のしようも無い」
ジンは椅子にしていた切り株から降り、頭を地面につける。
「止めてくれよ。僕が勝手にした事だ。君達兄妹が気に病む必要なんてないよ」
守る為に奪う事を躊躇うのは正常な証だよ。
「僕はあの日に君達の味方になると決めた。これは僕自身の生き方だ」
ジンはようやく顔を上げて僕と目を合わせる。
そこでようやく今まで沈黙を保っていたミーナが口を開く。
「でも、、、アンタはアタシ達の事情を知ってしまった。アタシ達兄妹にはあの街で圧政を働き、住民達を不幸の底に叩き落した王家の、、、呪われた血が流れている。あの街の人達にとってアタシ達は災厄の象徴だ。アタシ達が生きている限り、あの街の人達は過去を振り切れない。だから、、、それなのに何で、、ありがとう。助けてくれてありがとう」
感情が抑えきれず途中から涙ながらに声を振り絞る。
だから僕はそっと彼女の頭を撫でる。
「僕はね、人間の本質がどうとか、善悪がどうとかはよく分らないんだ。ただ、あの日君達と出会った時に感じた『生きたい』という意思を無視する事は出来なかった。それに数日とはいえ一緒に生活をして分かった事もある。大丈夫、世界を敵にまわすのはこれが初めてって訳でも無いんだ。だから僕は何を敵にまわそうと引くつもりは毛頭ない。君達を犠牲にしなくちゃ平和になれない世界なんてこっちから願い下げだ。僕一人で出来る事なんてたかが知れているけどね。だから、うん。笑ってくれたほうが嬉しいよ」
例えその道が正しい道では無いとしても、その結果が多くの人に望まれないものだとしても。
この二人を守る為に、幾億もの罪を重ねよう。それが僕の道だ。
泣きじゃくるミーナを胸に抱きながら、改めて意思を強く持つ。
そんなこんなで、僕達の事を微笑ましく見ているジンに気付き、こっ恥ずかしさに死にたくなったのはここだけの話だ。