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理想郷  作者: 紫木
5/9

一心

街の中に侵入し、商人達が行き来する倉庫の見える場所で身を潜める。

万に一つも目撃された時の為に黒い装束を頭から被り、一目見ただけでは素性がバレないようにする。

実行するならよく晴れた日よりも雨が降る日の方が良い。

雨は人の視界を曇らせ、雨音は聴覚を誤魔化してくれるから。

アタシが一体何を言いたいのかというと、『本日は絶好の泥棒日和だ』という事だ。


「天気が悪かったら、皆家に閉じ篭っちゃうんじゃない?」


確かにコイツの言う事は一理ある。

好き好んで悪天候の日に外に出かける人間は少ないだろう。

けれども商いをしている人間にとっては話が別だ。

彼等は金銭の為なら悪天候であろうが馬車馬のように働き続ける。

オマケに天候次第では兵士による警備も薄くなる。

これはアタシの経験談だ。


「確かに、足元の悪さを差し引いてもメリットの方が大きいのかもね」


随分わかってるじゃん。

まぁアタシとしてはどうしてコイツとペアで盗みをしなくちゃいけないのか、甚だ疑問なんだけどね。


「仕方ないよ。ジンに『妹の事を宜しく頼む』って言われてるんだ。ここは穏便に同行させてくれると嬉しいな」


確かに兄さんの言う事に逆らうつもりもないし、コイツが剣術に長けている事も知っている(国が認めた重装兵を不意打ちとは言え一人で五人も無力化するなんて、アタシの知っている限りではそんな奴見た事も無い)

そもそもアタシは全面的にコイツの言葉を信じている訳じゃない。

初対面と大して変わらない相手を信じるなんて愚か者のする事だと思う。

兄さんは見た目通りに人が良すぎるきらいがあるので、あっさりあの馬鹿の言葉に騙されてしまっている。

だからアタシがしっかりと見極めなくちゃいけない。

コイツが一体何を考えて『私達を守る』だなんて馬鹿げた事を口にしたのかを。

まぁでもなんだ。悪い奴じゃ無いってのは認めてもいいかな。


小雨の中で物思いに耽っていた時に、ちょうど商品倉庫から男が二人出て行った。

私の記憶では倉庫に入った人間の数と一致する。

ようは倉庫の中は今、無人になったと言う訳だ。


「どうする?もうちょっと様子を見た方が良いのかな?」


相方は慎重論を口にする。けれども


「いえ、行動は迅速に、やれる時にやるべきだわ」


それがアタシの持論。時間は有限、急がば回れの精神なんて贅沢者の戯言だ。


「わかった。まずは僕が先に行く。僕が倉庫の中に入った後、1分しても何も無ければミーナも入って来てくれ」


いつの間にか指示系統が交代させられている事にムッとしながらも、アタシにはもう一度、コイツに確認しなくちゃいけない事があるのを思い出す。


「オマエ本当に良いのか?理由が何であれ、これは列記とした犯罪だ。森で狩りを手伝うのとは訳が違う。引き返すなら今が最期だよ。別にオマエの事を信用している訳じゃないけれど線を引くべき所は引いた方がいいんじゃないか?」


これは街に入る前にも兄さんが確認した事だ。

私達は贅沢をしたい訳じゃあないけれど、どうしても自然からは採取出来ないものもある。

勿論、私達の様な者が素直に売買出来る訳も無く、自然と窃盗すると言う選択肢しかなくなってしまう。

人として生きる為に他人に迷惑を掛ける事を今の私達兄弟は容認する。

自分を甘やかす。

でもそれは私達二人の問題であって、コイツには適用されない。

コイツの奇天烈な考えは未だに理解できないけど、わざわざそこまでする必要は無いだろう。


アタシの言葉を聴いてコイツは何を思ったのか、間違いなく微笑んだ。

何だ?馬鹿にされているのだろうか?

またしてもムッとなった私を置いて、アイツはさっさと屋根から飛び降り商品倉庫前に降り立つ。

扉の施錠状態を確認するや否や、懐から取り出した小型の刃物で錠前を破壊し、難なく進入を果たす。

アタシが教えてやった手法とはいえ、実に見事な手際である。

それにしてもアイツは結局アタシの問いかけに答えなかった。

本当に何を考えているのかさっぱり分からない。

何だかんだでここ最近のアタシの感情はアイツに振り回されっぱなしの気がする。


○ ○ ○


さて、そろそろアイツが中に入って1分が経つ。

侵入の為に辺りを注意深く観察する。


その時、アタシの視界に飛びこんできたのは、黒いフードを被った少女が重装兵に連行されているシーンだった。


少女は何やら大声で訴えているが、この位置からは聞き取れない。

でも間違いなくあの少女はアタシと間違えられて連行されている。

その光景が胸を抉る。

しっかりと城内で取調べを受ければ少女は間違いなく無罪開放されるだろう。

アタシや兄さんの素性を知るものなんて腐るほどいる筈だ。

それでも可能性の問題は残る。

少女がしっかりとした取調べを受けなければ、、、確実に斬首される。

放っておけばアタシは助かる。少なくとも今日は生き延びれる。

生きたいと心が願う。殺されてたまるかと切望する。


なのにどうしてアタシは今、ここに立っているのだろう。


気が付けば、少女と重装兵を隔てる様にアタシは姿を晒していた。

膝はガクガク震えて、唇も凍えたような挙動を繰り返す。


「黒い装束!?貴様っ!この罪人の仲間か!!」


重装兵が放つ怒声に、これ以上無いほど体が震える。

恐怖か、怒りか、意図せぬ心情を我慢できない。


「アタシはっ!!、、、アタシがお前達の探している人間だ。その娘は関係ない」


いきり立つ心を我慢できない。


「お前達が罪人と呼ぶのは、旧王家の血を引くアタシの事か。確かにアタシの親は沢山の非道を働いた。けれども、だけどアタシ達には関係ない。録に話もした事もない人間の罪をアタシ達に被せ、その血筋のみで罪人と呼ぶのか。もうたくさんだ。世界はどうしてこんなに歪んでいるんだ」


小雨の中、アタシの声が木霊する。

自分でも、もう何を言っているのか分からない。堰き止める術が無い。

人が集まり出して来た。見世物じゃないのに、震えが止まらない。

重装兵はアタシを見下ろし、口を開く。


「貴様の存在自体が悪だ。生まれ変わったこの街に呪われた旧家の血筋等存在してはならない。この町の住民は貴様が存在する限り、忌まわしき日々を忘れる事が出来ない。理解しろとは言わんが見逃す事も出来ない」


彼の言っている事に間違いは無い。

多くの人の幸せの為に、アタシ達は幸せになれない。

多くの人が恐れてしまうから、何の力も無いアタシ達は死ぬべきだ。



それでも、どうして死ななければならないのかと請うのは罪なんだろうか?



「オイッ、何時までも這い蹲ってないでとっととソイツを捉えろ!」


目の前の兵の声を受けて、アタシの後ろ側に居た少女がアタシを地面に押さえ付ける。


なんだ、これもアタシ達を誘き出す為の罠だったんだ。

感情がごちゃごちゃになってもう分らない。

アタシ達はここまでされなければいけない様な人間なんだろうか?

それにアタシはなんて馬鹿な事をしたんだろう。

アタシの軽率な行動は兄さんやアイツも巻き込んでしまう。


押え付けられた体は動かす事も出来ない。

誰も彼もに望まれた死が近づいてくる。



だから、最後の最後に幻を見てしまう。



アタシを背にして重装兵の前に立ち塞がる人の姿を・・・

まるでさっきの光景の焼き増しの様に、彼がアタシの前に立つ。



「これは驚いたな。こうも簡単にノコノコと現れてくれるとは」


重装兵は彼の事を私の兄と勘違いしている。

彼はその事には言及せず沈黙を保つ。


その姿を見て、助かったとか、嬉しいとか、何してんだこの馬鹿とか、そんな感情よりも

アタシは怖いと思ってしまった。

彼が現れたタイミングからして、アタシ達の素性は彼に知られてしまった。

彼も他の皆と同じ様に感じているのだろうか?

アタシ達を守ると言った彼も他の皆を選択してしまうのだろうか?


「ごめん、遅くなって。大事無い様でなによりだ」


だから、その言葉に思わず安堵してしまった。

いつも通りヘラヘラと笑っているのを見て安心してしまった。

それでも涙は堪えた。必死で堪えた。

冗談じゃない。どうしてこんな奴に泣かされないといけないんだ。


兵士は声高に謳う。


「今日は良き日だ。この二人の罪人を処刑する事でこの街は浄化される」


彼はそこでようやく兵士に向かって口を開く。


「勘違いしてるようだから一応言っておくけど、僕はアンタ達が探している人物じゃないよ。無関係って訳でも無いけどね」


飄々としたその言葉の中に確固たる意思を感じる。


「では貴様はこの罪人共の素性を知ってなお、与しているというのか?それはこの街全体を、否、この世界を敵に回す事に他ならんということだぞ」


「アンタの言っている事は正しい。それが自然の摂理で実に合理的な考え方だ。幸福ってのはいかに多くの声が在るのかで成り立つものだからね」


そう、それは正しい考え方。多数の為には少数が犠牲にならなければいけない。

けどね、、、、


「生きたいと願う人間がいて、手を差し伸べると決めたんだ。アンタ等の幸福よりも僕は彼女達の幸福を選ぶ。彼らを害するつもりなら覚悟しろ。僕は彼女達を守る為なら一切容赦しない。それが僕の答えだ」


恫喝に近いその力ある言葉は、余りも重く響き、堪らず涙が流れた。

コイツはそういう奴なんだ。本当に信じても良いんだと。

涙が溢れて止まらない。


彼の言葉に触発され、左右から2人の重装兵が剣を構え突進してくる。

そこから先の展開は驚くほどのスピードで流れる。

彼は襲い掛かる剣戟を体術で交わし、手に持った小型のナイフを右側にいた兵士の顔面に叩きつける。

いかに鉄仮面を装備しているとはいえ、目前で鋼同士が衝突した衝撃でたまらず兵士は剣を手放す。

彼はその剣を拾い、鎧の隙間を狙う事で1人目の兵士の肩口から先を斬り飛ばす。

兵士達は戦い慣れていないのだろう、実戦経験の乏しい人間は血を見れば動揺する。

残った兵士は混乱気味に剣を振り回すが、彼はアッサリと剣を弾き飛ばし手中に納める。


気が付けば、辺りは惨劇の後。

片腕を切り落とされた兵士からは夥しいまでの血が流れ雨に混じる。

遠巻きに見物していた住民達からは悲鳴があがる。

その中で地面に倒れ付した兵士が声を荒げる。


「待ってくれ、俺もソイツにも家族が居るんだ。頼む、殺さないでくれ」


出て来た言葉は彼を非難する言葉でも、自分達の正当性を示す言葉でも無く、人間として幸せの崩壊を忌避する為の懇願だった。

そして彼はその兵士にこう言った。


「これが人を守るという覚悟と代償だ。アンタ等には分らないだろうがな」


そう言って、無慈悲にも剣を振り下ろす。

その横顔はアタシが見たことも無いほど儚く脆そうに見えて


そこでもういっぱいいっぱいだったアタシの意識は途切れた。


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